第10話 林間学習1

 はやくも高校生活の崖っぷちに立たされた僕だったが、その後は複数回あった林間学習のためのホームルームもスムーズに終わり当日となった。普段の登校時間よりも早く集められた生徒たちは大きな欠伸をしたり眠気眼をこすったり、早く出発したくて待ちきれないといった様子でまちまちだ。

 久しぶりの早起きにまだ完全に覚醒していない目で他クラスの生徒を眺めていると不意に名前が呼ばれる。声の主へ視線を移すと今回の実行委員を引き受けることになった学級委員長の男子生徒が立っていた。ホームルームの時間内で立候補者が現れることはなく、先生のお達しにより学級委員長に白羽の矢が立ったのだ。慌てて返事をすると一瞬だけ僕に目を向け他のクラスメイトの名を呼ぶ。ただの点呼確認だったらしく、クラスメイト全員の名前を読み上げた実行委員は先生のところまで報告に向かった。全クラスの点呼が完了し、早朝から校長先生のありがたくて長い話をほとんど右から左へ聞き流すと僕たちはバスへと乗り込んだ。

 バス内での座席は事前に決めており、僕たちの班は最後列と一つ手前の席となった。最後列のシートに窓際から氷室君、僕、大西君の順番で座る。バスが発進するやいなや大西君はポケットから小さな箱を取り出した。小さな箱から出てきたのはトランプで、最後列の真ん中に座る彼は僕たちの反対側に座る男子生徒に声をかける。カードをシャッフルする大西君から一緒にやるかと僕にも声がかかった。誘いは嬉しくも遠慮すると、そっかと断られたことなど気にする様子もなく参加メンバーへとカードを配り始める。

 熱を増していく隣の席とは対照的に窓際では静かに氷室君が目を閉じていた。彼の寝顔を見て僕は頑なに氷室君が大西君の隣りを嫌った意味を理解する。僕を防波堤とすることで安息の地を確保したかったのだ。

  僕たちは二時間ほどバスに揺られ目的地へと到着した。授業の一環であることも忘れ浮かれ切ったクラスメイトを乗せたバスが停車すると、最前列に座っていた先生が立ち上がり手を二回叩く。


「到着したのでトランクから荷物をおろした生徒から外に整列してください」


 気の抜けた音を鳴らしながらドアが開くと先生と運転手は降りて行った。車内は一瞬静まり返ったが僕の隣りに座る大西君が立ち上がるとお先と言わんばかりに走りだした。抜け駆けは許すまいと数名の男子生徒が続き、女子生徒から冷ややかな目で見られている。お調子者が姿を消した後、クラスメイトはゆっくりと移動を始めた。

 立ち上がると前列から順番に降車していきほとんど人がいなくなった車内を見渡しながら僕は大きく伸びをする。座席を離れ通路に立ち忘れ物がないか確認しようと振り返ると、いまだ眠り続ける男子生徒の姿があった。いくら人付き合いが苦手と言っても、ここで起こさない選択肢をとるほど薄情者ではない。肩を揺すり着いたよと声をかける。しかし一向に起きる気配はなく、先ほどよりも強く揺すってみたが効果はなかった。

 どう起こそうかと悩んでいると、乗車口から顔をのぞかせた川崎さんから「どうかしたの」と声が飛んできて僕は現状を説明する。目を覚まさない眠り姫ならぬ眠りの王子様のことを伝えると彼女はため息を吐きつつ後部座席まで戻って来た。

 僕は道を開け川崎さんが氷室君の前に立つ。どうするんだろうと見守っていると彼女は鞄から冊子を取り出し丸めたかと思うと、振りかぶり彼の頭にクリンヒットさせ快音が響いた。開いた口がふさがらない。さすがにこれでも起きないということはなく、どんな起こされ方をしたのか知らないであろう氷室君は呑気に欠伸をしている。目覚めを確認した川崎さんは「行こ」と何事もなかったかのように言い残し引き返していった。

 あまりの衝撃から動けずにいると、寝起きが良いらしい氷室君は何事もなかったかのように降車口まで歩いていた。降りる前に彼から「行くぞ」とすっかり立場が逆転してしまっている呼びかけがあり、これでは僕が原因で降りるのが遅れたみたいだと

慌てて後を追う。 

 バスを降り運転者さんから残された最後の荷物を受け取ると、お礼を言いクラスの待機列へと合流した。僕たちが最後だったらどうしようと気掛かりだったが他クラスの整列はまだ完了しておらず、その場に座り込み一息つく。

 バスによって送り届けられた先は学校だった。グラウンドで全クラスの整列を待ちながら辺りを見渡す。もしも少し離れた所にある校舎が奇麗に整備されていたら実は移動していませんでしたみたいなドッキリを疑ってもおかしくなかった。しかし目に映る錆やコケで汚れた校舎はおどろおどろしい雰囲気を醸し出し、明らかに普段の学び舎の様相ではない。ここが今日から一泊二日寝泊りする廃校であることを主張していた。

 グラウンドでは全生徒の点呼が終わり、八台のバスは姿を消した。学年主任の先生から今後のスケジュール確認が行われ、注意事項を聞き終えると一時解散と言い渡される。男子生徒は体育館、女子生徒は校舎で寝泊りするよう分けられているので荷物を置きに自分たちの寝床へと向かった。

 体育館の外見は校舎と同様に朽ちていたが内装は床が抜けたり、蜘蛛の巣が張り巡らされているなんてことはなく整っていた。床にはテープが張り巡らされクラスごとにエリアが区切られていたため、自分たちのクラスの場所を探しながら室内に足を踏み入れる。足裏から伝わるひんやりとした床の感触に心地よさを抱いていると、大の字になって寝転がる大西君の姿を目が捉えた。あそこが三組に割り当てられた場所であることを疑わず、僕はまっすぐに進路変更をする。

 荷物を置いた僕はいまだに寝転がっている人物を真似るように、その場に寝そべった。足裏で感じた心地よさを今度は全身で受け止め、このままずっと眠っていたいと思わされる。開け放たれた窓から吹き抜ける風が頬を撫でこそばゆい。昼食のお弁当が配られ始め名残惜しさとともに起き上がった。

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