一一五 ハナ




「——ということで、ユウヅツだが、またワタクシ達と一緒に学院に通うことになったそうだ。皆も色々と思うところはあるだろうが、色々と考えがあっての決定らしいので、円滑に進めるように、とのことだったぞ」


 トカクは責任の主体を自分以外の誰かに押し付けながら喋る。


 それを聞かされたハナ含む従者五名は、にわかにざわめいた。


「……あのひと復帰しますの?」

「てっきりもう辞めさせられるものと……」

「誰の許しがあって……?」


「…………」


 まあそういう反応になるよな。トカクは腕組みをして黙る。

 通常ありえない采配だもんな。


 トカクは、うろたえる五人に「まだ続きがある」と告げる。

 そしてシギナスアクイラとの敵対を避けたいとか、恩を売りたいとか、そういうことを喋った。……それを踏まえてなおユウヅツへの処罰は甘いと言われて仕方ないのだが、話す順番で、少しでも自然に見えるよう気を遣った。


「…………」

「…………」


 説明できることを説明しきっても、五人の煮え切らない反応は変わらなかった。トカクは物言いたげな彼女達の前に立ち、「何か意見が?」とうながす。


 と、ミキヱが「うーん……」と困り顔で首をかしげた。


「どうした? ミキヱ」

「……姫様のお心を煩わせるほどのことではないのですが」

「なんだ、言ってみるがいい」

「辞めるものだと思って、みんなで寄せ書きを書いて送っちゃいました。そろそろユウヅツさんに届くんじゃないかと……」

「バッ……」

「あれ本人の手に渡ったらイジメみたいになってしまうんじゃなくて?」

「辞めろって言ってるみたいですものね」

「だから私そんなの後にしろって言いましたのよ!?」

「は、ハナさんだって書いてくれたではございませんかぁ……。というか、ハナさんがユウヅツさんは強制送還間違いなしっておっしゃるからぁ……」


「きゅ、宮内便だろう? どっかで停まってるかもしれん、回収してこい!」


 というか、あいつあんなトラブル起こしておいて女子に寄せ書き書いてもらえるのかよ。どうなってんだ。




 どうにかユウヅツが封筒を開ける前に寄せ書きを回収した。

 宮内便は結局ユウヅツの部屋に届いてしまっていたので、ついで、というか流れでユウヅツとハナ達を再会させる形になる。


「寄せ書き! もらっていいですか?」

「でもユウヅツさん、結局辞めないのにこのようなもの……」

「お気持ちが嬉しいです、ありがとうございます」

「色紙がもったいないし、いつか彼が本当にクビになる時に取っておきませんこと?」

「ハナさん、どうしてそんな意地悪を言いますの?」

「まあ! 冗談でしてよ?」


 ニコッ。とハナが微笑む。ユウヅツの処遇についてかなり思うところがありそうだ。

 ことを荒立てる気はなさそうなので、トカクは黙殺する。あとでフォロー……できるかな……でもフォロー入れておかないと……。


「何はともあれ……よかった、んですわよね? 元通りになるのでしょう?」

「あ、そうだ。ついでに一緒に説明しておくことがある。復学後のことなんだがな」


 トカクは手を叩く。


「ユウヅツにはワタクシの側仕えをさせない。校内では別行動になる」

「えっ!?」


 初耳ですが?とユウヅツが目をまるくする。


「そうなんですの? でも、そもそもユウヅツさんに単独行動させたせいで、ああいう事態になったのでは?」

「別行動をさせるだけだ、単独行動をさせるとは言っていない。復帰したユウヅツの学院生活を、シギナスアクイラの人間が補助してくれる……という形が必要なのだよ」


 忘れがちだが今のトカクは『ウハク』なので、ウハクっぽい喋り方を心がける。


「別行動中に頼みたい仕事もあるしな」

「…………」


 図書室でユウヅツをクラリネッタと接触させる件で、トカクは考えてはいたのだ。

 図書室は、準生徒のみでは入場できない。本生徒に付いてでなくてはいけない。

 なのでトカクの同伴が必須になる。


 姫君の付き人として図書館に入り、よその女にちょっかい出す男って、周囲からどう見える?


 そんなわけでユウヅツには、トカク以外の本生徒(できれば男)との付き合いが必要だなぁと思っていたのだ。


(そこの人材をうまいこと調達できたのは怪我の功名だな。……失ったものが多すぎるが、そう思わないとやってらんねー)


