一〇〇 陰湿
女子生徒達に「お手洗い」と言ってしまった手前、ユウヅツは嘘をまことにすべくトイレで用を足してきた。
「……はあ、この世界には慣れたつもりだけど、水回りはもうちょっと文明が発達してほしい……。俺以外にも『転生者』来てくれないかなぁ……頭の良い人で……」
などと独りごちながら、ユウヅツは広間へ戻る渡り廊下を歩く。
と、前方に男子生徒の集団がいた。
ユウヅツは廊下の端に寄り、彼らの横を通り過ぎようとする。
「ユウヅツくん」
「!」
知り合いか?と思って立ち止まるが、誰の顔にも覚えがなかった。同じ学院の生徒である以上、授業で同席したことくらいはあるかもしれないが。
少なくとも音楽クラブの部員ではない。
しかし、声をかけられたのは確かだ。ユウヅツは相手の言葉を待つ。
「ちょっと話あんだけど、いいかなぁ?」
「はい、なんでしょうか」
「ここじゃちょっと……。ちょっと一緒に来てくれる?」
「…………」
ユウヅツは黙った。そして。
「すみません、怖いからイヤです」
「え、怖いの? 俺達が?」
「もし俺の記憶力の問題だったらお恥ずかしいのですが、あなた達とは、喋ったことがないと思います。そのような方から、場所を選ばなければできない話をされる心当たりがありません」
ユウヅツは警戒していた。男達の雰囲気は、ユウヅツの長兄と次兄がつるんでユウヅツを虐げようとしている時と、かなり似ていたからだ。
そうでなくとも、これは怪しい。
「ご用件があれば、この場でお願いします」
「え〜……。どうしても?」
「…………」
ユウヅツは口を閉じる。
「じゃあいーよ、ここで話すわ。……俺達はね、ユウヅツくん、なんかすごいモテてるらしいな〜と思って声かけたわけ」
「…………」
「音楽クラブの女子二人に取り合われて、大変だったらしいじゃん? やらかしちゃったね。ユウヅツくんのお姫様、編入したてで変なトラブル起こしたくなかったはずなのに、だいじょうぶ?」
ひく、とユウヅツの頬が引きつった。お姫様とはトカクのことで、彼は本当に変なトラブルを起こしたくなかったのに、ユウヅツがやらかした。事実だ。
「……だけど実はユウヅツくん、女の子達からちやほやされて、良い気になってたりしない? もし反省してなかったら、ちょっと、どうなんだろうと思って。俺達はそれが心配でさー」
「……ご心配ありがとうございます」
「だからね、ちゃんと君が反省してるってこと、宣言させてあげようかと思ったの。だからホラ。……謝ってくれる?」
「…………」
(……貴族というのは、陰湿な物言いをするなぁ……)
それを思うと兄達はやり口が直接的だったな。まあ腐っても身内だからな……と思いながらユウヅツが目を伏せた。
「……気分を害してしまい申し訳ございません」
「…………。……それだけー?」
さらに求められる。
「ちゃんと何が悪いか分かってる?」
「……恐れながら俺が、大陸の文化に不勉強で、迂闊な振る舞いをしました。いさかいを引き起こす形になり、反省しています」
「…………」
「特にシギナスアクイラの皆様に対しては、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「ふーん……」
「だってさ」
「こいつ、分かってないみたいだなぁ?」
ワハハ……と男達がいやしげに笑う。
笑う男達の中で、ひとりだけ笑っていない者がいた。
先程、広間でトリガーに「ちょうどいいトコにちょうどいい奴がいた」と評されていた男子生徒だ。ここまで連れてこられた。
しかしユウヅツは、早く広間に帰りたいとそればかり考えていて、一人だけ笑っていないことには気づかなかった。
「ユウヅツくん、マジで分かんない? 俺達がなんで、こうしてユウヅツくんを通せんぼしてんのか」
「…………? ……俺が、……学院を騒がせて、方々に迷惑をおかけしたから……でしょうか」
トリガー達は愉快げに笑った。
やはり一人だけ笑わない。
「聞いた? あいつ、おまえのこと知らないっぽいよ。……くくっ!」
その笑わない一人の肩に手を置き、トリガーは心底おもしろそうにする。
そして、ワハッと破顔した。
「なあ〜ユウヅツくん! おまえを巡って争った女の片方に、婚約者がいるの、マジで知らなかった?」
それがコイツなんだけど!
ゲラゲラと男達が、うつむく男子生徒の肩を叩いて嘲笑を浴びせた。男子生徒がビクッと全身をこわばらせる。
「…………!」
ユウヅツはさあっと全身の血の気が引いていくのを感じていた。
「ぎゃはは、ユウヅツくん、ひでぇ〜〜」
「本当に可哀想。みじめ過ぎん? 俺なら飛び降りてるね」
「は〜、おもしろ」
男達は大笑いが一段落すると、あらためてユウヅツを見た。
「こいつがおまえに言いたいことあるって。……一緒に来てくれる?」
トリガーの言葉に、今度はユウヅツも逆らえなかった。
一方その頃、トカクはチュリー・ヴィルガとキャッキャうふふと雑談に興じていた。
(チュリー様、今日もお美しいな~)
「チュリー様は今日もお美しいですね」
「やだもうウハクさんったら! 毎日言ってくれるんだから!」
友達ごっこを満喫するトカクの知らないところで、『ウハクの薬を手に入れるための作戦』が壊されそうになっていた。
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