〇四五 意気地なし
ユウヅツは城の外に出ていた。
まず、外の空気を吸いたかったのだ。
だが城の中は人が多く、しかも官服を着ていないユウヅツは来訪者扱いなので注目を集める。だから、誰もユウヅツを気に留めないであろう帝都の街にやってきた。
だからといって街歩きをする気にもならず、ユウヅツは用水路の脇に腰かけてぼんやりたそがれていた。
(……俺を勘当するというのは、俺の勘違いで、領主様にそんな気はなかった……?)
そんなわけあるかよ。
ユウヅツは地面を殴った。土とはいえ痛い。
だが、痛みで怒りがまぎれるのだ。
あの手紙は領主様――ユウヅツの父親が直筆したものに違いなかったが、義母や異母兄達の思惑もたくさん乗っていたはずだ。どんなやり取りをしながら、あの文面を書いたのだろう。
義母と異母兄のユウヅツをバカにしきった振る舞い、そしてそれを止めもしない父親、その姿をありありと思い浮かべることができて、ユウヅツはまた苛立った。
自分で自分の神経を逆撫でしてどうする、と思ったりもしたのだが、ユウヅツは自分の意識が実家へと引き寄せられるのを止められなかった。
(……『夕也』の前世の記憶を得て、この世界の家族への執着はなくなったと思っていたのに)
あいつらが敵だと本当は分かっているのに。領地へ戻ったって良いことないと分かっているのに。……縁を切ったって問題ないと分かっているのに。
まだ俺は、あきらめきれないのか?
ユウヅツは自分の膝に顔を埋めた。
その背後に、近付いてくる影があるのに、ユウヅツは気づかなった。
「長げーよ!」
「!?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに立っていたのはやはりトカクだった。ちゃんと髪を黒く染めている。
「で、殿っ……でなくて……。若様」
「朝に出て行って、もう夕方だぞ。たそがれ過ぎだ」
はっとして上を見ると、たしかに空が茜色になっていた。いつの間に!?とユウヅツはおどろく。
「おまえ、いくらなんでも遅い。ボクなりに気を遣って放っておいてやっていたが、もう五日だぞ。いつになったら縁切りを決断するんだよ、待ちくたびれた」
「も、もう五日って……。十二年も家族だった人達と縁を切るのに、たった五日で心の整理がつくわけないでしょう!?」
「じゃあ十二年かかるのかよ。一月後には船が出るんだぞ」
ごもっともな意見にユウヅツは閉口した。十二年かけるわけにはいかない。
だけど、まだ決心がつかないのだ。
ユウヅツのようすを見て、トカクは眉間にしわを寄せる。
そして悲しそうにうつむいた。
「おまえ、…………」
ぐっと言葉を溜める。トカクは、ユウヅツの無意識が聴覚に集中した瞬間の、完璧な間合いで言葉を発した。
「……ボクがウハクを助けるために、大陸に渡るのに、力添えしてくれるって言っていたのに……」
「…………」
「約束をやぶるんだ……」
トカクが哀れっぽく言うので、一瞬ユウヅツは焦って取りなそうとしかけたが、直後これは泣き落としだと気が付いた。
トカクが最近、留学に際する使用人の配置転換にあたり、この顔で「急なことですまないが……」「今更で悪いんだが……」と無理を通してきたのを、ユウヅツは隣で見てきたのだ。
「卑怯ですよ!」
「…………」
ちっ。と舌打ちをして、トカクは腕を組んでふんぞり返った。
「おまえ、自分では身内を切り捨てることができないんだろ。意気地なしめが。……もういい。ボクがやる。おまえは今からボクに恫喝され、泣く泣く親との縁を切らされるんだ」
「えっ」
「来い。イヤがるおまえをブン殴りながら手続きさせてやるから」
乱暴に腕をつかんで引っ張られた。立たされて、数歩ユウヅツはたたらを踏む。
しかし、すぐに我に返って手を振り払った。が、トカクの腕力が思いのほか強くて、ほどけない。
「お、おやめください!」
「人前じゃ恥ずかしいだろうし殴るのは誰も見ていない場所でにしてやろうと思っていたのに、無下にするのか。お望みとあらば……」
「親切みたいに言わないでください!」
トカクの腕を振りほどくのを諦めたユウヅツは、逆にトカクの空いている腕をつかんだ。
「はあ? 無礼者! 気安く……ッ」
「恐れ入ります失礼いたしますっ」
「言えばいいと思うなよ!」
わちゃわちゃやっていると、遠くでトカクの護衛達が行くべきか行かざるべきかを迷いはじめた。
それを察して、トカクとユウヅツはどちらともなく距離を取る。
間。
「……俺が言いたいのは……、あなた様が悪役をなさることはないということです。御手を汚していただく必要はございません」
「…………」
トカクは黙る。
「うぬぼれるなよ。何故ボクがおまえのためにそんなことをすると?」
「俺のためでなく、妹のために汚れ役をするんでしょう……」
こいつ、分からなくていいことを分かりやがる。
「おまえ、分からなくていいことを分かりやがる。面倒な男……」
「…………。俺が自分の家族を捨てる罪悪感を持たないよう、若様に強要されて仕方なくやったんだという建前を用意してやろうというお考えでしょう。……結構です」
「ほお~」
さらりと髪をかきあげて、トカクはユウヅツに問いかける。
「じゃあ、どうする。おまえ大陸に付いてこないつもりか」
「……そんなつもりはないです」
「じゃあ親と縁を切るんだな?」
「……考えているところです」
「うぎゃああああああーーーーっ」
トカクは頭をかきむしった。叫ぶ。
「遅すぎるっ! 何をそんなに考えることがあるんだよ、そんな矮小なオツムでよおおお」
「わいしょ……言っていいこと悪いことがありますよ!」
トカクは叫びきると顔を上げてユウヅツを指差した。
「気に食わないことがあるなら言ってみろ! 考慮してやる!」
「……では、相談したいことがあるんですが、よろしいでしょうか」
「なんだ、あるのか。よし、聞こうじゃないか」
トカクは、ユウヅツから意見を引き出せそうなことで、多少は落ち着きを取り戻した。五日に渡る膠着状態に焦っていたのだ。
トカクはユウヅツが先程まで座っていたように、用水路のふちに腰掛けて話を聞く姿勢をとる。
ユウヅツも元の位置に戻った。
用水路をながめながら、ユウヅツは口をひらく。
「……他に相談相手がいないので、あなたに喋るんですけど……」
そう、ユウヅツには適切な相談相手がいない。彼に前世の記憶があることはトカクしか知らないし、そもそも今のユウヅツは友達も家族もいないのだった。
「……俺自身は、そんなにユヅリハ領の人達に執着していないんです。でも……」
「でも?」
「『ユウヅツ』は、父親やその家族と仲良くしたかったんです……」
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