導く色、彩る色

駒井 ウヤマ

導く色、彩る色

 朝靄漂う重苦しい灰色の空を、パア、パアと場違いなくらいにカラフルな色が染めてゆく。

「旗艦より信号弾確認。順に赤、白、青」

「その符号は・・・『各艦戦闘準備』か。よし、返礼の信号弾、放て」

「了解、緑3号信号弾発射。通信手、聞こえたな?」

 その命に従い巡行艦シュトッツガルドから花火のような緑色の信号弾が打ち上がる。更にそれとほぼ同時に、艦隊の各艦から同じ色の信号弾が一斉に打ち上がった。

 一瞬で緑一色に染められた艦隊は、まるでイベント時のプロジェクションマッピングのようだった。

「こりゃ見事ですね、デアシュナイダー艦長」

「浮かれるなよ、ウェルナー大尉。いくら久しぶりの戦場だからと言っても、戦場の女神はそんなことは斟酌してくれんぞ」

「す、すみません艦長。ですが・・・見事ですよね?」

 その、副官として昨日初めて顔を合わせた青年士官の言葉に、オットー・デアシュナイダー中佐は「仕方ないな」とばかりに苦笑を浮かべた。

「まあ、そうだな。だが・・・」

「分かっていますよ、艦長。これでも、小官は1週間前まで後方勤務でしたから」

 そう、確かにこの場に集った戦艦4、巡行艦8の大艦隊は荘厳だが、同時に帝国の落日をも物語っていた。

 何故なら、新生オーストリア帝国陸軍が誇る陸上艦は旧式艦からなる別働艦隊とドックで補修中の艦を除けば、ここにある艦で全てなのだから。

「艦長、艦隊旗艦クローンプリンツに戦闘旗が掲げられました!更に、各艦へ戦場チャートの配布あり!」

「モニターへ出せ」

「了解しました。・・・出ます」

 それまで船窓として空を映していた天井のモニターが消え、代わりに彼らがいる戦域マップが表示される。また、艦長席に据え付けられたタブレット端末や各シートのディスプレイにも同じものが表示されている。

「我が艦隊は、これよりアルデンヌ高原を迂回して、別働艦隊が引き付けてくれているはずの英国陸軍主力艦隊の脇腹を突く。戦艦部隊が先陣を切り敵陣を分断し、我ら巡行艦がそれを抉じ開ける。分かるな、皆!」

 オットーの言葉に、艦橋のあちこちから「応!」と頼もしい返事が返される。

「ん?艦長、旗艦より信号弾。紫です」

 紫1号信号弾。その意味するところは『帝国の興亡この1戦にあり』だ。それを見た各艦橋要員の皆の喉からはそれぞれに感嘆の息が零れる。

 しかし、その中で艦長席の脇に立つウェルナー大尉からのみ、「はあ」とどこか溜息に近い息が零れた。

「どうした大尉、気分が上がらんのか?」

「え?ああ、いえ、そんなことは無いんですが・・・」

「が?」

「どうもこのルートはこの艦にとって、ゲンがあまり良くないもので」

「なんだ、そんなことか」

 重く沈んだ顔で述べるにはあまりにも迷信めいた言いぶりに、オットーは思わず吹き出しだ。

「私は博打うちを部下に持った覚えは無いが・・・ああ、そうか。貴官は」

「ええ。小官は中尉時代に、このシュトッツガルドが先に大破した際の生き残りです。丁度、あの時もこれと同じルートだったもので」

 そうだった。

 このニコル・ウェルナー大尉はその折に敢闘精神の欠如を告発されて、後方送りとなっていたのだった。それを修復が完了したこの艦の艦長を任されるとなった折にオットーが見つけ出し、少々強引に副官として迎え入れさせたのであった。

「しかしな、大尉。あれから1年も経ったんだ。不幸な一致も流石に期限切れだろう」

「それにもう1つ。我々の作戦が囮に引っかかった敵を横から殴ろうって奇襲を企図したものなのに、こうもバカスカと信号弾を打ち上げて良いのかな、と」

 どことなく不安そうな顔つきでウェルナーが述べるそれは、さっきの迷信崩れとは異なり確かに一理ある。彼自身、この作戦にかかる諸々には合理性よりもロマンティシズムを感じざるを得ないのだ。

(・・・必勝を期すことが主眼の参謀本部が、そんなものに釣られるとは考えたくは無いが・・・)

