第四章 決別、決着、決意
〇四四 実家からの手紙
今日の皇子殿下はいったいどうしたのだ。ユウヅツはしばし絶句する。
気持ち悪い。まるで彼が彼の妹でも相手するみたいな声色だ。
「殿下、いったいどうされたんですか」
「なんだ、ボクがおまえを褒めるのがそんなにめずらしいか?」
「めずらしいです。……なんか、俺に不都合なことを言う予定でもおありですか?」
「…………」
実際そうだった。
「たまに褒めてもらったと思ったらこれですよ」
「べつに思ってもいないことを言ったわけじゃないよ」
ほれ、とトカクはユウヅツに手紙を渡す。
「? ……俺の実家から?」
「先日おまえに説明したろ。おまえを外国に連れていき連盟学院の準生徒として入学させるのに、保護者の許可がいるから、皇室から連絡しておくって」
「ああ、言ってましたね」
「その返事がそれだ」
ユウヅツは手紙の中をあらためた。
その内容は……。
ユウヅツにとって信じられないものだった。
「……ゆ、ユウヅツは卒業後、長男の補佐をする約束だった? だから留学に出すことはできない? 代わりに次男をよこすから大陸に連れていけ? 次男の方が優秀で役に立つので、皇太女殿下の付き人にふさわしい?」
「どう思う?」
「卒業後に家の補佐をするなんて約束してないです!!」
「……おまえのゲームの知識が使えるから連れていくのに、次男なんか代わりに連れて行ったってしょうがないんだよ」
ユウヅツは卒業後は放逐され、年齢が成人したら籍を抜くので二度と田舎には帰ってくるなと言われていた。つまるところ勘当だ。
それはトカクも聞かされたので知っている。
だからこそ、衣食住を宮廷で面倒を見てやっていたのだ。在学中にユウヅツが住んでいた寄宿舎は退去期限が迫っていたし、父親から預かっていた使用人は、ユウヅツが卒業したその日、役目を果たしたとばかりにユヅリハ領へ帰っていたので。
「皇太女殿下の側近も、大陸留学への同行も、たいへん名誉なことだからな。おまえは実家であまり大事にされていなかったらしいし……。そんなおまえよりも、可愛がっている次男に機会をくれてやりたいと思ったんだろう。……兄弟から代理を出すというのは、よくある話ではある」
「あ、あのひと達……どこまで俺をコケにすれば気が済むんですか!?」
めずらしく声を荒げるユウヅツに、トカクはすこし驚いていた。コイツも怒ったりするのか、という感想だ。てっきり泣くか笑うかしかしないものかと。
という考えつつ、トカクは話を続けた。
「で、ユヅリハ家に対して「ユウヅツを連れて行く。代わりはいらない。次男の出仕は必要ない。そもそもユウヅツは勘当される予定のはずだろ?」と返事を出していた。まず、これをおまえに話を通さず勝手にやったことを謝る。すまなかった」
「……あ、そういうことですか。いえ、それはまったくかまいません。当然のことだと思います」
「しかし、また返事が来た」
トカクは二通目の手紙を取り出して、それを広げる。
「――ユウヅツを勘当するというのは何かの間違いだ、ユウヅツが勝手に勘違いしたに違いない。だから帰ってこい……。……とのことだ」
トカクは二通目の手紙をユウヅツに手渡そうとした。が、ユウヅツはそれを受け取らなかった。
「…………」
トカクは話を続ける。
「次男が代理に出られないとしても、ユウヅツだけは返してもらうと書いてある。留学の許可も出せないと。皇室と言えど、華族家の家政についてまで強要する権利はないはずだと、ご丁寧にも憲法の一節を抜き出してきた」
「……は?」
怒りで昇っていた血の気がざあっと引く、それほどの衝撃をユウヅツは受けたらしい、トカクの目の前で真っ白になってぼうぜんと立ち尽くした。
「どう思う?」
「…………」
「…………」
黙ってしまったユウヅツに、トカクも合わせて黙った。
「人の足を引っ張りたくてたまらないのか?」「チッ、うるせえな、知らねーよ」だとか、トカクが思うことはいっぱいあったが、ユウヅツより先にそれを口にするのは憚られたのだ。一応は血のつながった身内のことだし。
しばらくトカクはユウヅツの二の句を待ったが、……ユウヅツは言葉もないようだったので、トカクから先に沈黙を打ち切った。
「……ユウヅツ、それで……どうする?というのが、今日の本題だ」
「え、あ?」
「言われた通り、保護者からおまえの身柄をムリヤリに奪うことはできない。自国の憲法すら守らない暴君になれば、それこそ国際社会の敵だからな。だから、おまえに決めてほしい」
「…………?」
「ユウヅツ。適当な華族家から名前を貸してもらうから、そこの養子にならないか? そっちが保護者ということにすれば、ユヅリハ男爵から許可を得る必要がなくなるので、問題なくおまえを留学へ連れていける」
トカクは言った。
「頼む、ユウヅツ。ユヅリハ家との縁を切ってくれ」
「…………」
トカクは、ユウヅツは快諾してくれると思っていた。
一応は重大な頼みごとをするわけだし、事前にユウヅツの仕事を褒めたりして空気を良くしてから話を切り出したが。それがなくとも、元から成人後に縁は切られる予定だったのだし、それが早まる程度は些細なことだろうと。
何より他人のトカクから見ても、ユヅリハ家の人間達のユウヅツに対する扱いは酷いものだったし。
だから……。
「……考えさせてください」
考える時間が必要だとすら、トカクは思っていなかった。
ボクは他人の心が分からないのかもしれないと、トカクは思考の隅で思った。
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