第11話 林間学校2

 昼食を食べ終えた僕たちは再びグラウンドへと集合した。午後からのスケジュールは登山、飯盒炊爨はんごうすいさん、レクリエーションという流れだ。登山の部分は選択式となっておりほかにも牧場体験、農作体験、工芸品製作などが選択肢にあった。僕たちの班は別の希望をしていたのだが他の班とかぶりくじ引きの末、残っていた登山に決まったのだ。

 校舎の裏には山が聳え立っており、見上げると頂上には小さな展望台がお子様ランチの旗のようにポツンと建っていた。あそこが登山組の目指すべき到達地点である。

 グラウンドから集合場所に指定された登山口へ移動すると初めましての顔ぶれが集まっていた。付き添いの先生も二人いたが学校ですれ違ったことがある程度の顔と名前が一致するかどうかのレベルだ。林間学習に来てまで山に登らなければいけないのかと気分は憂鬱である。暗雲たちこめる生徒をよそに、活力に満ちた声で先生の点呼が終わると各クラスから一班が集った計四十二名は入山した。

 登山ということで道中は草木を掻き分け凹凸の激しい獣道を進んでいくことを想像したが、道幅の広い整備された道を木々の間から差し込む木漏れ日に照らされながら隊列の最後尾を歩んでいた。

 僕たちのクラスではハズレ枠扱いされていた登山だったが、いざ登り始めると先ほどまでの暗い雰囲気も霧散している。登山ではなくハイキングとかほかの言い方をしてくれればハズレ枠などという不憫な称号をつけられることもなかっただろう。などと考え隣を歩く氷室君に口を開いていた。


「登山というには平凡だな」


 僕が思ったことと同じような感想が返ってくる。耳を澄ませば鳥のさえずりや川のせせらぎさえ聞き取れそうな大自然の中で、場違いなにぎやかな声が聞こえてきた。僕たちの前の列にいる大西君だ。隣には柳さんが並んで歩いておりこういうときに用心棒となる川崎さんはというと、さらにもう一列前で他のクラスの生徒に声をかけられ交流している。

 先ほどまで大西君も僕たちと並んで歩いていたのだが、川崎さんが離れた隙を逃さず柳さんの隣りへとすぐさま移り変わった。普段はなかなか体験できない大自然が広がっているのに目もくれず隣の美女しか眼中にない様子である。

 花より団子かと思いつつ、いつの間にか僕も周りの景色から目が前方にひきつけられているとチラチラと後ろの様子を窺っていた川崎さんと目が合った。他クラスの生徒との会話に花が咲き抜け出せない彼女の目は「なんとかしろ」と訴えている。僕は視線を隣に歩く男子生徒に向けると、僕と同じメッセージを受け取った氷室君は煩わしそうにため息をついた。どうしようかと投げかけると、一瞬こちらに向き直り「俺が行く」と大西君のもとへと気の向かない足を運んだ。

 新たな用心棒の出現にも臆することなく、大西君は簡単には引き下がらない姿勢を貫いている。もし僕が向かっていたら一言反論されただけで敗走してしまっていただろう。情けない誰かさんとは違い氷室君は多くは語らず無言の圧をかけ続けていた。

饒舌に言葉を並べていた大西君だったが一貫した姿勢を貫く用心棒に根負けしたのか「わかったよ」と白旗が上がる。

 

