第4話 休日は誰だって自堕落である

 入学式では今後の学校生活を危惧する一面もあったが、以降は平穏に日常を送っていた。本日最後の授業をむかえ先生がカツカツとチョークをはしらせた文字を板書しながらも、ほとんど集中できずにいる。頭はまだ授業が終わってもいないのに明日からの高校生活初めての休日のことでいっぱいだった。一ミリも入ってこない授業内容をノートに書き写す作業をひたすらこなしていると予鈴が鳴る。日直の号令がかかり

先生が教室から出行くのを横目で確認し、帰宅の準備へと取り掛かった。

 いつもは長いとも感じないホームルームが終わるのを今か今かと待ち、ついに最後の号令がかかった。準備万端の僕は挨拶と同時に鞄を持って教室を後にするつもりだったのだが、呼び止められその場に停止した。


「深田君ごめん、プリント回すの忘れてた」


 呼び止めたのは前の席に座る川崎さんだった。後ろを振り向き一枚の紙をこちらに差し出している。席替えが行われ、僕は教室の窓際最後列となり前の席が川崎さんとなった。僕の中で要注意人物となている彼女の後ろを引き当ててしまったが、隣が氷室君となり安心感があった。なんとタイミングが悪い、後ろが僕一人でよかったねなんて声に出さずにぼやく。プリントを受け取るとまた来週と川崎さんは微笑み机へと向き直った。彼女の笑顔に送り出されるなら呼び止められるのも悪くない。プリントのためだけに鞄を開けるのも煩わしいので、内容も確認せず折りたたみポケットに入れ教室を出た。

 帰宅すると一週間我慢していた欲望を思うがままに爆発させる。謎に意気込んで予習をしたり、遅刻しないために早寝早起きをしたりとこれまで娯楽をずっと我慢していた。しかし明日は土曜日でなにも気にする必要がない。まずはゲームからと電源をつけ位置に着くと僕は画面に釘付けとなり、気が付けば日付が変わり外は明るくなっていた。

 日が昇り始めた頃、ようやく睡魔の限界を迎えた僕は気絶するように眠りにつく。再び目覚めたのは夕暮れ時だった。完全に昼夜逆転である。春休みの自堕落な生活を想起しながら顔を洗っているとおなかが空腹感を訴えるように鳴った。そういえば昨日は何も食べていなかったなと今になって実感し冷蔵庫をあさりにキッチンへと向かう。何かないかなと探していると嫌な視線を感じ取り思わず振り返える。


「これはこれはずいぶんと遅いお目覚めのようで」


 鬼の形相をした母が立っていた。僕は顔をひきつらせ、乾いた笑いを発するしかない。夕飯まで我慢しなさいとおあずけをくらい母に小言を言われながら僕はキッチンを追い出された。自分の部屋へと戻り気を紛らわせていると母から再び声がかかり、ようやくご飯にありつけると急いでリビングへと向かう。

 リビングの扉を開けテーブルの上を確認するが料理は一品も並べられていなかった。キッチンに立つ母の方を見ると手招きをして僕を呼んでいる。配膳の手伝いかと母の元まで行くと手渡されたのは、料理が盛られたお皿ではなく一枚の紙きれだった。


「悪いけど、これ買ってきて。どうせあんたひまでしょ」


 そこらへんにあった広告にいくつかの材料が走り書きされたメモを見る。品数はそれほどなく別に今日じゃなくてもいいのではと乗り気ではなかったが、断れば母の機嫌を損ねるのは目に見えているので素直に承諾するしかない。母からお金を預かり近所のスーパーへと向かうのだった。

 母からの任務を無事こなした帰り道、買い出しリストには載っていない勝手に購入した菓子パンを齧る。一日ぶりに口にしたパンは今までに感じたことのない幸福感をもたらした。何度か食べたことがあるパンなのにいま口にしているのは全く別のものかと思えるほどの美味しさだ。手に持っていたパンは一瞬で消え去り鳴りを潜めていた食欲が刺激され、さらなる食事を求め始め僕は急いで帰路につく。

 途中クラスメイト数名のグループとすれ違うというヒヤヒヤする場面もあったが横を通り過ぎても全く気が付かれず、ホッとしたような虚しいような複雑な気分になった。そんなもやもやも机に並べられた料理を前にすれば忘れ、食欲が上書きする。手を合わせ母の手料理を堪能した。

 普段は全くしないお代わりを調子に乗って二回もし、僕のおなかは嬉しい悲鳴を上げていた。食後もその場に居座り、ただただテーブルの上が片付けられていく様を眺める。食器を片付けた母がお茶を入れてくれたので、飲み干してから自分の部屋へと戻った。

 このまま眠りにつきたい心地ではあったが、起きたのは数時間前で睡魔が訪れることはない。昨日の続きをしようとゲーム機を起動し、僕はまた昨晩と同じ悪循環に陥るのだった。

 なんとか昼までに起床しようと自制し、外が明るくなる前にはシャワーを浴び布団に入ったのだが翌日目を覚ましたのは朝八時だった。普段より少し遅いくらいの目覚めに二度寝を決め込もうと布団をかぶるがすぐに布団は引っ剥がされてしまう。低い唸り声をあげながら起き上がると、胡坐を組み大きな欠伸を一つ噛みしめる。まだ視界がおぼつかない目を開くと目の前に人が立っていた。これは夢なのかとボーと眺めていると頭上にチョップを食らい、痛みが妙にリアルで現実であることを認識する。  ようやく視界がクリアになり目の前に立っているのが片手に布団を抱えた母であり、僕がこの時間に目を覚ました要因であると理解した。自堕落な息子を起こし終えると、布団は洗濯するからと回収した母は部屋から出ていき僕は強制的に健康体の生活へと戻る。

 日中を部屋の掃除に費やしていると、中学校時代の教科書やノートが出てきた。それほど時間も経っていないのに懐かしさが込み上げる。受験シーズンは勉強頑張っていたなと最後のページまでびっしり埋め尽くされたノートを意味もなく見返した。勉強道具以外にも工作や当時熱心に集めていたカードなどが出てきて郷愁溢れる物に夢中となる。掃除をしていたことなど忘れいつしか夕飯時となり、ご飯を食べ終えると一気に睡魔が押し寄せ僕は健康すぎるほど早い時間に眠りにつくのだった。

 

 





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