一一六 トリガー・カタプルタス




 トリガーの世話になれと言われて、ユウヅツはまず反射みたいな拒絶の声をあげた。

 次いで、自分の拒絶を援護するために改めて声をあげる。


「恐れながら俺の記憶が正しければ、その名は先の事件でオモチャのナイフを手に俺を追い回したシャーバルト・ペーリカ様を、煽り立てた方ではありませんか!?」

「だからじゃないか? 和睦をアピールする必要があると言ったろう。ワタクシが決めたわけじゃないから、ワタクシに文句を言われても困る」

「イヤです! ヤダーーーーっ!!」


 トカクが采配にかなり密接に関わっているだろうと察しているユウヅツは、トカクに対し大々的に拒否を示した。わあわあとわめく。


「ヤダ〜〜イヤだよ〜〜〜」

「うるせーな。べつにトリガーと仲良くタイムカプセル埋めて十年後掘り出せとか言ったわけじゃない。ただ、学院で連れ歩いて図書室に入る切符にしろって言ってるだけだぜ」

「全然イヤですけどぉ!?」


 ユウヅツはしばらくワヤワヤ言っていたが、そのうち黙り、しばらくすると「他に無いんですよね……」と粛々と肩を落とした。


「もう決まってることで、俺に拒否権はないんですよね……」

「うん」


 頷きながら、トカクは頭をひねる。


「……そんなイヤがるとは。だっておまえ、シャーバルトとは和解したじゃないか」


 先日、ペーリカ家から正式な謝罪があり、ユウヅツとシャーバルトの面会が執り行われた。


 その際ユウヅツは、周囲の心配をよそにシャーバルトとにこやかに話していた。「誤解が解けて何よりです。互いに災難でした。オモチャのことは気にしていません。学院を辞めてもどうかお元気で」とかなんとか。


 シャーバルト・ペーリカも本来はあんな凶行に走るような人物ではないそうで、自分のしでかしたことを後悔していたらしく、ユウヅツの赦しに感激していた。過去に固執するそぶりを見せないユウヅツは聖人君子のたぐいに見えて、それはそれは評判が良かった。(主に女から)


「ナイフのせいでトラウマになってるんじゃないかと心配してたのに」

「だって結局、あの方はナイフ持ってなかったんだし……」

「笑顔で握手して、気にするなって言ってやってて。感心してたのに。トリガーなんか、何が怖いの?」

「怖いとかじゃなくイヤなんですよ!」


 ユウヅツは叫ぶ。


「というかトリガーさんって、……俺がシャーバルト様に殺されかけてた時、後ろを追いかけてきた……、……あの人ですよね? あの髪の青い……海賊上がり?とか言われていた……」

「そう。あのトリガーだ。ボクが、てっきりシャーバルトとグルだと思ってまとめて叩いちまったアイツ」

「あの人、なんで学院やめないんですか?」

「アイツ自身はナイフ振り回して生徒を脅したりしたわけじゃないからな。やり口が陰湿なせいで、取り立てた罪がないんだよ」

「ほとんどあの人のせいなのに……!?」


 あと、トリガーは家柄が少し特殊だ。そのせいで、多少のオイタが許されてしまうのだ。


「海賊上がりって言われてたやつ。あれ、家のことらしい」

「家のこと?」

「ご存知の通りシギナスアクイラは海洋国家なわけだが、カタプルタス家は、その公認海賊の頭領の家系なんだ。トリガーの取り巻き達もその系譜」

「……公認海賊とは?」

「国が存在を認めていて、国益のために動く海賊。海軍とはまた別で、戦争と政治の道具だよ。……考えてみればおまえ、陸で海賊に絡まれるとは、世にもめずらしい体験をしたな」

「めずらしさも異世界転生ほどではないと思いますが」


 と返してからユウヅツは疑問を抱いた。


「……貴族と海賊って、両立しなくないですか」

「するのがあの国なんだよ。……海賊行為で国に寄与したと認められ、カタプルタス家が爵位をもらったのが、およそ三十年前」

「……わりと最近、と言える範囲ですね」

「その通り」


 物分かりがいいぞ、とトカクはユウヅツを褒める。


「歴史の話をする。カタプルタス家は代々、私掠船で外国の船を襲ったり土地を侵略するのが生業だった。でも、大陸連盟が掲げた平和協定により、それが許されなくなった。すると、国はカタプルタス家——公認海賊への援助を断ち切った」

「……それで?」

「憤ったカタプルタス家は対立を宣言。内戦を起こすと恫喝。それを鎮めるために、シギナスアクイラの王は爵位をくれてやったわけだが」


 トカクは腕を組む。


「そもそもが私掠船を鳴らしてたゴロツキ集団の末裔。はなから貴族の品性なんか期待されてない。だからカタプルタス家にとって、こんなのは子どもが多少オイタした程度で醜聞にならないんだ」

