第5話 前途多難

 日付が変わるよりもだいぶ早く寝た僕は、途中一度も目が覚めることなく翌日の朝を迎える。布団から起き上がりカーテンを開けると外はまだ薄暗く、静寂に包まれていた。見慣れない町並みを眺めていると音が消え去った世界に腹の虫の音が響く。昨日夕飯を食べ終えとうぶんは食事抜きでもいいと戯言をぬかしたが、人の欲というもはなんと恐ろしいものかとすっかりへこんでしまったお腹をさする。リビングを覗いてみたが人の姿はなく、そのまま洗面所へと向かい顔を洗うつもりだったが昨日なにもせずに寝てしまったことを思い出しお風呂場へと向かった。

 シャワーを浴びサッパリとした気分でリビングに戻ると部屋の明かりがついており、起床した母がソファーでチラシを見ていた。おはようと声をかけ飲み物を取りにキッチンへと立つ。冷蔵庫から水を取り出しコップに注いでいると、母からコーヒーと雑な注文が入ったのでついでに作りソファーの前へと戻った。

 いつもは急いで食べる朝食をゆっくりと味わい、のんびりと身支度を済ませたが時間にはまだまだ余裕がある。家にいてもやることがなかったので少し早いがたまにはこういうのもいいだろうと玄関を出た。

 自転車小屋に自転車を置き、校舎に入ると教師はもちろんのこと数人の生徒とすれ違う。生徒に関しては制服ではなく運動服に身を包む姿が多く見られた。朝から練習お疲れ様ですと、毎朝早起きして部活動に励む生徒に畏敬の念を抱きながら教室へと足を進める。

 教室にもすでに登校している生徒が複数人いた。そして教室のドアを開けた瞬間クラスメイトの視線が僕に集まったのだ。登校してきたのが冴えない男子生徒だと分かると、各々視線をスマホやら教科書へと戻す。早く来ると謎の注目を浴び自己肯定感が高められるとなんの役にも立ちそうにないことを知った。

 自分の席にたどり着くとなるべく音をたてないよう椅子をひき座った。鞄から教科書などを取り出し机の中へと移動させていると、ずっと机に突っ伏して丸まっていた前の席の住人が起き上がる。教室に入ってきたときは見向きもしなかった彼女だったが、背後に気配を感じたのか振り返った。


「おはよう深田君、早いね」  


「おはよう。また途中で自転車がなくなってもいいように家を早く出たんだ」


 川崎さんの容姿にも緊張することはなくなり、僕は冗談を口にする余裕すらあった。朝から彼女とあいさつを交わし話す機会ができるとは早起きもたまには悪くないと少しだけ朝の憂鬱さを紛らわせそうだ。


「そんなことあるわけないじゃん、変なの」


 彼女は笑みを浮かべ僕のほとんど他人に披露したことがないジョークをスルーした。あるわけないと言われても変なことを実行した人物はあなたですよねと、僕は声には出さずツッコミを入れる。お互いに許し合ったことなのでまた掘り返すことはしないでおこう。

 僕と同じ早起きの民である川崎さんに理由を聞いてみると、朝練習があると勘違いしてしまったからという答えが返ってきた。ということは普段は朝練習があり、今日は偶然朝から彼女と話せているとういことだ。この時間に嬉しさを抱きつつも、これからは早起きして学校へ来ても彼女はいないのかと少し残念な気持ちにもなった。

 それから話は所属する部活のことや、彼女が電車で登校していることなどへと移り変わっていく。自転車通学で浮かれていた僕だったがさらに上位クラスの電車通学があると知り少し羨ましくなった。朝から女子と優雅に会話という多くの男子生徒が憧れる状況を楽しんでいると、何かを思い出した彼女はそういえばと話題を変える。


「土曜日ってなんか用事でもあったの」


 突然休日のことを聞かれ思い出す。といっても中身のある時間を過ごしていない僕だったのですぐに回答は出せたのだが、なんとなく思い出すそぶりをし無駄な時間を稼ぎ口を開いた。


