〇九六 中断させないと(回想6/7)
ユウヅツは焦りながら、とにかく言葉を発する。
「分かります!」
「え……」
「俺も自分の顔、お母さんに似ているのがイヤだったから!」
すこし大声になった。ウハクは目を見開く。
ユウヅツは、ウハクに話をさせてはいけないと更に言葉を重ねる。
「いや、俺は俺を産んだお母さんに会ったことないんですけど、似ているらしくて」
「そ、うなのか?」
「はい。あの、なんか本当に似てるらしくて、義母になじられて育ったんですよ。ほくろの位置まで一緒なのが気に食わないとかで、よく針で刺されました」
「……針!?」
「針です。針、わかりませんか? お裁縫の時に使う、とがった小さい棒なんですけど」
「針はわかる……」
背中のはともかく泣きぼくろは動くと眼球に当たるから、どれだけジッとしていられるかにかかっていて……という話をしていると、ウハクは具合が悪そうに黙り込んだ。
それでユウヅツも、『これ話しちゃダメじゃないか?』と気付きはじめる。もっと他に良いごまかし方があったはずなのに。
終わらせねば。ユウヅツは話の着地点を探った。
「でも、もしも顔が似てなくても同じようにうとまれていたと、分かるようになったので、最近は自分の顔のせいと思わないことにしています。自分の一部を嫌いになるの、あまり健康に良くないんで」
「…………」
「ので、皇太女殿下にも……あまり自分の顔を嫌いでいてほしくない、です」
よし、まとまった。
ユウヅツはウハクの表情をうかがう。
ウハクは呆気に取られていた。
「…………」
(……恋愛ルートを阻止するのはいいけど、……ヘタなことして嫌われたら、お友達ルートも塞がってしまうのでは??)
ユウヅツは八方塞がりになった。
相手の話をさえぎり、一方的にまくし立て、あまつさえ相手の悩みを否定する。
『お友達』として失格ではないか?
(……いや、それ以前に)
……そもそも皇太女殿下のお言葉を邪魔することからヤバくないか?
「…………」
ユウヅツが土下座を繰り出すか迷っていると、ウハクは「励まそうとしてくれたんだよな」と言った。
「礼を言うぞ。ありがとう。わざわざ自分の見目までおとしめることはなかった」
「皇太女殿下……」
わ〜〜良いひと〜〜。ユウヅツは感激した。
たまに皇太女様であることを忘れてしまうくらい、偉そうなところがない方だ。……こういうところが、むしろ『次期皇帝らしからぬ』とゲームでは問題になっていたのだが。
「ユウヅツは、…………、……ユヅリハ領は、西の方にあるんだよな。どんなところなんだ? おまえのことが知りたい」
「……あまりおもしろい話はありませんが。良いところでしたよ。川の水が綺麗で。ご存知かもしれませんが、稲作や農業が盛んで、一戸あたりの耕地面積が……」
領地でずっと教えられていたことなので、説明には困らないが。社会科のお勉強の時間みたいになってしまう。
しかしウハクは興味深そうに、楽しげに相槌を打っていた。
ガララ。
と、階下で玄関扉が開閉する音がした。ユウヅツの世話係として領地から借りてきた使用人が帰宅したのだ。
足音は一階をうろうろした後、階段を昇りはじめた。ユウヅツの部屋に来る気らしい。
「先程お話していたサタケが多分、買い物から帰ってきたのかと」
すぱん。
おもむろに襖を開けたのは、やはり使用人のサタケだった。
サタケはユウヅツの部屋を見下ろすと、客人がいるのを確認する。
「…………」
「おかえりなさい、サタケ。リンゴをもらったので、台所に置いてあります。好きな時に食べなさい」
「お客様が来ていらしたのですね。失礼いたしました」
慇懃無礼にサタケが頭を下げた。
「坊ちゃん、お茶を用意しましょうか?」
「ありがとう。では頼みます」
サタケは一礼すると、ギシギシと階段を降りていった。
「あのひとが父から借り受けた使用人です。学園生活中の家事や身の回りのことを支えてもらっています」
「そうか。……ここはおまえの私室だろう? 戸を開ける前に声かけしたりしないのか?」
「ああ……、そういえば無かったですね。本日のようにお客様がいることもありますし、ちゃんとしてもらわなければダメですね」
気にしたことがなかったので、ユウヅツは「しまったなぁ」と思った。これまで私室に招いたのは平民ばかりで、礼儀を指摘されたことがなかったのだ。
「……当たり前だが、おまえも家では『坊ちゃん』だし、命令したりするのだな」
「一応はそういう立場ですから……」
兄達に比べてあまり大事にされてはいなかったが、それでも家庭教師を付けられていたし、使用人付きで帝都に住処を借りてもらえるあたり、ユウヅツも『お坊ちゃん』な自覚がある。特にこういう世界で、平民は小卒で労働が基本だし。サタケもそうだ。
ウハクは。
「もっとユウヅツの話を聞かせてくれ」とせがんできた。
「退屈ではないですか?」
「ううん、興味深い」
「そうですか」
プリンセスがいきなり『本当の平民』の生活を目の当たりにすればカルチャーショックを受けるだろうから、まず『下級華族の端くれ』から聞くのは良い案だなとユウヅツは思った。いずれ彼女が治める、この国の未来のためになってほしい。
そうしてユウヅツとウハクはしばし歓談した。
太陽が傾いた頃、ユウヅツは「皇太女殿下はそろそろ帰らなければいけないのでは?」と思いはじめた。
抜け出してきたのが何時か知らないが、夕食?までに戻らなければ、さすがに脱走がバレるのでは。それに夜道は危ない。
「皇太女殿下、お時間は大丈夫でしょうか?」とたずねると、ウハクはしゅんとした。
「もうちょっと話したい、今日はまだ帰りたくない……」
「けれど、勝手に抜け出してきたのでしょう? いつもはどれくらいでお城に戻っているんですか?」
「……この時間には、もう自分の部屋にいるな」
「じゃあマズイじゃないですか!」
ユウヅツは立ち上がった。
「帰りましょう。お城までお供いたします」
「…………」
ウハクはぺたんと畳に根を張っていたが、ユウヅツが出かける仕度をしているのを見て仕方なさそうに立ち上がった。
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