〇九九 ぼんやりが過ぎる



「ユウヅツくんは何もしてないよ!」

「え……?」


 ユウヅツは虚をつかれた。


 彼女らは、胸の前で手を握りしめ、懸命にユウヅツをかばう言葉を口にする。


「部長とかがユウヅツくんの責任にしたがったから、そんな感じになっちゃっただけで、部員全員が、ユウヅツくんのせいみたいには思ってないんだよ」

「……あの時、かばってあげられなくてごめんね……」

「私もごめん……!」

「…………」


 ユウヅツは衝撃を受けた。まさか音楽クラブ内に、あれだけやらかした自分をかばってくれる人がいたなんて。


「あ……ありがとうございます……。そう言っていただけるだけで、嬉しいです……」


 感涙をにじませたユウヅツに、女子生徒三人はほわ……とした。そして。


「少なくとも、私達はユウヅツくんの味方だからねっ……」

「あの人達が勝手に喧嘩になったのに、ユウヅツくんのせいみたいにされて、酷いよね。どうかと思ってたの」


「ありがとうございます……。でも、俺にも悪いところがあったので……」


 ユウヅツは昨日まで「俺が全部悪いんですよ俺なんか留学しなければよかったんだ」まで言っていたが、味方の存在に後押しされ、思わず向こうにも非があるみたいな言葉が出た。トカクが聞いていたらちゃぶ台をひっくり返していたに違いない。


「ねえユウヅツくん、クラブは辞めたけど、音楽は辞めたわけじゃないんでしょ?」

「はい、それはもちろん」

「それなら音楽クラブとは関係なく、私達で教室を借りて活動しない?」

「一緒にできそうな人も連れてくるよ。あそこも大所帯で、空気が合わないと思ってる人もいるだろうし。部活動として認められるくらい集まるかもしれないね」

「わあ、それは楽しそ……、」


 そこで、ようやくユウヅツは、自分が女性と関わらないという誓いを立てていたことを思い出した。


 何やってんだ自分は。ユウヅツは、自分の振る舞いに自分で戦慄した。ぼんやりが過ぎる。


「うですね……」

「だよね。さっそく今日、どこか借りられるかな? 先生に……」

「けど……すみません、ご遠慮いたします」


 え?と女子生徒達が不思議そうにした。先程までユウヅツは乗り気に見えたので、当然の反応だろう。


 えー?と残念そうな声が上がる。


「なんでなんで? 遠慮なんかしなくていいんだよ」

「部長達に何か言われると思ってるの?」

「いえ、実は……、……あんなことがあったので、自戒を込めて、女性との関わりを控えようと考えていまして……」

「ええ? でもユウヅツくんがいるの、女所帯じゃない」

「殿下達は例外です」

「…………」


 もしかして……と一人の女子が声を上げた。


「ユウヅツくん、皇太女様とか、上官の人から、女の子と話さないよう命令されてるの?」

「や、違……」


 上に言われて仕方なく……という印象を持たれるのは避けたかった。


「あくまで、俺個人がそうすべきと判断したんです。……また、俺の周りで問題が起きたらと思うと……」

「そっか……。そういうことなら仕方がないね」

「でも、こうして挨拶くらいならしてもいいよね」

「はい。今日は皆さんにお声がけしてもらって本当にうれしかったです」


 ユウヅツは、惜しみなく親愛の念を振りまいた。


「俺、学院に来てよかったです……」

「まあ……」


 ユウヅツは『登校拒否を押し通さなくてよかった〜』くらいのつもりで言ったが、女子生徒達は『海を越えて留学して、あなたに会えて良かった……』くらいに受け取った。


「……というわけで、あまり長話をするのは誓いに反します。……俺はちょっと……」

「どこ行くの?」

「……お手洗いに……」

「あら、失礼」

「もう!」


 きゃあきゃあと女子達が互いにじゃれ合った。


 ユウヅツは思う。この光景は壊したくない。


「じゃあ、またね」

「ええ、また!」

「困ったことがあったら、いつでも私達に声かけてね!」


 挨拶もそこそこに、ユウヅツは広間を後にした。


 ユウヅツがいなくなると、女子生徒達も広間から出ていった。




 という一連の流れを、眺めている男達がいた。


「何、今の茶番?」

「きもちわる」


 男達は互いに顔を見合わせる。そして。


「……あれが大瞬帝国のユウヅツ・ユヅリハ?」


 と。


「ね〜。たいしゅん帝国ってどこ? 聞いたことないけど」

「ライラヴィルゴの端にある、小さい島国だとよ。何が『大』帝国だか」

「そんな遠いとこから?」

「おまえら不勉強だぞ。大瞬の皇太女といえば、ヴィルガ家の『女王様』の取り巻きの一人だ。編入早々チュリー・ヴィルガ・ライラに取り入って、ゴマ擦りで成り上がったって有名だろ」

「そんなん知ってんのメッチャ頭いいじゃん」

「ユヅリハは、その皇太女の側近のひとりだ」

「それって、ユヅリハは取り巻きの取り巻きってこと?」


「——で、あの男をめぐってご令嬢が殴り合いのケンカになったって?」


 男達は沈黙し、それからドッと笑った。


「なんで〜〜!?」

「あんなののためにドえらい醜聞を作って、バカだねぇ」

「悲しいことに、俺らの同郷っていう。シギナスアクイラの恥さらしだよ」

「ねえ、うちの国の令嬢達が問題起こしたのって、あの男のせい?」


「いや、なんも悪いことしてないんじゃね? でも、そんなん関係なしに、単にムカつくなぁ〜〜、あの男」


 男達のリーダー格の男は、そう総じた。


「なんだろうね……キライだわ……。女にモテてるからキライなのかな? 俺もまあまあモテるのに、他の男のモテが許せないなんて、俺は心が狭いなぁ〜〜」

「トリガー、じゃあ俺がモテたら友達でいてくんねーのかよ!?」

「おまえがモテることって一生ねーから平気」

「よかった〜!」


 と胸を撫で下ろした男に、

「おいオメーひでーこと言われてっぞ!」とツッコミが入る。


「うそうそ。モテても友達は友達。俺が許せないのはぁ、知らない国の知らない奴が、知ってるとこで幸せなこと」


 リーダー格の男——トリガーは、「うーん」とあごに手を置いた。


「暇だし、ちょっと話してみっか」

「でもトリガー、よその国の人間にちょっかいかけるのはマズいんじゃ?」

「そうだな〜。……お!」


 トリガーは、遠くにいるひとりの男子生徒を見とめた。にやり、と口元が歪む。


「ちょうどいいトコにちょうどいい奴がいた。みんな、行こ」


 トリガーは動き出した。


 ユウヅツに魔の手が迫っていた。



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