第9話 ピンチ到来

 中間試験が終わり久しぶりの七限目に眠気を噛みしめながらすっかり気が抜けていた僕に突如として高校生活で一番の危機的状況が訪れた。

 本日の最終授業は特別ホームルームだ。予鈴が鳴るとテスト明けに予定されていた林間学習についての説明が先生により行われ、話し終わると実行委員決めが始まった。もちろん立候補するわけもなく僕は他人事のようにクラスメイトを眺める。すぐに挙手する生徒は見当たらず、探り合いの状況だ。「お前がやれよ」とちゃかす声が耳に入ってきて、僕は推薦されたらどうしようと不安になった。こういった行事ごとの中心人物に率先して手を上げそうな川崎さんも意外なことに静観している。てっきり女子の実行委員は彼女が立候補するものだと思っていた。待てども立候補者は現れず、今日のところは持ち越しとなった。一難去ってまた一難、本当のピンチはこの後に待ち受けていたのだ。


「それじゃあ、最後に林間学習で共に行動する班を決めたいと思う。男女混合で五人組を作って班長が決まったら報告に来てくれ」


 実質の死刑宣告を終えた先生は、近くにあった椅子に腰を下ろした。クラスメイトは各々お目当ての人物の元へと動き始める。僕は椅子から立ち上がることもできずきょろきょろと辺りを見渡すことしか出来なかった。しばらくすると教室内にはクラスのカーストが見事に浮かび上がっていた。一人の僕は最底辺にいることを実感しつつ、頂点にいるのが柳さん、川崎さん、氷室君であることを改めて思い知らされる。 

 柳さんの周りには男子生徒が集い、僕の前と横の席には女子生徒が集っていた。普段は近寄りがたい雰囲気を纏っている氷室君ではあるが女子人気は相当なようだ。売れ残った子犬のような目で氷室君の方を見つめていると、目が合い僕とは別の意味で困っていると目で訴えられる。なんと羨ましい悩みだとやっかみを嘆きつつも、女子生徒で形成された砦から彼を救い出す方法を僕は持ち合わせていない。雲泥の差の悩みを抱く僕たちだったが、一人の女神様の出現により同時に救われることとなった。

 前の席に集まる女子グループから落胆する声が上がった。川崎さんは後ろを振り向くと氷室君、僕という順番で指をさしながら名前を読み上げる。


「あと、結衣ちゃんと大西。この五人で組もうって約束してるんだ。みんなごめんね」


 僕が全く知らないメンバー編成を川崎さんが口にすると、隣からも声が上がる。しかし川崎さんに食って掛かる生徒はおらず、氷室君もそういうことだからと便乗していた。ちょっとした騒めきは柳さんの席に集まる男子生徒にも伝わり、柳さんが含まれていることを知った彼らは不満を口々にする。ブーイングの嵐の中、川崎さんは先生の元まで赴き班構成を伝え押し通してしまった。そんなこんなで高校生活初めてのピンチは女神様こと川崎様によって乗り切ることに成功する。

 クラスメイトによる争奪戦は川崎さんの一言で幕を閉じ、班決めは各々が不完全燃焼で終わった。川崎さんと氷室君の席に集まっていた生徒は散り、僕たちの席に大西君と柳さんが集合する。


「川崎もたまにはいいとこあるよな」


 僕たちのもとに来て開口一番、大西君は班のリーダーを褒めたたえた。彼女のありがたい福音を頂戴した僕も、賛同するように首を縦に振る。

 

「どうしようか悩んでたときに、たまたま親睦会のメンバーが浮かんだだけ」


 決して大西君のために班を作ったわけではないと川崎さんは告げた。引く手あまたの彼女は自分と同じ班になりたいというクラスメイトから選ぶことが出来なかったらしい。結果的に全員と組まないという形で穏便にやり過ごした。

 約束していたと彼女は前から決まっていたかのように伝えていたが、あのときの言葉がただの思い付きだと知り全身に寒気が走る。もしかしたら僕の名前が告げられることはなく、余りものとして別の班に加わっていた可能性があったことを想像するだけでも恐ろしくなった。

 男子メンバーのことはまったく意に返さずといった感じだったが、唯一の女性メンバーには勝手に決めちゃってごめんと川崎さんは口にした。柳さんは首を横に振り奇麗な黒髪を揺らすと、私も困っていたからと微笑んだ。二人の悩みは同じだが同性からと異性から選ぶのでは大きな違いがあるのだろと勝手に想像する。それで言えば隣の氷室君も同じだ。

 本当にただの気まぐれかはたまた計算の範囲内なのか分からないが、彼女の発言で問題は一気に解決したことになる。もしクラス内の状況を見ていて一瞬の思考であの発言にたどり着いたと考えると、頼もしくもあり僕は少しだけ川崎さんのことを恐ろしいと思ってしまった。


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