第6話 親睦会1

 親睦会グループが結成された夜から早速動きがあった。メンバーは確定していなかったのであれがしたいこれがしたいと案を出し合う。ほとんど川崎さんが提案し僕と氷室君はスタンプや短い返事で答える。一日目は少しだけ案を出し、トークはいつしか雑談に変わり終了となった。

 翌日から柳さんと大西君がグループメンバーに加わった。大西君は二人とも仲が良く納得の人選だ。けれど柳さんは予想外で誘っていいか川崎さんから聞かれたときはさすがに驚いたが、もちろん僕に断る余地などあるわけもなく二つ返事でうなずいた。

 最終的にメンバーは五人で確定し、川崎さんを筆頭に予定は次々と組まれていく。親睦会は今週末に行われることに決まった。未来に予定があることがいかにすばらしいことか。親睦会が楽しみで僕はこの一週間、何の苦もなく過ごしあっという間に当日を迎えていた。

 親睦会の朝、念には念をと十分刻みで複数セットしたアラームで目を覚ます。集合時間は十三時と余裕のある時間に決まっている。しかし主役も同然の僕が万が一にも遅刻することがあってはいけないといつもと変わらない時間に起床した。朝のルーティンをこなしながらも、気持ちはそわそわして落ち着かない。まだ始まってもいないのに浮かれているのが分かる。朝から様子がおかしい息子を母は何とも言えない目で見つめていたが、今日だけは醜態をさらしていることさえどうでもよかった。

 時間はお昼時となり僕は服を着替え始める。服選びに時間を要したが許容範囲内だとシンプルな服に着替え集合場所へと向かった。

  自転車を走らせ目的地の駅へと到着する。自転車を駐輪所に置くと今回の集合場所となる駅前広場へと向かう。駐輪所から少し歩くと広間に設置されて目印の銅像が見えてきた。僕が一番乗りで時間になっても誰も来なかったらどうしようかなどと考えていると、銅像の近くに知っている顔ぶれを見つける。不安は杞憂に終わりすでに集合しているメンバーのもとへと急いで向かった。

 集合場所にはすでに三名が到着していて、僕は四番目だった。少し走っただけなのに乱れる息を整えながら腕時計を確認する。時間に遅れていないことを確認し、走ってやって来た僕を見つめている三名に声をかけた。


「おはよう。もう来てるなんて早いんだね」


 時計の短針は十一の数字を指しており五分前行動ではあったのだが、まさか先客が三人もいるとは思わなかった。大西君がまだ来ていなかったのが幸いだ。ばらばらに挨拶が返ってきて、やはりというべきが口を開いたのは川崎さんだった。


「五分前ならぬ十分前行動ってやつ。そんなに待ってないから気にしないで」


 腕を組み彼女は誇らしげな様子だった。もし次があれば十分前行動を心がけようと肝に銘じ、氷室君の隣りへと移動する。


「いつも時間ぴったしに来るバカもいるから気にするな」


 横並びになり待たせてごめんと伝えると、彼は待つのには慣れているといった口ぶりでつぶやいた。大西君らしいといえばらしい。そんな最後の一人を待っていると本当に時間ちょうどに現れた。焦った様子も見せず呑気に歩いて集合場所場へ向かってきた姿を見て、ときにはこれくらいの余裕が必要なのかもしれないと謎に感心してしまう。彼が僕たちの前にたどり着くなり怒号が飛んだ。

 遅い、意識が低いと川崎さんは慨嘆したが、言われ慣れたかのような当の本人は陽気に柳さんに話しかけ耳にはなに一つ届いていないと言わんばかりだ。川崎さんは強烈な一撃を大西君の背中にお見舞いすると、柳さんの手を引いて行ってしまった。僕たちはその後ろを追いかけついていくのだった。

 空高く昇る太陽の陽射しを浴びながら今回の親睦会会場まで雑談をはさみながら歩く。大西君は懲りもせず柳さんに話しかけ、そのたびに隣にいる川崎さんからあっち行けと追い払われていた。

 朗らかな春の日の散歩を満喫していた僕だったが、現在いる場所は陽気に満ちた場所とは無縁の薄暗いボックス部屋だった。部屋には大きなモニターとソファーテーブルが設置されている。僕たちがたどり着いたのは親睦会会場となったカラオケボックスだ。僕の隣りに柳さん、対面に大西君を挟む形で二人が腰かけた。大西君は不満そうに表情をゆがめていた。


「好きな曲どんどん入れちゃって。二時間しかないんだから早い者勝ちよ」


 大西君のことなどおかまいなしに宣言した川崎さんは、タブレットを操作し曲を入れると歌唱を始める。初手から連続で歌い、始まったばかりだというのにとばしすぎではと心配したが彼女はこれまで見たことのない笑顔を浮かべていた。

 マイクは対面の三人(主に川崎さんと大西君)でローテーションされ、友達とカラオケという青春イベントを経験したことがない僕はしばらく場の雰囲気に圧倒され、聞き役に徹していた。隣では柳さんも僕と同じように聞き役となている。深窓の令嬢を彷彿させるさせる彼女が歌っている姿はたしかに想像できなかった。

 序盤から熱唱を続けていた川崎さんたちもドリンクが底をつき一時休憩に入った。ドリンクを補充しに部屋を出て行ってしまったので僕は今、柳さんと二人きりになっている。先ほどまでの盛り上がりが嘘のように静まりかえった空間に、カランとグラスの中の氷が崩れる音が響く。大西君なら泣いて喜びそうな状況なのに僕は気まずさを覚え、はやく戻ってきてくれと願いながらなんとか場をもたせる会話をひねり出した。


「柳さんはカラオケとか行ったりするの」


 まともな話題など思いつかず単純な疑問を口にしていた。柳さんの表情を見る勇気もなく僕はうつむき、答えが返ってくるのを待つ。 彼女はそうだなあと小さくつぶやくと僕との会話を続けてくれた。


「あんまり行ったことないかな」


「そうなんだ。実は僕今日が初めてで緊張してて、はずかしいというか……」


 最後のほうはほとんど空気しか出ておらず言葉は掻き消え、ちゃんと伝わっているか怪しかった。相変わらず僕はうつむいたままで、また肩に沈黙が重くのしかかる。隣から柳さんの息遣いが聞こえ彼女の言葉を待っていると、扉が勢いよく開け放たれ三人が戻って来た。


「二人とも歌ってないの。座ってるだけじゃダメダメ」


 戻って来た部屋がお通夜状態で驚きを露わにした彼女は、ドリンクが満たされたコップを机に置くとタブレットを操作し曲を入れ、タブレットを僕に向けて突き出した。次は僕の番ということらしい。タブレットを受け取ると川崎さんはマイクを二本持ち柳さんに一本手渡すと、モニター前へと強制連行した。曲が流れ始め二人のデュエットに大西君は今日一番のテンションとなっている。二人の息は初めてとは思えないほど合っており、練習していたのではと疑うほど上手だった。人前で歌うというだけでもハードルが高いのに、完成度の高い曲を披露され余計に歌いずらい。もう二度と聞くことが出来ないかもしれない歌声に入り浸る余裕もなく、僕はタブレットとにらめっこしながら選曲するのだった。




 

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