第16話 林間学校7

 清掃が終わり長いようで短かった一泊二日の林間学習も次が最後のイベントとなっていた。高校生活初めての野外活動の締めはクラス対抗の大縄跳び大会だ。初めて今回のプログラムを見たときから最終イベントだけ浮いているような感じがしてならなかった。校外に出てまですることなのかと疑問を抱いたし、現状の反応も最後だというのに盛り上がりに欠けている。職員会議が長引きすぎて最後はノリと勢いで決めたのだろうとありもしないことを勝手に想像した。

 練習時間が二十分設けられ本番一発勝負の大繩大会は笛の合図とともにスタートした。今回の大会は特に順位による報酬があるわけでもなく、三組の縄はのんびりと弧を描いている。こういうときムードメーカーを誰に言われるでもなく率先してこなし場を盛り上げる大西君もおとなしく縄の回し役に徹していた。

 穏やかな雰囲気を醸し出す僕たちのクラスとは裏腹に、隣で練習する四組は闘争心をむき出しにし一致団結して燃え上がりそうな雰囲気を纏っていた。縄は唸りを上げて地面を激しくたたき、足を取られないようにと全員で声を出しタイミングよく跳んでいる。なにが四組の生徒を駆り立てるのか原動力はさっぱり分からないが、彼らが飛ぶ姿はなぜだか魅力的だった。

 練習を重ねていくうちに縄からは弛みがなくなり、スピードが上がっていた。四組の練習が大西君たち回し役に火をつけたのだ。僕たち飛ぶ側も練習の雰囲気が変わりつつあることを感じ取り、おいて行かれないよう必死に跳んだ。いつのまにか大縄跳びの意義がああだこうだとか勝っても意味がないだとか雑念はすべて捨て去り取り組んでいた。


「誰か声出しリーダーやってくれないか」


 縄に引っ掛かり一からとなったタイミングで大西君がさらに統率力を上げるための提案をした。異論がある生徒などおらず顔色をうかがいながら名乗りを上げる人物が現れるのを待つ。他人にゆだね休んでいたところ大西君と目が合い悪戯な笑みを浮かべられ僕はすぐに視線を逸らした。


「よし深田、声出しはお前がやれ」


 逃げ遅れてしまった。決めている時間も惜しいと主張者である大西君はあろうことか僕を指名する。さすがに賛同されるわけがないと普段は嬉しくない批判の声も今だけは甘んじようと待ったが耳に届くことはなかった。本当に僕でいいのかとクラスメイトの顔を見渡すが取り合ってくれず、配置場所へと並び始める。頼みの綱だった氷室君と川崎さんにも目を向けるが一方からは素の表情で同情され、もう一方からは励ましの笑みを向けられてしまう。一縷の望みも掻き消え決心を固めると残りの練習時間、大西君への憎悪を燃料に大きな声を張り上げた。

 思い返せば練習開始から十分ほどだらだらと無駄にしてしまったのは痛かったが、僕たちのクラスは三位という結果だった。ギリギリ表彰台に立てる順位に満足しつつ上位二クラスの発表を待っていると、次に告げられたのは四組の名前だった。一位だろうと決めつけていたため思わず驚嘆の声がこぼれると共に、隣で熱心に練習風景を見ていたこともありなぜか感傷的になってしまう。一位は八組というダークホースが現れる大番狂わせで大繩大会は終わった。

 

「いい声出てたぜ、おつかれ」


 体育館へと引き返す道中、陽気に話しかけられ大西君は肩を組んできた。誰のせいでこうなったと思いつつも、すべてが終わった今では貴重な経験として刻み込まれている。


「それはどうも。今度からはいきなり巻き込むのはやめてほしい、心臓に悪すぎる」


「わかったわかった、でも楽しかっただろ」


 悪態をつくことも躊躇われ、その場の思い付きだけで言動をすることだけやめてもらうよう伝える。到底分かっているとは感じられない笑みを浮かべた彼は、いい思い出になることを見通していたかのように言い残し体育館へと走り去った。

 結果論から言えば楽しかったし、本番を跳び終えた後にクラスメイトから労いの声をかけてもらったりハイタッチしたことは素直に嬉しかった。すべてが彼のおかげみたいになるのは癪だが、たまには彼の行き当たりばったりな言動に付き合うのも悪くないと認めざるを得ない。

 荷物をまとめ帰りのバスへと乗り込むとどっと疲れが押し寄せ、座席に身を預けるとすぐさま睡魔が押し寄せ眠りへとついた。途中で起こされることもなく気が付けば到着しており、川崎さんに肩を揺すられ目を覚ます。眠気眼をこすっていると隣からパコンと爽快な音が響いた。手に丸めた冊子を打ち付け何かのカウントダウンをする彼女が目に入り、叩かれまいと僕は立ち上がりそそくさとバスを降りる。

 グラウンドでは数名の先生が出迎えに来ており、整列を終えると今回の総括が

言い渡され解散となった。学校から家までの記憶がほとんどなく、自分の部屋に入るなりベットへと倒れこんだ僕はそのまま翌日の朝を迎えるのだった。

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