「ほとんど家にいたけど」


「それじゃあクラスの親睦会、来たらよかったのに」


 親睦会?初耳である。なんですかそれはと動揺を隠せず謎に敬語で聞き返すと

川崎さんは鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くした。誘われていないことを伝えた後、そういえばと思い出したことがある。一つ目は土曜日の夕方に数人のクラスメイトと出会ったこと。たぶんあれは親睦会からの帰りだったのだろう。そして二つ目が僕のポケットに入った一枚の紙の存在だ。もしかしたらこれが招待状的なものだったのではと思いポケットから取り出し、恐る恐る視線を下に向け確認する。書かれている内容はまったく関係ない文面だった。そもそもこのプリントをもらったのは金曜日の放課後だったのでよく考えれば招待状であるわけがなかった。


「そんな落ち込むことないよ。他にも来てない人いたし……どんまいどんまい」


 自分の発言が原因で肩を落とし悲壮感を漂わせる僕を見てか、彼女は戸惑いながらも笑ってフォローしてくれた。今だけは彼女の慰めがありがたくも自分を余計にみじめにさせ辛い。


「別に落ち込んでないよ」

 

 口では強がる気力を持っていたが、内心は親睦会にも誘われないとはクラスに馴染む道のりはまだまだ長そうだとこの先の学校生活が思いやられる。朝から起伏の激しい感情に浸っていると、教室のドアが音を立て無意識的に視線は引き寄せられていた。新たに登校してきたのは僕も川崎さんも知っている生徒で、クラスメイトの注目など意にも介さず歩き始める。僕の隣りの席までやって来た氷室君は耳からイヤホンを外し自分の席に座った。

 彼が腰を掛けるやいなやおはようと川崎さん。僕も彼女の後に続くように声をかける。親睦会の件ですこし気まずい空気感が漂い始めていた空間に氷室君も加わり、雰囲気はもとに戻った。しかししばらくして氷室君からそういえばと切り出され、僕は嫌なデジャブを感じ取る。後に続いた内容は想像通り親睦会に僕の姿がなかったことについてだった。

 

「実は深田君誘われていなかったんだって」


 真相については僕の口からではなく川崎さんの口から告げられた。それを聞いた氷室君から「すまん、悪かった」と謝罪がこぼれたので、逆にこちらこそ気を使わせてしまい申し訳ない気持ちになる。全然大丈夫、気にしてないからと氷室君に弁明していると、明るい声が上がった。


「それじゃあ今度、私たちだけで親睦会しようよ」


 そう言うと彼女はスマホを取り出し慣れた手つきで画面に指を走らせた。高校生になってスマホデビューした僕は熟練された動きに唖然とする。早業の操作が終わると彼女はスマホの画面が僕に見えるように突き出した。僕の目に映るのは画面に大きく表示された連絡アプリのフレンドコードである。彼女が圧をかけるようにスマホをグッグッと顔に近づけてくるので慌ててスマホを取り出し読み取った。あっさりと彼女の連絡先が僕のスマホに登録されてしまう。連絡先交換を終えると川崎さんはスマホを持った手を引き操作を再開する。数秒後、机に置いたスマホが震え一件のメッセージが画面上に表示された。ロックを解除し確認するとメッセージアプリにグループの招待を見つける。どうやら今までの操作はこのグループを作成するものだったようだ。グループ名『深田君親睦会』からの招待を承諾し参加する。自分の名前が入ったグループ名は恥ずかしいが、僕のためであることは間違いないのでなにも言えない。真新しいトーク欄にスタンプが二つ流れた。川崎さんと強制的に参加メンバーとされた氷室君に続き僕もスタンプを一つ送信する。


「これで完成、詳しい日程はこのチャットでよろしく。もし呼びたい人がいたら追加してくれていいから」


 あっという間に僕のための親睦会が企画されてしまった。本当に良くも悪くも川崎さんの行動力には驚かされる。僕はもう一度画面上に表示されたままの三つのスタンプを眺め自然と笑みがこぼれた。


 

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