〇四八 意志薄弱で
翌日、トカクはユウヅツを執務室へ呼び出した。報告をさせるためだ。
「ユウヅツ、昨夜はあの後どうなった?」
「はい。父と一緒に夕食を取り、解散しました。皇太女殿下の側近として留学を許されたことや、皇子殿下と親交を結んでいることを、よく頑張ったのだなと褒められました」
「……そうだが、そうじゃなくて、留学の許可は取れたか?」
「……取れていません」
「話はしたか?」
「……すこしは」
嘘ではないが後ろめたいらしく、、ユウヅツは目をそらした。
「……俺はどうしても留学に行きたいので許可してほしいと伝えたのですが、危険だとか心配だとか断ってもいいはずだとか、……止められました」
「へえ! 危険とは! 代理に次男坊を差し出そうとしておいて?」
大仰な身振りでおどろいてみせると、ユウヅツは苦虫を噛んだような顔でトカクを見つめた。その視線の中に恨みがましげな色があって、トカクは言い過ぎたかと咳払いする。
「……ユウヅツ、この際はっきり言っておくが、おまえの父親が善人か悪人か、おまえを愛しているかいないかは、ボクはどうでもいいんだよ」
「…………」
「だがおまえ、このままじゃ父親の言いなりに田舎に帰りかねないだろ。それは困る。突っぱねてこい」
「…………」
「どうして今更おまえが領地に戻らなければいけないのか、よく考えて父親に確かめろ。もしも領地へ戻ったら、その後の暮らしがどうなるかもな。……下がれ」
ユウヅツは一礼して部屋を後にした。
「…………」
トカクは頭を抱える。
ユウヅツは孤独に付け込まれて使い物にならなくなっている。
トカクが癒しを求めてウハクの居室へと足を運ぶと、たまたまリゥリゥがウハクの容態を見ているところだった。
リゥリゥはトカクの来訪を認めると、おぼえたばかりの臣下の礼を取ってみせる。
「これはこれは皇子殿下、ようこそいらっしゃいました」
「……リゥリゥか、ちょうどよかった。何か、頭痛に効くものをもらいたい」
「わかたある」
リゥリゥは棚の上に置いてあった急須を傾けて緑茶を注いだ。なんの変哲もないただの緑茶だ。
「まだあったかいある。飲むよろし」
「……薬は」
「健康な子どもがなんでもかんでもクスリに頼るもんじゃないね。最近は呑み過ぎある、二日連続で呑んだはずよ。薬の出入の記録は取ってるある」
「…………」
「頭痛の原因の方をどうにかするよろし」
ひとまず腰掛け、緑茶を飲んでトカクは人心地つく。
「なんか知らんが大変らしいあるね。ユウヅツが留学隊から外れるかもしれないと聞いたある」
「外れない。留学には絶対に連れていく」
「でも強制はできない違うか?」
「……ユヅリハ男爵を身分差によって黙らせて強制的に息子を強奪した、ということになるのはマズイ。人道的でないと思われる」
そして、ユウヅツが「俺は力でムリヤリ従わされている」という意識を持つのも困る。万能解毒薬を手に入れるには、ユウヅツに積極的な協力体勢を取ってもらうのが望ましい。
「……そう、ウハク。……ウハクの容態はどうだ」
「変わりなく、ただ寝ているだけね。……筋肉はだいぶ落ちてきてしまたあるな。でも、安定はしているある」
「そうか」
トカクはウハクの寝台の方へ身体を向ける。
「ウハク。あれは意思薄弱でとんでもないファザコンのクソ野郎だ。やはり、おまえが目をかけてやるほどの男じゃなかった」
「言うあるね〜」
のほほんとリゥリゥは笑う。
「だけど我、ユウヅツの気持ち分かるある。家族とは大事なものある。仲良くした方がいいね」
「仲良くしようがないこともあるだろ」
脳裏に兄のバカクがよぎるが、トカクはすぐさま打ち消した。
「それに、アイツを田舎に連れ帰られたら、困る」
「……よく分からんが、ユウヅツが実家と和解できるなら、よかったと違うあるか? 留学終わった帰国後、身寄りもなく帝都をさまようより、故郷に帰る場所があった方がよい思うある」
「まあな……」
「たしかに両立は難しいかもしれんが、家族仲を修復すること、優先順位すべてにおいて勝るある。大陸に渡てしまたら、もう会うの難しくなてしまう。今が最後のチャンス思えば、時間やるべき思うね」
「…………」
「大事なのは、ユウヅツに何が必要かある。皇子も、友達なら応援するね」
そのセリフに、トカクのこめかみに青筋が立った。
「友達じゃねえよ……」
「? 皇子とユウヅツのことある」
「友達じゃあねえよ……」
トカクの否定に、リゥリゥはきょとんと目をまたたかせた。
「ふたり、仲良いと思ってたある。最初に会った時、コンビだたから。実は嫌ってたあるか?」
「仲良い悪いとか、好き嫌いとか、そういう問題じゃないんだよ」
あれとボクの間には上下関係がある、とトカクは端的に説明した。
「……なんにせよ、ボクはボクの都合のいいように取り計らう。絶対にウハクを目覚めさせるんだから」
「……お兄ちゃんが妹思いで良かったあるね〜」
「おいリゥリゥ、おまえも少しは上下を気をしろ。その御手はこの国の皇太女殿下のものにあらせらる」
うりうりとウハクの腕を揺すっていたリゥリゥをたしなめた。屈託がなくて素晴らしいが、線引きは必要だ。
「ボクの前では控えるように」
「……失礼いたしました、皇子殿下」
うやうやしくリゥリゥが拝命した。
「リゥリゥ、もののついでに言っておく。おまえも宮仕えをする以上は、近臣の心得を知っておけ。いいか、ユウヅツは末席ながら華族の端くれだ。であれば大事なのは、ユウヅツが皇室に何を捧げられるかだ。皇室が、ユウヅツに、何をしてやれるかじゃねえ」
「…………」
「ユウヅツはこの国に貢献しなければならないし、ボクはさせなければいけない。それを
おぼえておくように。
トカクが去った後の部屋で、リゥリゥは誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
「……皇子って、もしかして怖い人ある?」
「今さら!?」
と、ウハクの看護をしている女がおどろいて振り返った。
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