第13話 林間学校4

 下山の隊列は行きしなとは逆に僕たちの班が最前列となって歩みを進めている。先頭には川崎さんと柳さんが並んで立ち、誰かが用心棒を務めることもなかった。一度見たことのある景色からか、それとも下り坂が多かったことが要因なのかあっという間に山を下りきり廃校へとたどり着く。

 グラウンドへと向かうとすでにほかの体験を終わらせた班が集まっており登山組もそこに加わる。すでに待機していた生徒たちは各々が体験してきたことを語り合い、戻って来たばかりの登山組は次の標的となるようにどうだったかと責め立てられていた。もちろん僕のもとに聞きに来る生徒はおらず聞き耳を立てることしかできない。

 牧場体験では搾りたての牛乳を使ったソフトクリームを食べたという情報が耳に入ってきた。ちょうどいい運動を終えたばかりの体にソフトクリームという単語はあまりにも暴力的すぎる。頭の中を埋め尽くす白い渦巻に抗いながら全員が集合するのを待つこととなった。

 グラウンドに一学年すべての生徒が帰還すると、飯盒炊爨の準備に取り掛かり始め僕は白いソフトの誘惑から解放された。今晩のメニューは野外調理といえばの定番メニューで誰もが親しみのある味、カレーだ。クラス内で調理担当と準備担当に分かれ作業を行う。僕たちのクラスは男女で分けたのだが、他のクラスでは調理担当に加わる男子生徒の姿も見受けられた。

 準備担当の仕事は火おこしで薪から割り始める。火おこしは原始的なやり方ではなく、現代の叡智を使いマッチ一本で簡単に火は燃えあがった。火が消えないよう見張りを数名残すと、グラウンドの中央で行われていたキャンプファイヤー用の丸太の積み上げに加わる。

 自分の胸の位置くらいの高さまで丸太を積み上げ終わったころ香辛料の匂いが鼻をつき、鳴りを潜めていた食欲が一気に刺激される。本能的な欲に抗うこと数分、ついにカレーが盛りつけられたお皿が女子生徒により配膳された。白と茶色の美しいコントラストでよそわれたお皿を受け取ると同時に、なんとか押し寄せる食欲を抑えていた防波堤も一瞬で崩壊する。キャンプファイヤーを囲むように円形で座るクラスメイト全員にカレーが行き届くと、実行委員の合掌の合図にいただきますと返し本日の晩餐が始まった。

 空はすっかり茜色に染まり、丸太がパチパチと心地よい音をたて趣のある野外ならではといった雰囲気だがカレーの前ではすべてがかすんで見えた。合わせた手を離すやいなやスプーンを手に取りカレーをご飯と一緒にすくい上げると口いっぱいに頬張る。しっかりと煮込まれた具材の旨味とコクが口の中に広がり、ピリッとした程よい辛さが遅れて舌を刺激した。一口食べただけなのに確信してしまう、このカレーライスが歴代で一番の美味しさを誇ると。ニンジン、じゃがいも、玉ねぎ、牛肉と定番の具材がごろごろと入り、不揃いな形が手作り感を引き立たせるカレーライスも一瞬でお皿から姿を消していた。じっくりと味わって食べていたつもりではあったが、もう二度と同じ味を堪能することが出来ないと思うと実に名残惜しい。幸福な時間の中に少しの切なさを残し晩餐は終了した。

 夕飯が終わり後片付けをクラス全員で終わらせた頃には日は完全に沈み、グラウンドに並ぶ八つのキャンプファイヤーは存在感を際立たせていた。火の粉がはじけ音を鳴らす様をまったりと眺めていると、古の時代にタイムスリップしたような気分になる。原始人の生活を思い起こしていると、縄文時代には似つかわしくない拡声器の声がグラウンドにこだました。

 

「これよりレクリエーションを始めたいと思う」


 壇上に立ち、全生徒の注目を浴びた学年主任の先生が高らかに宣言した。待ってましたと歓声がブワっと沸き上がる。本日最後のお楽しみイベントが幕を開けた。

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