第12話 林間学習3

 一時間ほどで山頂までの道のりを踏破し展望台にたどり着いた僕たちは三十分間の自由時間が与えられた。本格的な登山ではなかったとはいえ、足にはそこそこの疲労が蓄積されており自由時間になるやベンチに座り込んだ。ここでしか味わえない空気を吸い込み深呼吸をする。澄んだ空気は疲れを一瞬で消し去ってくれたような気がした。

 目前では堂々と築き上げられた展望台が存在感を放っており、設置された螺旋階段を数名の生徒が昇っていた。休憩もとらずに階段を駆け上がっていくエネルギー溢れる姿を眺め、自分の体力に少し危機感を抱いてしまう。

 休憩もそこそこにせっかくここまで来たのだから展望台の景色くらいは眺めておこうと立ち上がる。一緒に休んでいた氷室君にも声をかけてみたものの興味がないらしく、一人で螺旋階段を上った。

 展望台デッキは落ちないように柵で囲われており柵の手前まで移動する。僕の目に映るのは遮るものが何もない自然にあふれた景色だった。真下には手で握りつぶせそうなほど小さくなった廃校があり、遠くには海面が見えている。自然の絶景にうつつをぬかしていると、現代文明の機械音が聞こえてきてた。視線を変えると三人の女子生徒が集まり、そのうちの一人がスマホを持った手を高く掲げ器用に大自然を背景に写真を撮っている。

 その手があったかとスマホを取り出し、景色のみを映してカメラのシャッターを切った。画面には肉眼で見ているのと変わらない画質の景色が保存されており、感嘆の声が思わず出てしまう。生の景色があるというのにしばらくスマホを眺めていた僕はいきなり肩を叩かれ、危うくスマホを落としてしまいそうになった。柵の外へと出していた手を引っ込め振り返る。


「川崎さん、いきなり驚かさないでほしい。僕のスマホがおしゃかになるところだった」


「そんなつもりはなかったけど、気を付けるよ。それで何見てたの」


 気軽に接してくれる人物は限られているので振り返るまでもなく肩を叩く人物は二人にまで絞ることができ、案の定川崎さんだった。ちなみにもう一人の候補は大西君だ。

 彼女の問いかけのアンサーとして手にがっちりと握られたスマホ画面を見せた。すると「かわいい猫だね」と変わった感性を口にする。雲が猫の形に見えたとかかなと思い確認すると、いつの間にかスマホは待ち受け画面に戻っておりミケが毛づくろいする姿が映し出されたいた。確かにいい写真だが今はこれじゃないとロックを解除し再び画面を見せる。写真に収められた景色を見つめよく撮れてるねと褒めてくれた。

 スマホを持った手を引くと今度は彼女のスマホが主張された。画面を見ると遠近法を利用し遠くの山を手で摘まんでいる川崎さんがいる。見事に完成されたトリックアートに僕は唸った。


「一緒に撮ってあげようか」


提案されたが、周辺には他の生徒がいて撮られている様子を見られのが恥ずかしいので遠慮する。


「撮ってほしくなったらいつでも言って」


 そう言った彼女は僕の隣りに立ちフェンスにもたれかかった。再び景色の方へと視線を戻し二人で眺めている。ふと真下を見るといまだにベンチで休憩している氷室君の姿をとらえた。彼の近くには女子生徒が二名立っており、相変わらず人気なことで

と僕の心は傷を負いそうになる。一人で景色を眺めていたら大ダメージだったかもしれないが、隣に川崎さんがいてくれて助かった。勝手に嫉妬して立ち直っていると感謝の言葉が投げかけられる。


「ありがとう、大西を引き離してくれて」


 急なことだったがすぐに道中のことかと見当がつき、それなら僕ではなく氷室君にお礼を言った方がいいと伝える。親睦会のときもそうだったがどうしてそこまでするのか、大西君が少し可哀そうじゃないかとこの機会に聞いてみた。


「結衣ちゃんのためにやってるだけで、大西のことはどうでもいいの」

 

 あくまでも柳さんのためと明確な理由は聞き出せず大西君には同情するが、二人の仲は中学時代からなので過去に大西君がなにかやらかしてしまたのだろうと勝手に憶測を立てた。


「深田君は結衣ちゃんとなに話してたの」


「この前のテストのこととかいろいろと」


 前列にいたとはいえさすがに話の内容までは伝わっていなかったようで、僕はできるだけ話していましたよ風に伝えた。ふーんと意味ありげに鼻を鳴らした彼女から訝し気な視線が向けられ、いつのときか感じた寒気のことが思い当たる。


「言ってない、言ってない。神に誓って言ってません」


 テストの話題と川崎さんの秘密が結びつき早口で口を回した。正直あのときの僕はてんぱっており、もしかしたら彼女の英語の点数のことまで言っていたかもしれないと、郊外禁止令を犯さなかったことに安堵する。それならいいんだけどと彼女は疑いの目を向けることをやめた。


「深田君って私とは普通なのに、結衣ちゃんと話すときはちょっと変だよね」


 僕が見栄を張っていることを見破っているかのように鋭い刀で切り込んでくる川崎さん。確かに無言の時間はあったが、いきなり二人きりで話せと言わてうまく言葉が出てくるほど場数を踏んでいない。それも相手がクラスでも無類の男子人気を誇る女子生徒ともなれば誰だって緊張はするしおかしくもなるだろう。


「たぶん柳さんみたいな美人と話すのに慣れてないからだと思う」


「それは私が美人じゃないから話しやすいですって言いたいのかな」


 悪気があって言ったわけではなかったのだが、川崎さんから圧をかけられすぐに身振り手振りで弁明する。紐で吊るされた人形のような僕の動きを見て彼女は口元を緩ませ事なきを得た。


「普通は結衣ちゃんと二人きりなんて夢のような時間なんだからもったいないよ」


 言い終えた彼女は「もちろん私ともね」と付け加える形で助言をくれた。もったいないことくらいは百も承知だが、男子目線からすれば簡単に言葉が出てきてくれれば苦労しないと愚痴を言いたい。

 下の方を見ると生徒が再び整列を始めていた。展望台へと上り集合の呼びかけをしに来た先生の声を合図に僕たちは展望台を後にした。

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