 ひとまず、従者達の再会が済んだ。ハナ以外は、ユウヅツの復帰に文句がなさそうで安堵する。


「……じゃあこれでワタクシからの話は以上だ。解散、なんだが、……ハナ。後でワタクシの部屋で二人で話できるか?」

「ええ、いつでも」

「では今から行こう」


 トカクはハナを自室に招く。


 前置きするような間柄でもないので、サクッと本題に入った。


「なんだか不満があるようだな? ユウヅツにか? それともユウヅツの処遇にか?」

「いやだ姫様、勘違いなさらないでくださいまし。すこし意地悪な言い方になったかもしれませんけど、本当に冗談でしたのよ? 決まったことなら従うだけですわ」

「…………。……いや、ハナが意地悪を言いたくなる気持ちはワタクシも察するよ。辞めさせられるのが自然だものな」

「どうでしょうか? 私には何も。もし不自然に見えたとしても、私ごときには考えが及ばないほどの高尚な思惑があると信じますわ」


 壁かよ。とりつく島の無さにトカクは強く目をつむる。


 というか、ハナの不満がある時の不満の表し方が自分と似過ぎていてトカクは恥ずかしくなった。

 はとこ(母親の従妹の娘)で血縁は遠めなのに、いとこ(父親の兄の娘)のキノミコノハより似ている。


「…………」


 部屋に静寂が落ちる。


 またユウヅツへ『冗談のつもりの意地悪』をされるようなことをされるのは困る。トカクはどうにかハナの気持ちの落とし所を探ろうとした。

 …………。…………。


 と、トカクにとってとても意外なことに、ハナの方が先に沈黙に音を上げた。


「……姫様、あの」

「ん?」

「ずっと考えていたことがございますの。……私、ユウヅツさんのことで、何か隠されていませんか?」

「…………」


 している。しているが、隠す必要があるからしている。


 しかし、いくらハナでも真実に辿り着いたとは思えない。たぶん、何かしらの間違った推理をしている。

 察するに、「姫様、ユウヅツさんに特別な感情を持って、贔屓してませんよね?」「だとしたら問題ですわよ?」みたいな。


「隠しごと? ……すまないハナ、ワタクシはお兄様じゃないから、直接的に言ってもらわないと分からないかも」

「でしたら直接的に申し上げますわ。ユウヅツさんって、私達と血縁があったりしますか?」

「おあ……?」


 トカクは口をふさぐ。姫君らしからぬ声が出かけたからだ。


「……だ、だって、あの程度の男が姫様の側近を務める栄誉を賜っていること自体が不自然ですわ! 実は高貴なお方の落とし子で、縁故でこんな有様になっているのではありませんこと?」

「あ〜……、……そうなるかぁ……」


 そういうことにできたら楽だな。とトカクは思った。しないが。


「…………。ハナ、そういう誤解をしても仕方のない状況ではある。だが……」

「だが?」

「そうだとしたら、ハナに打ち明けない理由がない。それは間違った推測だ」

「…………」


 ハナは眉をひそめた。


「……打ち明けない理由が、その高貴な方が『この私』の血に近しい人物だとすれば、筋が通りますけれど」

「通すな通すな! 考えすぎ! そういうアレじゃないから安心しろ!」


 トカクはハナの肩をばしばし叩く。


「ハナ、信用してくれ」

「…………。…………」

「…………」


 わかりましたわ、とハナは納得してみせた。

 すこし不満そうにトカクを見ている。


 ふと、トカクは思う。


(……さっき、黙り込むかと思ったハナが、早々に沈黙を打ち切ってくれた理由……)


 さっきのはハナらしくなかった。これまでトカクがハナと関わってきた経験則として、ハナは、トカクが何か言ってやるまで黙り込むかと思っていた。


 しかしそうならず、ハナが早々に折れた理由。

 もしかしたらハナは前からこうだったのかもしれない。ウハクの前では。


(……ボクが今『ウハク』だからか)


 大陸に渡る前から『トカク』は、ハナとはよく交流があった。それもありハナは気安い、気心の知れた相手だ。

 『ウハク』のふりをするようになってからも、特に変わり映えはなかった。しかし、これまで露呈しなかっただけで、多分ハナは『トカク』と『ウハク』で対応が違うのだ。


 つまり……。


(ハナはウハクに優しい)


 そしてそれは、ウハクが『皇太女だから』、トカクが『その兄だから』ではなく、おそらく好意による差異だ。

 ウハクに親愛があるから、対応が甘いのだ。


(……ウハク、……ちゃんと関係を築いていたんだな……)


 と思考を飛ばしていたトカクの目を、ハナが覗き込んできた。


「あの、姫様」

「お、う」

「姫様こそ、ハナを信用してくださいましね」

「もちろん、信用しているよ?」

「…………」


 ハナが内緒話をするために顔を近づけてきた。


「姫様、ユウヅツさん……妙に女性を懐柔させるところがあるようですわ。でも、あれは男です。血縁がないなら尚更」

「う、うん」

「異性だと思わないのはかまいません。同性のようには接さないでください。そしてどうか、一番の信頼は私に置いてくださいね」

「わ、分かってるよ」


 やけに本質に迫った発言をされてトカクの内心は波立った。なるほど、『ウハク』からユウヅツに対する気安さも、ハナから気にされていたらしい。


「ハナを一番に信頼してるよ。決まっているだろう?」

「…………」


 ここまで言って、ようやくハナは機嫌を取り戻した。


「そう。私こそが、姫様を一番よくよく想っていますわ。……あっ、トカク皇子には及ばないかもしれませんが、少なくともこの大陸では!」


 得意げにハナは笑う。


(……もしかして、ハナってユウヅツの魔性が効いてないのか……? 周りの女子がユウヅツに甘いから、合わせてるだけで……)


 そんで、『トカクに頼まれたから』世話を焼いているだけで。


(……チュリー様とは別方向で、男に興味なさそうではある……)


 ともかく、それからハナがユウヅツに意地悪を言うことはなくなった。







 ユウヅツに充てられた部屋。


「ところで、俺の補助?をするシギナスアクイラの人間って、具体的にはどなたですか? 俺の知ってる方でしょうか」

「トリガー・カタプルタスってやつだ」

「ト……」


 ぎょっとユウヅツが目を剥いた。


「イヤだーーーーっっ!!」



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