 しかし、作戦は既に開始されているのだ。それを一介の中佐風情が、今更どうのこうの言う訳にもいかない。

「それもそうだな。しかし、だからと言って電信を頻回にやる訳にもいくまい。それこそ、『我が方こちら』と喧伝しているようなものだぞ?」

「それもそうですが。・・・すみません、気にしないでください」

 しかし、そう言われれば気になるのが人の常。オットーはキョロキョロと、周りを見渡すよう視線を動かした。

「・・・ん?」

 それが、功を奏した。右側森林地帯の奥に一瞬、チカリと反射する光が見えたのだ。軍艦乗りとしての直感が、直ちにそれを敵だと警告する。

「索敵手、右方向の探知を!」

「え、ちょ、ちょっと待って・・・こ、これは!艦長、敵影です!」

 その報告に、艦橋内は一瞬であと1時間で戦場という緊張感から一転、大いに騒めきだした。

「間違いは無いのか!?」

「各部監視所、報告を!?」

「両舷レーダー手は何をしていた!」

 各員、特に索敵手のいるブースは蜂の巣を突いたような大騒ぎとなる。

「黙らんか、貴様ら!」

 そんな彼らを沈めさせたのは、艦長の一喝では無く。

「敵艦、発砲!」

 そんな、悲鳴のような報告と、右舷から聞こえた大地をつんざくような破裂音だった。

「き、旗艦より入電!巡行艦ザイドリッツ、艦橋へ被弾!こ、航行不能!」

「盾になってくれたか!艦長、ここは」

「うむ。通信手、クローンプリンツへ連絡を。『我、敵艦への攻撃を敢行す』以上だ!」

「了解。・・・・・・返信、来ました。『貴艦とリュツオウにて殿とす。敵艦の脅威から艦隊を守られよ』。い、以上です!」

「了承した、と伝えろ!各員、命令を受諾した。少し早いが戦闘配備!」

「了解。砲撃長と索敵手はデータ共有を開始、機関長は直ちに機関室へ、通信手、リュツオウとのデータリンクは・・・」

「出来ました!」

「良し。特に敵情と位置関係は密にやれよ。これで宜しいですか、艦長」

「上出来だ!」

 敢闘精神を疑われた割には、ウェルナー大尉の命令にソツは無い。これは良い拾い物だったと、内心オットーはほくそ笑んだ。

「艦長、リュツオウより入電。『貴艦が指揮執られたし』」

「光栄なことだ。艦隊、第一船速!目標、敵艦船!」

 こうして、新生オーストリア帝国陸軍最後の艦隊決戦である、第4次アルデンヌ会戦の幕は上がった。


「敵艦、発砲!」

「ビビるな。この距離ではそうそう当たりはせん!」

 そのオットーの言葉通り、敵が放った砲弾は全て地面にクレーターを穿つだけだった。

「ランダム回避を続けろ。またリュツオウには『艦隊行動を意識せず、己の判断で機動を行え』と!」

「了解」

 更に、数発の砲弾が飛来したが、それらも全て、両艦に命中することは無かった。回避の有無はあれど、1発で航行不能となったザイドリッツはよっぽど運が無かったのだろう。

「もうそろそろ、敵艦の種類ぐらいは分かっても良いだろう。索敵手?」

「は、はい。センサーによれば・・・大型艦1隻、他小型艦4隻と。艦種は・・・・・・出ました!データ照合、80%の確率で、ロイアル・ソヴリン型戦艦です!」

「ロイアル・ソヴリン?」

 思わず、ウェルナーはそう呟いた。呟き程度の心算だったが、思ったより声が大きかったらしい、艦長が心配そうな面持ちで、こちらを眺める。

「し、失礼しました。以前に当艦を送り狼しようとしたのが、件の艦だったもので」「そうか・・・なら、運が良いな、大尉」

「はい?」

「存分にお返しがしてやれるじゃ、ないか」

 ニヤリ、とニヒルに笑うオットーを少しポカンと眺めていたニコルだったが、そんな余裕は戦場では忽ちに消え失せる。

「艦長、こちらの有効射程まで、あと10セカンド!リュツオウも同じ!」

「よおし、かかるぞ!」

 グッと艦長席の手すりを握り締めてそう命じたオットーに、慌ててニコルも軍帽を被り直して前を見る。モニターの上では、敵艦へじりじりと近づいて行くシュトッツガルドの様子が無機質な三角形で示されていた。

