〇四九 ユヅリハ男爵へのねぎらい

 


 皇子は怖い人なのかというリゥリゥの問いに対して。


「うーん……。怖い人っていうか……きちんと皇族をやっておられる方よね。ウハク様は、わりと格式やしきたりを気にしない方だったんだけど……。それを補うように、というか……」

「皇子、我の言葉遣い許してくれたし、あんまし上下関係のこと気にしないヤツとばかり」

「リゥリゥちゃんは庶民の出で、敬語が使えないことも周知されてるからね。敬語を学んでいて当然の華族が同じように声をかけたら、怒られるじゃ済まないでしょうね」

「……あいつ、ユウヅツと上下関係あるから友達じゃない言うてたある。しかし、皇子の身分で上下関係ないことあるか? あいつ友達いないのか?」

「……皇族とはそういうもの、というのが皇子の在り方でいらっしゃるのだと思うわ」

「めっちゃ怖かったある……」

「そう言うけど、皇子殿下から直々に忠告をたまわるなんて名誉なことよ? 今後を期待されている証拠でもあるし……」


「というか、こんな話はやめましょう。誰が聞いているか分からないわ」と女は話題を打ち切った。


 め、名誉? 十五歳の子どもに説教されることが?


 と市井の出であるリゥリゥは思ってしまう。

 宮廷のこういうところに、リゥリゥのはいまだに慣れなかった。






 考えた末に。

 トカクは、ユウヅツの父親を自分の応接室へ招くことにした。


 表向きは「はるばるご足労いただいたユヅリハ男爵へのねぎらい」のため。……実際は、ユウヅツの説得の進捗を見つつ、場合によってはトカクから口出しするためだ。


(そもそも、ユヅリハ男爵の目的がなんなのか、イマイチまだよく分かっていないんだよな。どうしてユウヅツの留学を阻止したいのか……)


 何か領地で問題があったのかもしれない。たとえば、不幸な事故による人手不足だ。猫の手も借りたい状況で、ユウヅツを呼び戻そうとしているとか。

 それならトカクが取り計らえる。人を派遣してやればいいだけだ。


 もちろんユウヅツにそのあたりを聞けと言っていたのだが、ユヅリハ男爵は親子の情に訴えようとするばかりでロクに真面目な話ができないという。

 それでも、うやむやにせず真剣に聞き出し続ければ相手だっていつまでもふざけることはできないはずだし、たぶんユウヅツが適当なところでほだされているものとトカクは思う。バカだよ……。


「……なんにせよ、それでもボクにはユウヅツの知識が必要だ。だから、ユウヅツにボクが必要かはどうでもいい」


 呼び出した時間のちょうどに、ユヅリハ男爵の来訪が告げられた。


「通せ」


 ユヅリハ男爵が室内に入ってきた。


 トカクは、あらためてユウヅツの父親を値踏みする。

 彼の領地で農業が盛んなのが関係するのか、かなり恰幅のよい男だ。顔立ちはユウヅツとはあまり似ていない。あいつは母親似なのかもしれなかった。


「皇子殿下。お招きいただき恐悦至極にございます」


 臣下の礼、挨拶が滞りなく終わる。トカクは着席を勧めた。


 田舎の男爵家といえど一応は領主らしく、ユウヅツより慣れたようすで礼儀にも隙がない。


「ユヅリハ卿。今日は肩の力を抜いてくれ。貴殿と胸を割って話せればと思う」

「ありがたく存じます」


 そうして、皇子と男爵の腹の探り合いが始まったのだった。


 ……しばらくトカクは、ユヅリハ領の話を聞いたりするのに時間を使った。


「なるほど、ユヅリハ卿の手腕は確かなようだ。藩主ゆづりは家を華族として認めたウチの先代は見る目があったと分かって何よりだ」

「もったいなきお言葉にございます」

「しかし、分からんな……」

「何がでございましょう?」

「話を聞く限り、領地の運営は滞りなく、そちらの人手は足りているように思う。なのに、どうしてユウヅツが領地に戻る必要があるのだろう?」


 息子の出仕を強要したと言われないよう、トカクは心底「ふと疑問に思っただけ」みたいな声を出した。


「若輩ゆえ、ボクが気づいていないことがあるのだろう。教えてもらえないか? ボクは、大陸留学こそがユウヅツのため、ひいては男爵家そして領地のためになると思っていたのだが……」


 リゥリゥの前では真っ向から否定した「ユウヅツのため」論法を、トカクは惜しみなく全面に押し出す。

 そして本題を切り出した。


「ユウヅツを領地へ帰すことで、貴殿にどのような利益があるのだろう?」

「…………」


 ユヅリハ男爵は「ふむ……」としばし考えるそぶりをして。


「僭越ながら皇子殿下。親の心とは子には分からないものにございます。こういうことは、利益のみで考えられるものではありません。私めは、ユウヅツのことが本当に心配なのです」

「…………」


 続けろ?とトカクはうなずく。


「皇太女殿下の側近となり、連盟学院の準生徒として迎え入れられるのは、身に余る光栄であると存じます。……しかし、言葉通り息子の身には余るのです。ユウヅツに務まると思えません」

「!」


 思っていたより真っ当な指摘で、トカクは少しだけ眉を上げた。

 たしかにゲームの知識という飛び道具がなければ、ユウヅツが側近に選ばれることはありえないのだ。そういう意味で、務まらない、というのは正しい。


「……なるほど?」


 ユヅリハ男爵は続ける。


「……帝立学園の入学前、ユウヅツには家庭教師を付けていましたが、親の欲目を持ってしても、優秀とは言い難いものでした。……ひょっとするとこの三年で成長し、学園ではそこそこの成績をおさめていたのかもしれませんが……」


 ユヅリハ男爵はここで一度区切り。


「そうだとしても、殿下方に取り上げていただくほどの才とは思えません。外国という見知らぬ土地に行けば、必ずボロが出るでしょう。それでは国のためになるどころか、足を引っ張る始末……。私めは、ユウヅツに恥をかかせたくありません」

「……なるほど?」


 トカクはうなずくしかなかったので、うなずいた。

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