〇九五 庶民の暮らし(回想5/7)

 



 このまま皇太女殿下と仲良くなれればいいのだが。ゲームみたいな恋愛っぽい会話は今のところ一切してないし、良い調子なんじゃないか。

 ……ゲームかぁ。友達といえばゲームとかで遊べたら楽しいけど、この世界でゲームと言ってもなぁ。めんことかおはじきになっちゃうしな……。


「そういえば」


 ユウヅツは話を変えた。


「庶民の暮らしをご覧になられるのでしたね。うちは、かなり庶民と近い生活をしていますよ」


 とはいえ腐っても華族。かなり上澄みではあるだろうが。なんせユウヅツは個人の私室を持っている。


 ユウヅツは室内を見渡すように手を広げた。


「狭くて驚いたでしょ?」

「……あの、誤解してるかもしれないが、わたくしは、けしてバカにしに来たわけじゃなくて……」


 ユウヅツの言葉に思うところがあったらしく、ウハクは弁解を始めた。


「ただ興味があって……、それが、バカにしてると言われるかもしれないが……」

「いいえ、わかっております。未来の皇帝たるもの、民衆の一般的な暮らしも知っておかねば。興味があるのはすばらしいです」

「…………」


 ウハクはふにゃと眉を下げた。


「……トカクお兄様なら、本当にそれくらい大層なことを考えて行動したかもしれないが……」

「…………?」


 突然『トカク皇子』の名前を出されて、ユウヅツは内心で首をかしげた。


 ウハクは。


「わたくしは興味本位だ……。ただおまえが、どんなとこに住んでいるのかなと思って、見てみたくなっただけなんだ……」


 押しかけてごめんなさい、とウハクは肩を落とした。


 ユウヅツは。


「わかります! 見てみたいですよね、友達の部屋とか有名人の部屋とか!」


 と同意した。


「部屋って人柄があらわれますからね。仲良くなったら一度はお呼ばれしたいですよね」

「…………」


 ウハクは毒気を抜かれたような顔をした。

 ユウヅツは。


「あっ、でもちゃんとした華族階級の方だと、家に人呼ぶのにも格式が必要で、あんまりできないんですかね?」

「まあ……、そうだな」

「あ! 俺の部屋、見ますか?」

「ぅえ」

「二階です」


 ウハクに興味を持ってもらえたことがうれしく、ユウヅツは気を利かせた。


「領地からほとんど何も持ち出せなかったので、置くもの無くて、すごい閑散としてるんですよ。まあ領地でも俺は、私物ってぜんぜん持ってなかったんですけど」

「わたくしが入ってもいいのか?」

「参考になるかと思います」


 ユウヅツは立ち上がり、ウハクを階段へと案内する。

 えーと。と階段前でユウヅツがまごついた。


「……レディーファーストで。階段から落ちると、危ないんで」

「ありがとう」


 ウハクは颯爽と階段に踏み出し、二歩目で「ひえっ!?」と中腰で立ち止まって壁に手をついた。


「なん……一段が高くないか、この階段!? 床ななめじゃないか? 踏む板が小さいしっ……」

「面積が狭いんでね。こんな急勾配の階段を作るしかなかったんでしょうね」

「これ本当に人が通っていい階段か?」

「近い未来に規制されるでしょうね」 


 ユウヅツとしても、前世なら確実に建築基準法に反するであろう階段に対しては思うところがあった。もう慣れたが。


「す、すまないっ……。わたくしは、また失礼なことを……」

「お気になさらず。俺が後ろにいるので、もしバランスを崩されたらお支えしますよ」


 ユウヅツとしては、家が狭いことの指摘が失礼になると理解なさっている時点で、皇太女殿下は庶民の味方だし金や土地の価値を理解していると思う。理解のない華族は、「もっと家の面積を広く取っておけばよかったのに」と他意なく言う。


