第18話 二人きりの休日 前編

 生活習慣が狂わないよう無理やり布団に入ったことが功を奏したのか、日曜日の朝は起きることに苦労せずに済んだ。カーテンを開けると雲一つない青空が広がっており、外出日和だと親睦会以来の予定に朝から浮かれているとセットしておいたアラームが今頃けたたましく鳴った。役目を果たせなかった電子音を優越感に浸りながら止めると、身支度へと取り掛かる。前回は五分前でも遅い方だったので川崎さんに倣い十分前には集合場所にいられるように家を出た。

 さすがに今回は一番乗りだろうと親睦会のときと同じ広間へと向かうと、すでに川崎さんが待っていた。次があれば絶対に誰よりも早く来てやると謎の対抗心を静かに燃やしながら彼女のもとへと向かう。その後氷室君と大西君が一緒にやってきて今回も大西君が時間丁度に現れるだろうと高を括っていた僕は驚く。まさかの柳さんが最後となる展開だがまだ集合時間を過ぎているわけではないのでこんな日もあるだろうと思っていると二人の到着と同時に川崎さんは僕たちに向けて打ち明けた。


「実は今日なんだけど結衣ちゃん来れなくなったみたい」


 いの一番に大西君から落胆する声が上がった。急な予定が入ってしまったのなら仕方がないとしか言いようがないが、柳さんと一緒ということに重きを置いている人物からすれば一大事らしく嘆き続けている。ついには帰ると言い出してしまい川崎さんと口喧嘩を始めてしまう事態に。最後は勝手にしろと川崎さんが投げやりに言い放ち彼は本当に帰ってしまった。何故か氷室君までほとんど強制的に連れていき待ち合わせ場所には最初に早く到着した二人だけが残された。

 こうなってしまっては残念だが僕も帰宅の選択肢をとるよりほかはなく、また今度とずっと静観していた口を開こうとしたのだが、それよりも先に思いがけない言葉が耳に入って来た。


「それじゃあ行こうか」


 今日は解散の流れだとこの後どうしようかなどとと考えていたため面食らいしばし固まる。林間学習の肝試しのときに一度二人きりになったことはあったが今回は状況が全く違う。異性と二人きりで遊ぶ経験などあるはずもなく意識するなと言い聞かせても到底無理なことで、さらに誰かに見られいらぬ誤解を招くのではという懸念もあった。本当に行く気ですかと彼女の顔を窺うが、逆に行かないのと不安気な様子で上目遣いをされ後に引けなくなる。この状況で断れる人物などいるわけもなく恐ろしい武器だと今後を危惧してしまう。心臓が持つかは時の運にまかせ二人きりの休日が始まった。

 当初の予定通りに僕たちは電車に揺られ隣町の臨海公園へと移動した。広大な公園内には遊園地ほど立派ではないが遊具やアトラクションが設置されている。小さなテーマパークを一日満喫するつもりだったのだが、二人となってしまったため今回は見送り隣接するショッピングモールへと向かった。公園の規模もすごかったがショッピングモールも負けず劣らずで一日ですべてを見て回るのは至難の業だと驚愕する。

 しかし川崎さんは砂漠に落とした一粒の砂金石の在処を知っているかのように迷うことなく歩き出した。休日のため人がにぎわう通路から彼女を見失わないように注意を払いつつも辺りを見渡し知っている顔に出くわさないかとヒヤヒヤしながら後ろをついていく。移動の電車から一向に落ち着かない僕とは違い、川崎さんは普段と変わった素振りを見せることなくまったく気にしていないといった様子だ。僕だけが変に意識して馬鹿みたいだと思う反面、異性と二人きりなのになんとも思われていないという事実が単純に虚しかった。

 ショッピングモール内に併設されている様々な専門店の中からお目当てのお店へとたどり着いた川崎さんは一言断りを入れると入店した。女性専門の服屋さんだったため入店することを躊躇い、通路の端の方で待つことを選択する。店内には男性客も数人見受けられたが全員が女性に付き添う形で一緒になって服を選んでいた。

 仲睦まじく相思相愛感がにじみ出るカップルを微笑ましさ半分、妬み半分で眺めていると陳列された服の通りから川崎さんが姿を見せる。何かを探すように首を振る彼女が外で待つ僕に気が付くとこっちに来てと手招きをした。つい先ほどまで羨望の眼差しを向けていたシチュエーションだがいざ店内に足を踏み入れるかと思うと足取りは急に重たくなる。決心がつかないこちらの気など知らない彼女に他のお客さんにも聞こえる声量で僕の名前を呼ばれ足はすぐさま動いた。

 入店すると川崎さんは二つの服を交互に自分の体の前で合わせどっちがいいかなと意見を求められる。自分の服すら適当な僕が選んでいいものかと思いつつ、どちらも似合いすぎて返答に詰まっていると実際に着てみようと試着室へ彼女は歩き出してしまった。

 試着室に入り静かに着替えてくれればいいものを川崎さんは素材の肌触りや、あと少しなどと着替えの進捗を律儀に口にしている。物音を立てていた試着室内が静まったかと思うと閉じられていたカーテンが勢いよく開け放たれた。

 結論から言うと僕は余計に悩むこととなってしまう。想像上の着せ替え人形から実際に着こなした川崎さんとなり息をのむ。着用することで体のラインなどが強調され素材の良さを引き立たせていた。ここまできて答えを曖昧にするわけにもいかず、花柄の刺繍がワンポイント施されたワンピースを選んだ。それじゃあワンピースにしようかなと言い残されカーテンが閉め切られる。選ばれなかった彼女のスタイルが強調されたシャツにズボンというシンプルな服装を名残惜しく思いつつ待っていると店員さんが隣へとやって来た。他のお客さんに迷惑だったかなと頭を下げると、僕たちを見ていたらしい店員さんに朗らかな笑顔で話しかけれれた。


「彼女さんの服、とってもお似合いでしたよ」


 彼女という言葉にときが止まりキョトンとしてしまう。見ず知らずの人からは恋人同士に見えているんだと嬉しくなりつつも、そんな事実はないわけで返答に困る。カーテン越しのすぐそばで着替えている川崎さんにも会話は筒抜けとなっており否定しなければと分かってはいたが思うように言葉が出てこない。悪気などあるはずもない店員さんの笑顔に照らされ、苦笑いで曖昧な相槌を返すことが精一杯だった。

 気まずい雰囲気が流れ始めソワソワしているとカーテンが端の方へと寄せられ元の服装に戻った川崎さんがおまたせと現れた。店員さんの声が聞こえていたはずだが彼女もとくに訂正することなく、ワンピースを店員さんに手渡すとレジの方へと二人で歩いて行ってしまう。一人残された僕は入口へと向かい支払いが終わるのを待つのだった。


 

 

 

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る