〇四〇 カドとトカク

 


 城まで歩きながら、リゥリゥは「我うまくやっていけるあるか?」と宮廷での仕事を心配していた。


「まあユウヅツさえやっていけてるなら、我でもやっていけるか」

「……参考にしてもらっているところ申し訳ないのですが、俺は宮仕えでもなんでもない、ただ城に泊めてもらっているだけの男なんです」

「!?」


 リゥリゥが目を見開く。


「どういうことある?」

「……本当に、どういうことなんでしょうか。食客、みたいな立場に落ち着いております」

「…………? おまえが華族であることは間違いないか?」

「男爵家の三男です。……成人後は籍を外される予定ですが」


 なお、この国の成人は二十歳である。十年ほど前に定められた、割と新しい価値観だ。それ以前は男は十五くらい、女は十四くらいが成人だった。


「春からの皇太女殿下の留学に、使用人として付いていくことにはなっているのですが……。宮廷内では、これと言った立場がないのです」

「…………。ははーん」


 なるほどね。とリゥリゥはひらめく。


「おまえ、男娼か。皇太女殿下の愛人ね?」

「リゥリゥさん、発言には気をつけた方がいいですよ。聞かれたら不敬では済みません。そして、違います」


 ヤバ!とリゥリゥは口をふさいで周辺をキョロキョロ見回した。


「い、今のは他言無用を願うある」

「はい。俺の立場についての詳しいことは、城についたら皇……でなく。……カド様から説明されると思います」

「カド。そういや今日はなんで来なかったある? アイツ、おまえより偉い人よね?」

「そうです」


 城に着いたら『カド』が皇子殿下ということは伝えなくてはいけないだろう。結局は騙し打ちみたいになってしまうなぁとユウヅツは憂いる。


 そうして城にたどり着いた。




 まず、リゥリゥが使うことになる研究室に案内した。手入れの行き届き充実した設備達に、リゥリゥは目を輝かせる。


「これは良いあるね! こんな広々と使えるとは! さすが国費! 金、あるとこにはあるものある!」

「ようこそ、リゥリゥ嬢」

「! この声はカド……」


 と入口を振り返ったリゥリゥは、次の瞬間に膝を折った。

 皇室の象徴たる白髪が視界に入ったからだ。


「顔を上げろ」


 おずおずとリゥリゥは顔を上げる。


 リゥリゥは、目の前にいるのが誰か必死に推理している表情だ。……第一皇子か第二皇子か、それとも皇族の血を引く公爵家の子息か……。

 いずれにせよ、リゥリゥが平伏すべき身分の者達である。


 ちなみに、元第一皇子であるバカクの処遇についてはおおやけになっていない。


「リゥリゥ・リン。よくぞ参られた。ツムギイバラの解毒剤を作らせるべく、おまえを城に招いたのはこのボクだ。よろしく頼む」

「はっ! このリゥリゥ、薬事に一生を捧げる覚悟でございます」

「そうか。…………」


 トカクはユウヅツを見やった。心得たと、ユウヅツはトカクの紹介をはじめる。


「リゥリゥさん。この方はトカク皇子殿下にございます。この国の第一皇子であらせられるお方です」

「…………、…………?」


 第一皇子、というのにリゥリゥは内心で首を傾げた、ようだった。目に怪訝そうな色が浮かぶ。

 トカクといえば第二皇子のはずだ。ウハクトカクが双子の二子、でおぼえたから間違いない。


 すかさずトカクが説明を差し込む。


「先日、兄のバカクが皇籍から離脱した。なので今はボクが第一皇子、ということになる」

「! 左様ある、ですか」


 皇位を継がない皇族がいずれ臣籍に入るのは当然のことなので、そういうものと納得されたらしい。それでよい。


「さて、リゥリゥ」


 トカクはリゥリゥを立たせると、距離を縮めた。ちょうど薬屋のカウンターを挟んだくらいの距離感に。


「ボクの顔に見覚えがあるはずだ。よく見てほしい」

「へあっ!? お、皇子様が我のような下民にそんな……。お、お戯れを……」

「違う違う。そんなんじゃないから」


 何を想像したのやら赤面してあわてだしたリゥリゥを取りなし、トカクはどうにか顔を合わせる。


 『皇子様』にドギマギしているリゥリゥが、ユウヅツはかわいそうになってきた。

 普通に「カドはボクで、実は皇子でした」と口にしてやればいいのに。わざわざ相手に悟らせようとするなんて、意地が悪いんじゃないか。


(このひと、ちょっと前から思ってたけど性格が劇場型だよな……)


 卒業パーティーのフラッシュモブとか、特に顕著だった。


(もしかして高貴な方々っていうのは、まどろっこしくて遠回りな婉曲表現しか使わせてもらえないから、こういう性格になっていくのか?)


 などとユウヅツが考えているうちに、リゥリゥも落ち着いてきたらしい。ちゃんとトカクの顔を見る余裕が出てきた。


 そして。


「……えっ?」


 はっ、と息を呑む。


「……カド、……と、同じ顔?」

「お! 正解〜」


 あっけらかんとトカクは両手を振った。


「〜〜〜〜!? カド、おまえ……」


 リゥリゥは「おまえ、皇子のフリして我をおどかし……」と言いかけて、それから何かに思い当たり「んっ?」と口を閉じる。


「……逆、あるか? カドが皇子のふりしてるじゃなくて、……皇子が……平民のふり、を……」

「察しがいい。さすがだ。騙すつもりじゃなかったんだが」

「は!? じゃあどういうつも……いえ、あの……。……皇子殿下に、たいへんな失礼を……」

「態度はそう変えなくてよい。言葉も。不得手なんだろ、敬語」


 トカクは研究室の椅子を引き出して座る。


「平民のふりをしていた方が、互いに気を使わなくていいだろ? 本来なら正体を明かすつもりはなかったし、それで終わる話だったんだが、……事情が変わってな」

「……事情?」


 リゥリゥは胡散げにする。


「ユウヅツが、言語をおぼえなおす薬なんて言い出した時、世迷いごとだと思ったんだよ。でも本当にあった。そんな薬を作れる人間に、解毒剤を作ってもらいたくなった」

「ああ。……そういう話だったあるね」

「リゥリゥ。今から喋ることは、おまえの家族にも他言無用だ。守れるか?」

「……きな臭い話になるあるね?」

「…………」

「宮廷薬剤師、そういうものと理解してる。どんと来いよろし」


 リゥリゥはどんと胸を叩いた。


 そして、トカクは語り出した。

 これまでのあらすじを。

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