〇四一 ありえないね

 


「ありえないねありえないね! 女装して女子生徒として入学!? ありえないね。おまえ女の敵ある!」

「なんでだよ。女湯に入るわけじゃない。ただ学校に通うだけだぞ。共学で、女学校でもないし」

「それはおまえが判断することじゃないね!」


(リゥリゥさん、皇子殿下に物申しててスゴ〜……)


 ユウヅツは感心した。

 今のところ、そのあたりを突っ込んでくれたのは皇帝陛下だけだった。


「だいたい何故そんなことする必要ある!? 普通に皇太女殿下が行けばいい話ある! 身代わり立てる意味ないね!」


 そう、リゥリゥにとって『ウハク』はさっき会ったばかりのお姫様だ。寝ているなんて思いもよらない。

 トカクはそのあたりの説明をすっ飛ばし、大陸留学に付いてきてほしい旨から伝え始めていた。


 トカクはその問いに、「ああ、言い忘れていた」とわざとらしく答えて。


「それについても説明する。付いてこい」


 と立ち上がった。




 皇女宮へ向かう。

 歩みを進めるたびに豪奢になっていく景観に、リゥリゥは口をポカンとひらきキョロキョロしながら足を動かしていた。


「ここから先が皇女宮だ」

「こ、こんなところまで入っていいあるか?」

「他ならぬ皇子殿下の許可がありますからね」


 と言いながらユウヅツも途中まで付いていくが、ユウヅツには入場許可が下りていない。皇女宮は男子禁制の場だ。皇族以外の男だと、侍女の監視がある侍医のみが入れる。


 そんな皇女宮の門前で、トカクは「ユウヅツはここで待っていろ」と制した。


 それにリゥリゥは「えっ?」と不思議がる。


「我だけ? ユウヅツは来ないあるか?」

「……ウハクは、コイツには見られたくないだろうから」

「…………」


 ユウヅツは、自分がそこに入れない理由を「男子禁制だから」で納得していて、それ以上を考えたことがなかった。

 トカクが妹に、そんな配慮をしていたとは。


 誰だって寝たきりでやつれた姿は見せたくないだろう。特に……。


(好きな人には……)


 と自分で思って、ユウヅツはいたたまれなくなった。


 ユウヅツにとって、ウハク皇太女殿下のことは嫌いではなかったが好きでもなかった。

 なんというか、バッドエンドを避けなければという気持ちでいっぱいで、そんなことを考える余裕がなかったのだ。皇太女殿下に対して恐れ多いというのも本当だ。


 ウハクの恋心は気の迷いのようなものだと、ユウヅツは思いたかった。そもそも好かれる理由がない。きっとシナリオの強制力のようなもので、言ってしまえば「すこし気になる」程度……距離と時間を置けば冷める……冷めてくれ……。


 だけど、こんなことになってしまっては。


(……彼女の目が覚めた時に、俺はどうしたらいいんだろう)


 と考え込みかけたが、まず目覚めさせてからだと思い直した。


 ユウヅツは皇女宮の門番の横で、トカクとリゥリゥが中へ入っていくのを見送った。




 皇女宮に入って、リゥリゥは目を輝かせた。白を基調とした豪華ながら清廉な建築、内装のかわいらしい意匠が彼女の心を打ったらしい。


「お姫様ってこんなとこに住んでるか〜」

「…………」


 ウハクの居室へ向かうにつれ、トカクの足取りは重たくなる。それには気づかず、リゥリゥは首が痛くなるほど高い天井から吊り下がるチューリップ型の照明や、壁にかけられた絵画と額縁なんかに気を取られていた。


「ここがウハクの居室だ」

「……えっ? 我が入ってよいあるか?」

「見て欲しいものがある」


 リゥリゥを室内に入れる。


 ウハクの居室では、侍医と看護師が常に待機してウハクを診ていた。彼らはトカクの来訪にサッと反応しようとする。


「よい、自分の仕事を続けてくれ」

「はっ。……皇子殿下、その者は?」

「こいつはリゥリゥ。本日付けで宮廷薬剤師になったから、今後も関わると思う。よろしくな」

「ご……ご紹介に預かりました。リゥリゥ・リンでございます。慣れないうちはご面倒をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」


 用意していた定型文であいさつしたリゥリゥに、侍医達は「ああ、よろしくね」「よろしくね」と声をかけた。


「さてリゥリゥ。こっちに来てくれ。ウハクがここで寝ている」

「?」


 居室の奥、寝室へとリゥリゥを呼ぶ。


「……皇太女殿下がいらっしゃるあるか?」

「見てもらった方が早い」


 トカクが扉をひらくと、その奥の寝台に寝転がらされている少女にリゥリゥは気が付いた。


 トカクとよく似た美貌の少女だ。ゆるく波打った絹糸の髪が敷布の上を飾っている。


「…………? 皇太女殿下……。……お休み中、なのでは……?」


 一歩踏み出して、リゥリゥは顔色を変えた。その皇太女殿下の身体中から伸びている管に気づいたからだ。

 リゥリゥがよくよく見れば、ウハクは不健康なほどやつれている。


「…………」


 リゥリゥはウハクの姿を頭から爪先まで観察する。


「……これ、……話には聞いたことがあるね。海外の医学書に載っていた……。のを、写したものを見せてもらったことがある。経管栄養……! ……この管はいったい何でできてるある?」


 薬師の視点が混じりつつ、リゥリゥはこの状況を理解しようと努める。これは。これは……。…………。


「…………。…………!」

 ばっとトカクを振り返ったリゥリゥに、トカクは「ご明察」とつぶやいた。


「ツムギイバラを呑んでお倒れになった貴人とは、ウハク皇太女殿下にあらせられる」

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