 そして、

「戦闘開始!」

「主砲、1番2番、一斉射!」

 その三角形から同心円状に広がる円周が敵艦へと届いたと同時に、激烈な砲火の命が口蓋から飛び出した。

「それと、各副砲は個別に対応。近寄って来る陸戦艇が見えたら遠慮せず叩け!」

「艦長、外れました!」

「一々報告はいいぞ、砲雷長!敵が沈むまではドンドコ撃て!」

 再び斉射が行われ、船窓がレールキャノンの放つオレンジ色に染め上がる。そして、数秒の後、同じ窓が今度は真っ赤な色へと染め変わった。

「ほ、報告!我が艦砲により、敵艦砲を撃ち抜いたと。だ、大爆発です!」

「確かか!?」

 反射的に敵のいる方を見た艦橋要員たちがそこに見たのは、もうもうと黒煙を噴き上げる敵艦の姿だった。

「確か、ロイアル・ソヴリン型は艦中央に火薬式の36サンチ砲を据えていたが・・・よくもまあ、当たるもんだ」

「ザイドリッツの不運をお返しという訳ですね、艦長」

「調子に乗るなよ、大尉。敵はまだ攻撃を諦めとらんぞ!」

 その言葉通り、大砲こそ沈黙したものの余程ダメージコントロールに優れているのか、それ以外のレールキャノンや副砲は未だ盛んに砲火を散らしている。

 しかし、艦橋が黒煙で覆われてしまっているからか、こちらへの命中弾は無かった。

「中々しぶとい。だが・・・」

「はい。敵は我が艦へ側舷を晒しています。距離800メートル!」

「十分だ、トドメを刺してやれ」

 そう言えば、とウェルナーは思い出す。あの1年前の撤退時、敵艦がこちらへ撃ったのは2発分だった。

「良し。あの時の借りを返してやれ、ホルベイグ砲雷長!」

「了解しました!たっぷりと、色を付けてやりますよ!」

 3基の主砲から一斉に放たれた砲弾は、敵艦をズタズタに切り裂いていく。やがてその内の1発が、敵機関部へと到達したようで、奇縁連なるロイアル・ソヴリン型戦艦はプラズマ光を撒き散らしながら、1塊の火球と消えた。

「やった!敵艦轟沈です、艦長!」

「それより大尉、さっさと離れるぞ」

「そ、そうだ!総舵手、広がる火の手に巻き込まれない内に離脱せよ!」

 爆散した敵艦から広がる炎と灼熱化した破片群は大地を焼き尽くさんばかりに広がり、一帯を夕焼けのように朱へと染めて行っている。辛うじてシュトッツガルドはその炎からも破片からも逃れられたが、不運にも随伴していた敵陸戦艇数隻はそれに巻き込まれて主と同じ末路を辿った。

「敵残存戦力、撤退していく模様。追撃は・・・」

「いらん。それより、戦果と被害状況を報告せよ」

「は。戦果は敵戦艦1隻、及び陸戦艇数隻を撃破。我が艦、リュツオウ共に損害はありません。ただ・・・」

「ただ?」

「我が艦、残り主砲弾残数45%、副砲弾残数74%。リュツオウは主砲78%と」

「そうか・・・。撃ち過ぎたな、砲雷長」

 その揶揄うような窘めに、レオポルト・ホルベイグ砲雷長は照れ臭そうに頬を掻いた。

「ま、それも生き延びれたから言えることだ。それより、艦隊は・・・」

「か、艦長!戦艦フランツ・ヨーゼフより入電!」

 戦艦フランツ・ヨーゼフ。それは確か、クローンプリンツの僚艦のはずだ。艦橋に緊張感がさし戻る。

「こ、これは・・・」

「どうした?報せよ!」

「は、はい。か、艦隊は敵艦隊の待ち伏せに会い・・・き、旗艦クローンプリンツ他戦艦2隻、轟沈!?」

「・・・そうか」

 ガックリと、肩を落としてオットー中佐は艦長席へ座り込んだ。ウェルナーも、自分の席があったならきっと同じリアクションをしていたことだろう。

「これで、我々の戦果も水の泡、か」

「それで、艦長。我々はこれからどうしましょう?戦場へ向かいますか?それとも・・・」

「無論、急いで撤退だ」

 なにしろ、敵にはこの場所に我々がいることは知れてしまったのだ。それも、戦艦を轟沈せしめた忌々しい怨敵が、だ。

 どれほどの戦力で待ち伏せされたのかは知らないが、大勢が決した以上、こちらへ追撃が寄越されるのは時間の問題、否、もう来ているかもしれない。

「リュツオウへ連絡、ザイドリッツの負傷者及び残存兵員を回収し撤退。囮艦隊へ合流する!」

「了解。艦首回頭」

 あの時も同じだったな、とウェルナーの胸に感傷が過る。違うのは、被弾したのがシュトッツガルドで無いことくらいだ。

「回頭、完了しました」

「良し。では艦長、宜しいですね?」

「ああ」

 その問いかけに、オットーはそう言って軽く首を垂れた。

「了解。機関、第2船速。我が艦隊はこれより、ザイドリッツへと向かう!」

 完勝したはずの敗残兵は、厳かな振動を響かせて敵に背を向け逃げ去って行く。その艦橋でウェルナーは未練だろうか、後ろを振り向くとそこには赤と黒に染め抜かれた地平線が広がっていた。

 腕時計を見れば、初めにザイドリッツが被弾してから2時間も経っていない。

「あんなに静かだったのに、朱に染めたり時の間に、か」


 西暦3085年1月31日。第4次アルデンヌ会戦の結果、新生オーストリア帝国は昨3084年12月24日の大敗を上塗りし、戦力の大半を喪失してしまった。

 また、これと同日に反軍務大臣を掲げる宮廷クーデターが発生。鎮圧には成功したものの、機動戦力の喪失に続き国力の脆弱さを内外へ露呈した帝国にこれ以上、大英帝国軍と抗い続ける気力は残されていなかった。

 翌、西暦3085年2月14日。新生オーストリア帝国は降伏し、3年もの長きに続いた戦争は、終わった。


 ユーラシア大陸西方の悉くを血のアカと、鉄のクロに染めて。

 

 

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導く色、彩る色 駒井 ウヤマ @mitunari40

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