第8話 中間試験

 親睦会をきっかけに学校でも主に氷室君と一緒にいる時間が増えた。この調子でクラスメイトとも仲良くなれればとお気楽な考えを抱く。しかし新たな出会いの機会はそう簡単には訪れることなく、高校生になって初めての中間試験を終え一学期も折り返しを迎えていた。

 テストが終わっても梅雨は明けず気分は憂鬱なままの今日この頃、僕の手元にはすべての答案用紙が揃っていた。教室内は勝った負けたとテスト結果の話題で持ちきりだ。中学時代から部活に所属せず勉強のみをこなしていただけのことはあり、勉強は得意分野だった。五科目すべて八十点以上の答案用紙を眺めながら、一人で初の中間試験の手ごたえを噛みしめる。他人と比べて優越感に浸りたいとは思わないが、今も聞こえてくるクラスメイトの声に耳を傾け羨ましくなっていた。テストの結果は良好にもかかわらず謎の敗北感が押し寄せてくる。答案用紙を安定剤代わりに眺めて心を落ち着かせた。


「その表情からするに、テスト結果がよかったのかな」


 自己満足をして心の平穏を取り戻していると、いつもよりワントーン高い上機嫌な川崎さんが話しかけてきた。声や表情から彼女もそれなりの高得点だったことがうかがえる。


「初めてのテストにしてはよかったよ」


 自分の中では大いに満足している結果だったが、これくらいは当たり前と言わんばかりにスカし答案用紙を手渡す。答案用紙の点数だけを確認した彼女から「いいね」と一言添えて答案用紙は返ってきた。もう少し賞賛の声が上がると期待していた僕はがっかりする。僕の点数を見て涼しい顔ができる川崎さんの結果を見せてもらおうじゃないかと、どうだったのか尋ねた。

 よくぞ聞いてくれたと口角が上がった彼女から答案用紙を受け取る。一枚目の点数は僕が今回のテストで唯一とった九十点台の最高得点と同じ数字だった。答案用紙を一枚二枚とめくり最後まで確認したが九十点以下は出てこず彼女の反応に納得する。口からは僕が求めた素直な賞賛の声がこぼれ、彼女の承認欲求を満たしたことだろう。僕は搾取する側ではなくされる側だったのだと、受け取った四枚の答案用紙を返した。


「僕も自信があったのに完敗だよ。英語だけなかったけど何点だったの」


 別に勝負をしていたわけではないが負けを認め、わざわざ確認をしなくても点数が想像できる残された一科目について問う。結果を見れば自信の損失につながると頭は危険ランプを灯していたが、好奇心が勝った。しかし答案用紙が手渡されることも、口から点数が告げられることもなく彼女は目を不自然に泳がせている。もしかしたら英語だけ九十点以下で見せずらいとか凡人には理解しがたい理由があるのかもしれない。


「見せたくなかったら大丈夫。悪かったとしても八十点台とかだろうし」


「まあそんな感じ、かな……」


 乾いた笑いを浮かべた彼女の声からは覇気が感じられない。あまりの様子の変化に好奇心は膨れ上がるがグッと我慢して自重していると、迷宮入り一歩手前だった謎は突如として解明された。


「こいつは英語だけ苦手で赤点だから見せられないんだ」


「ちょっとなに言ってんのよ。ていうか赤点は回避してます」


 いきなり隣の席から爆弾が投下され、川崎さんは氷室君を鋭い眼差しで見つめている。僕は赤点という言葉を飲み込むのに時間がかかった。四科目すべて九十点以上のハイスペックな彼女が赤点など誰も想像できないだろう。赤点ではないと主張はあったが、彼女の顔は赤く染まり点数が芳しくないことをものがたっていた。

 結局、点数は見せてもらえず「絶対に誰にも言わないで」と僕は今後一切の口外を禁じられる。頬を染め羞恥に耐える姿は新鮮でもっと見ていたかったが、口封じをするなり彼女は机に突っ伏してしまった。

 盛大に暴露をかました張本人はというと、スマホを呑気に眺めている。軽い気持ちでテスト結果を聞いてみると、答案用紙が差し出された。しっかりと五枚揃った答案用紙を最後まで確認し後悔する。オール九十点以上、僕が想像した川崎さんの理想像だ。この後に自分の答案用紙を見せなくてはいけないのかと、恐る恐る答案用紙を返した。受け取った氷室君はそのまま引き出しに仕舞うと僕の反応を気にすることなくスマホに視線を落とした。自分のテスト結果に興味を示されなかったことに安堵しつつ、今後一切勉強が得意などと豪語するのはやめようと心に誓った。


 

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