「なりますよ絶対」


 というユウヅツは突っ込みつつ。


「……ですが、分かりました。シギナスアクイラ国内におけるカタプルタス家の役割は、暴力装置。国力であり武力であり防衛力。シギナスアクイラにとっては、とても簡単に取り潰せない家なんですね」

「当時のシギナスアクイラ王権が、やり合ったら共倒れになると鎮圧を即座に諦めた、そのくらいに力があるそうだ」

「……では、つまり……。シギナスアクイラは、トリガーさんに学院を辞めさせるわけにもいかず、しかしライラヴィルゴとカリーナサギダリウスの手前、何もしないわけにもいかず……?」

「そう。というわけで、トリガーにボク達のところで奉公させて罪を洗い流させることでお茶を濁す運びになった。恩が売れてよかったな」


 いいのか悪いのか。ユウヅツは首をひねる。

 トカクのことなのでユウヅツにも分かるよう説明してくれているのだろうが、政治の話は今ひとつピンとこない。


 ともかくユウヅツは、今後共に行動しろと言われていた『シギナスアクイラからの使者』がトリガーであるらしいと、しぶしぶ承諾した。


「……で、そのトリガーさんが、これからここに来るのですね」

「そうだ。謝罪とあいさつを兼ねてな」

「謝罪はともかくあいさつって何をすればいいんですか」

「何って、おまえ怪我で動けないのを支えてもらうことになるんだからよろしくとか言っとけよ」

「い、イヤだ〜〜〜、やだよ〜〜……」


 ユウヅツは本当に嫌がっていたが、もう覆らないと分かっているので拒絶する気力が保たなかった。


「……どうせ俺にできることなんて我慢くらいですから、それぐらいはしますよ……」

「どうせとか言うなよ、他にも色々してもらっているよ」


 なぐさめながら、トカクは組んでいた足を下ろした。


「そろそろ来るみたいだな」


 とトカクはすっと背筋を正して『姫君』の仮面をかぶった。


 ユウヅツは何をもってトカクが「そろそろ来る」と判断したか分からなかったが、数秒後、部屋の外から大勢の足音が聞こえてきたのでコレかと思った。耳が良い。


 ややあって、大勢の帝国民に取り囲まれるようにしてトリガー・カタプルタスが部屋に連れられてきた。

 物々しい雰囲気だけ見れば、トリガーは後ろ手に拘束でもされていそうだ。されていないのだが。


「…………」


 トリガーは部屋に入るなりこうべを垂れる。


「カタプルタス、おもてを上げなさい」


 トカクは言うと、背後にいるユウヅツを手で示した。


「トリガー・カタプルタス。貴殿には罪滅ぼしの機会を差し上げましょう。ワタクシの従者は先日の怪我が後をひき、まだ本調子ではありません。今後、この者の介助をすることを許します」

「はい。大瞬帝国の寛大な処置に感謝しております」

「ユウヅツ。介助役としてこの者をくれてやる。困った時は使うがよい」

「…………。はい」


 困った時は使えとか言われても。


 しかし学院で転落してからというもの、足を引きずりながらしか歩けなかったり、右手が肩より上に挙がらなかったり、不便はあった。べつに介助が必要とも思っていなかったが、この状態で登校は難しいとも思っていた。

 まあ、必要な采配なのだろう。ユウヅツは己を納得させる。


 ユウヅツは握手のため手を差し出した。


「……トリガーさん。何かと用を頼みます、ご容赦ください」

「……ユウヅツくん。色々ごめんね。本当に反省してる」


 タメ口かい。ユウヅツは思った。どういう立場の扱いなんだ?


 トリガーが握り返してきた手を、ユウヅツは早々に振り払おうか考える。


 ……いや、大人の対応をしよう。ユウヅツは深呼吸した。

 そう、『夕也』はトカクやトリガーより歳上だ。大人の対応ができるはずだ、とユウヅツは転生して数度目の反復をした。


 最低限の『和解』を示せそうな適当な時間を置き、ユウヅツが手を離す。

 と、トリガーは身体を四十五度回転させて、その場に膝をついた。トカクのいる方向へ向かって跪いた形になる。


「…………?」


 予定にない動きに、トカクは片眉を上げた。


 トリガーは小さな声で「皇太女様」とささやいた。周囲に聞こえないようにしている。


「……なんだ」

「……先の鎮圧はお見事でございました。皇太女みずから従者のために前線に躍り出るさまは、勇猛果敢を絵に描いたよう」

「……ああ?」


 トリガーはうやうやしくトカクの手を取ると、手袋越しの甲に口付けを落とした。


「トリガー・カタプルタスの名にかけ、あなたに忠誠を捧げます」



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