 ウハクはおっかなびっくり階段を登りきった。


 ようやく平らな地面に足をつけて、こわごわとユウヅツを振り返る。


「……人が来たら鳴るやつがずっと鳴っていたけど、わたくしは本当にここに上がってよかったのか?」

「? ……ああ、これは床が軋んでいるだけです。古い家だと建材が悪くなって、体重をかけると音が鳴ったりするんですよ」

「……ごめん……」


 ウハクはくしゃっと自分の髪をかいた。己の失言の連続でウハクは摩耗していた。


「俺の部屋はここです」


 ユウヅツは襖を開ける。

 四畳半は、荷物が無さすぎるので広々としている。ウハクの目には犬小屋も同然だろうが。


「この向こうは何の部屋だ?」

「この襖は押し入れで、布団を入れるところです」

「……ユウヅツの部屋は、ここからここまでで全部か?」

「そうです」

「なるほど……」


 やはり犬小屋の狭さに見えるらしい。


「でも落ち着く。良いところだな」

「ありがとうございます」


 ユウヅツは押し入れから座布団を引っ張り出した。

 ウハクが向かいに座る。膝の上にスケッチブックが乗った。肌身離さず持っている。


 ユウヅツは持ってきたリンゴの皿を畳に置いた。

 切り分けたリンゴの一切れに、さっそくウハクが手を伸ばす。


「……そういえば皇太女殿下は、絵を描く人でいらっしゃるんですか?」

「か」


 ウハクはじわっと赤面した。

 ごまかすようにリンゴを口に入れて咀嚼する。


 ごくん。


「……描く人というほどは、描かない……。たまにラクガキするだけだ」

「そうですか……」


 すごく描く人のセリフだな、とユウヅツは思う。前世の経験から分かる。


(メインヒロイン『ウハク・ムツラボシ』の趣味……ファンブックの設定だと、詩と花とかだったと思ってたけど……絵だったっけ……?)


 夕也のタイムラインに流れていた二次創作を思い出したら芋づる式で分かるかも……。

 ユウヅツは回想しかけたが、目の前にいるウハクと話すのが先だと思い直した。


「皇太女殿下。スケッチブックにはどんなものを描いてるんですか?」

「いろいろ……。植物とか建物とか……。ちゃんと見て描いたやつも、適当に描いたやつもゴチャゴチャ」

「見たいです」

「いや、見せるほどのものではないから……」

「……じゃあもっと仲良くなったら見せてくださいね!」

「ん……」


 ウハクはゆるゆるとうなずいた。


 お友達になったら見せてもらえるのかな〜。ユウヅツは楽しみだった。解放条件は何だろう?


 ウハクは。


「……ユウヅツは、なんというか喋りやすいな……」

「え! 本当ですか。うれしいです」


 ウハクはうっすら微笑み返す。


「おまえ、あまりわたくしの顔を気にしていないだろう」

「……お顔ですか?」

「わたくしの顔は目立つらしく、よくアレコレ言われるが」


 ウハクは自分の頬に触った。


「わたくしは、あまり自分の顔が好きではないから」

「……そうなんですか?」

「おにいさまと同じ顔だから、……余計に不出来が目立つんだ」


 そのウハクのセリフを聞いて、ユウヅツはピンと来た。


 ——本編で見た!


 ゲームにおいてウハクと仲を深めるうちに、ウハクから、実兄に対する劣等感を打ち明けられる。そういうイベントがあった。

 まんまこれだ。


 ……これをおとなしく聞くのはまずい。ユウヅツは焦った。


 何故ならゲームのシナリオをなぞれば、恋愛ルートをなぞることになる。

 つまり——こんな自惚れみたいなこと言いたくないが——この吐露を傾聴することで、ウハクから『そういう意味』の好意を持たれてしまうもしれない。


 するとユウヅツはトカク皇子に斬り捨てられて死亡。バッドエンドだ。


 まずい。中断させないと。

 ユウヅツがひさしぶりに脳みそを回転させた。


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