第三章 おまえのせいだろ

〇九八 君のせいじゃないよ

 



「え、帝立学園にいた頃、ボクが何回かおまえに釘刺しに行ったの、『ゲーム』でもあったのかよ?」


 トカクの言葉に、ユウヅツはうなずいた。


「ゲームの『トカク皇子』には、ストーリーが進みメインヒロインとの仲が深まるたび、主人公に文句を言いにくる……、という悪役っぽい役割があったんです」

「……ボクは無意識に、シナリオと同じこと喋っていたわけか。気持ち悪いなぁ……」


 宿命論とかは気持ちが悪い。


 まあ、それはともかく。トカクはユウヅツに話を続けさせる。


「威圧されるのが単純に恐ろしいという気持ちもありましたが」

「うん」

「皇子殿下が俺に忠告をしにくる、イコール、皇太女殿下との仲を疑われている、しかもそれが進展している……ということだと理解していたので、戦々恐々としていましたね。バッドエンドに近付いている……と」


 ユウヅツは恐怖を思い出したように両肩を抱いた。


「……その頃には、俺の方も皇太女殿下との関わりを避けるようになっていたのですが、皇子殿下からの接触は止まらず、……『ゲームのシナリオ』が転がり落ちている感覚でした」


 ユウヅツは。


「……正直、刃物を持ち出されたらどうしようという恐れでいっぱいで、記憶が曖昧なんですけど……」


 バッドエンドだとトカクに斬り捨てられる予定だったユウヅツである。


(……ボクが、コイツに嫌味を言いに行くんじゃなく、ちゃんと話をしようとしていれば、こんなことにはならなかっただろうか)


 ユウヅツが判断を誤るのは仕方がない。普通の人間だから。でもボクは皇太女の兄で皇子なのだと、トカクは内心で思う。間違えてはいけない。


「……やめよう、帝立学園にいた時の話は。今から過去を変えられるわけでなし」


 トカクは話を切り替える。


「連盟学院での話をしよう。明後日から、クラリネッタが復学するらしいだろ?」

「……そう、ですね」


 ユウヅツもうなずく。


「『ワタクシ』のせいで出席停止になったクラリネッタのことを、気にかけるそぶりをしていたから、情報が入ってきた。図書館の利用申請も通ったし、これで後はおまえが声をかけるだけ」

「…………」

「……と言いたいところなんだが、『ワタクシ』と彼女の間に因縁ができてしまったからな。『ワタクシ』の側近であるおまえは、警戒される可能性がある」


 というわけで! とトカクが両手を広げる。


「どうやって禍根を取り除くか考えよう!」

「……家に居場所のないクラリネッタ嬢にとって、謹慎処分でずっと家にいないといけないというのは、つらかったでしょうね……」

「とりあえず、『ドレスのことならワタクシは怒ってないし、あなたの謹慎処分はワタクシが望んだことでもないので、水に流しましょうね』というポーズを表明するために、復学後クラリネッタに何かしら挨拶をしたいんだが」


 トカクは言う。


「何か贈るなら何がいいかな?」

「社交のことならハナさんに相談した方がいいですよ……。『クラリネッタ嬢』なら、なんでも喜んでくださると思いますが」


 けれど、とユウヅツは付け足す。


「いかんせん彼女は、これまでの境遇が境遇ですからね。実体験からくる人間不信というか……。ちょっとした不自然からでも、何か裏があるんじゃないかと勘ぐって、怯えてしまうのではないかと思います」

「警戒心が強く、あまりわざとらしい歓待や行き過ぎた謝罪をすれば、悪意を邪推されるということだな」


 めんどくせえな。トカクは内心でだけ思う。


 でも、ウハクにも似たようなところがあった。

 ウハクの場合は、何かしてもらった時に「これは皇太女宛でわたくし宛じゃない」と心の中で壁を作ってしまうような。


 その点チュリー・ヴィルガは、こちらが何をしても「私ほど高貴な人間なら、このくらいしてもらえるのが当然よね」という感じだ。その高慢ちきさがいいんだよな。


「……じゃあ、とにかく妥当なものになるようにと、ハナに相談して決めるか……」

「それがよろしいかと。……俺に、女性同士の社交のことは分かりません」

「困ったことにボクもあんまり分かってないんだよな……」

「またご謙遜を」

「いやマジで……」


 という感じで、その日の会合は終わった。






 翌日の学院。

 ユウヅツは一人ソファに腰掛けて時間が過ぎるのを待っていた。


(明日は、いよいよクラリネッタ嬢の復学か……)


 明日すぐに、ということはないだろうが、ユウヅツはいずれ図書館でクラリネッタに接触しなければならない。


「…………」


 今日は、トカクがチュリー・ヴィルガと共にダンスの授業を受ける日だ。それが男子禁制のため、ユウヅツは学院の広間でトカク達を待っていた。

 その間ゲームのシナリオを思い返し、クラリネッタとの会話を脳内でシミュレートする。


 周囲には、乗合馬車を待つ者や、ただ友人と歓談する者などが、さまざまな目的で思い思いに過ごしている。

 以前のユウヅツなら、この時間は音楽クラブに顔を出しているのだが、例によって今は追放されている。


 ……出禁を食らったことを再認識するとユウヅツは胃が重たくなるので、努めて考えないようにした。音楽クラブの部員とは、あれからロクに話もできない。


 と、そんなユウヅツに声をかける影があった。


「もしもし。ユウヅツくん……だよね?」

「え?」

「あ、ほら、やっぱりそうだ。下向いてるから一瞬わからなくて」


 ユウヅツが顔を上げると、見覚えのある三人組がソファの付近にいた。音楽クラブで何回か喋ったことのある女子生徒達だ。

 三人は相手がユウヅツであると確信すると、より近づいてくる。


「ちょっといいかな」

「……はい」


 音楽クラブをめちゃくちゃにした件について怒られるに違いない。ユウヅツは身を固くした。

 みんな俺なんか学院に来ないで欲しいと思ってるんだと、登校拒否しかけた記憶が新しい。


 女子生徒達は、そんなユウヅツを見て。


「あ、そんな怯えさせるような用件じゃないから。あのね私達、その……」

「……私達は、ユウヅツくんが悪いなんて思ってないからね!」


 と言ったのだった。


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