「でもよ、この後は誰が柳ちゃんと話すんだ。まさか一人にするつもりか」


 諦めがついた彼だったが最後に一つの危惧を述べた。こればかりはちゃんとした答えを聞かせてもらうと、一貫した姿勢を見せる氷室君をにらみつける。


「深田だ」


 僕の方を指さしながら、名前だけが告げられた。三人から視線をいっぺんに向けられ、最後尾には僕以外の生徒はいないのに首をキョロキョロと動かし手を大きく左右に動かす。


「なんで深田なんだよ、だったら俺でもいいだろ」


 ごもっともな返答が返され、すぐさま却下された。大西君は再び反抗の姿勢を取り戻す。ダメもとで言った発言もはねのけられてしまった氷室君は最終手段をとった。


「若松先生、春樹が野球のことで聞きたいことがあるみたいです」


「そうかそうか大西、お前もついに真面目に部活する気になったか。なんでも聞いてくれていいぞ」


 僕たちの後ろを歩いていた先生に声がかかり、嬉しそうな声が返ってきた。野球部の顧問らしき若松先生に話が振られ、大西君は少したじろいだ。氷室君はおとなしくなった彼の腕を掴むと立ち止まり、最後尾の陽気な笑みを浮かべる先生と合流した。

 立ち止まる二人の横を通過し隊列は一、一、三の謎のフォーメーションとなっている。川崎さんが話し終わるのを期待するが、そんな気配は全くなく指名された手前行かないわけにもいかず僕は歩調を速めた。

 柳さんの隣りに並ぶまでに話題を探すため頭をフル回転させたが、横並びになった今も話題は見つかっていない状況だ。これだったら後ろで一人いたほうがましだったと逃げ出したい気持ちを堪えていると、小鳥のさえずりのような声が耳に届いた。


「こんなふうに歩くのなつかしいね」


 沈黙を終わらせてくれたのは柳さんだった。彼女から話しかけられたことに目を丸くするが、それ以上に切り出された内容に僕は驚く。彼女は懐かしいと言った。それがいつのことなのか、どうしてそんなことを口にしたのか、頭の中がこんがらがり返事をする余裕がない。


「中学一年の遠足の日のこと覚えてない」


「なにかあったけ、覚えてないみたいごめん」


 そんな昔のことと思いつつ、すぐには思い出せなかった僕は曖昧な返事を返す。小さく「そっか」と彼女はつぶやき、ちょうど太陽が曇に覆われたせいか表情には陰りが見えたような気がした。せっかく話してくれた彼女だけに恥をかかせるわけにはいかず、川崎さんあなたの会話能力を少しだけ分けてくださいという雑念とともに話題をひねり出す。


「この前の中間試験どうだった」


 絞りだした話題が最近あったテストの結果とは実に安直で虚しいが、このときばかりは口を開いた自分自身を褒めたたえ奮い立たせる。


「まあまあだったかな。深田君はどうだったの」


「僕もまあまあって感じかな」


 まあまあという返しにどこまで踏み込んでいいのか間合いがつかめず会話が終わろうとしている。そもそもがテストの話題を広げるビジョンなど一切なく話し始めた僕にアドリブで対応しろというほうが難しい。それでもなんとかもう一回くらい言葉のキャッチボールをと、これまた思い出したことを口にした。


「川崎さんと氷室君にも見せてもらったんだけどすごかったよ。二人とも九十点以上 しかないんだもん」


 他人の点数を自分のことのように興奮気味に語り、氷室君のことはともかく川崎さんのことについては本人から直接聞いているかなと不安がよぎる。話を始めたときに一瞬寒気を催したが、そんなことよりも今はこの場を持たせることが最優先だと振り払った。


「川崎さんたちと仲が良いんだね」


 点数を見せてもらえるだけで仲が良いと言えるのかは分からない。しかし高校生になってよくしてもらっているのは確かだった。川崎さんは柳さんのことを結衣ちゃんと下の名前で呼んでいたが、柳さんは僕と同じように苗字で呼んだ。柳さんなりの配慮があるのか、それとも距離の詰め方が異常な川崎さんが勝手に呼んでいるだけなのかと気になった。たぶん後者である可能性が高い。


「たまたま席が近かったこともあって、話すくらいだよ」


 気取った言葉を口にすると、彼女の口は短い言葉を発したように見えたが自然の音にかき消されてしまった。聞き直そうと思ったが、僕が望んだタイミングには現れない川崎さんが戻ってきて真相は闇の中へと消えてしまう。最後に柳さんの表情を確認すると口角が上がっているのが見て取れたので、いいように解釈してくれただろうと隣を譲りお役御免となるのだった。

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