〇三五 積年の恨み
「…………。困ったあるね。ツムギイバラなるもの、我らの知識にない。どんな毒か分からねば、薬、作りようない」
「ツムギイバラの種はここにある」
トカクは小瓶に入れた種子をリゥリゥの目の前に置いた。
リゥリゥは、ぎょっと目を見開いて小瓶を注視する。
それはまるで、「それが本当にツムギイバラか」確かめる視線だった。
「…………」
ややあって、リゥリゥは信じられないものを前にした顔でトカクを見上げた。
「……どうかしたか?」
「……お客さん、……いや、おまえ達……」
ハッとし、リゥリゥはカウンターの端に寄せていた風呂敷を手に取ると、広げてまじまじと見つめ始めた。
「……皇室の紋章は付いていないぜ」
「…………」
リゥリゥはトカクとユウヅツを交互に見やる。
それから、おずおず訊ねてきた。
「……おまえ達、皇室の回し者あるか?」
「えーと……」
ユウヅツが訂正しようとしたのを、トカクが止めた。
「回し者、ではない。宮廷の関係者ではあるが。ただ解毒剤を作ってほしいだけなんだ」
「……誰か――宮廷の重要人物が、ツムギイバラで謀殺されかけた……というところあるか?」
「…………」
トカクは考える。
「話が早いな。身の上を明かすのは、もうちょっと先にするつもりだったんだが……」
「…………」
「ご想像の通り、ボク達はツムギイバラによって倒れた尊き御方をお救いするために動いている」
ここまでバレた以上、無闇に隠し立てすると信用を失うと思って、トカクは情報を開示した。
「リゥリゥ嬢。あなたには宮廷薬剤師になってほしい。報酬はいくらでも払おう」
「…………」
「宮廷薬剤師として働くのは悪い話ではないはずだ。利益を度外視した研究開発にのめり込むことを許す。……何より、名誉なことだろう?」
「名誉、ね」
リゥリゥは警戒を持ってトカクから目をそらした。
そして。思いきり睨みつける。
「お断りある」
きっぱりと断られて、トカクは目をパチパチさせるしかなかった。
怒りとかおどろきの前に、咄嗟に理解が及ばなかったのだ。
「え? …………? 何故?」
「皇室なんかに仕えること、誰もが最大の誉れにしてる思うな。そう、おまえの上の人間に伝えるよろし」
トカクは表情を変えないまま、内心で唖然としていた。依頼者が『国家』と知った上で断られるなんて。
さらにトカクにとって信じられないことに、リゥリゥは二人に対してシッシッと子犬を追い払うような動作をした。
「皇室の回し者に売るもんはないね! 帰った帰った」
「待ってくれ。何がいけないか言ってほしい。条件によっては……」
「宮廷の関係者言うなら、皇族共に我ら一族に嫌われる心当たり聞けばよろし! 積年の恨み晴らさでおくべきか!」
「恨み……?」
皇族共に聞けと。その皇族の筆頭がトカクなのだが……心当たりがなかった。
リゥリゥはカウンターの内側から出てくると、ぐいぐいとトカクとユウヅツの身体を出口に向かって押す。
「恨みって、何かされたのか?」と聞いてみるが、答えは返ってこない。
「おととい来いある!」
トカクとユウヅツは薬屋を追い出されてしまった。ガチャリ、鍵までかけられてしまう。
「…………?」
仕方なく階段を降りていると、女給が「どうかしたの? ドタバタ聞こえたけど」と心配げに駆け寄ってきた。
「すまない、店主の気分を害してしまったようだ。また出直すことにする」
「あらあら、ごめんねぇ。あの子って子どもなの。これに懲りず、また来てね」
「失礼する」
トカクとユウヅツは近くに停めていた馬車に乗り込み、城への帰路へ着く。
がたがたと馬車に揺られながら、しばし放心していたトカクは「…………?」と首をひねった。
そして、「……意味が分からん」と。
「なあユウヅツ。皇室に仕えてボク達の役に立てる以上の誉れが、この世に存在するのか?」
「こ、高慢〜っ」
あまりの言いように、ユウヅツは絶句した。
そんなユウヅツに、トカクはむしろ不思議そうに問いかけた。
「何かおかしい?」
「……いや、あの……」
思わず漏れた呻きを取り沙汰され、ユウヅツは冷や汗をかく。
「なんというか……俺は華族の端くれですから、皇室の皆様に対しては恩義と忠誠がありますよ。何故なら、爵位とは皇室から与えられるものですから。男爵子息という己の身分を肯定するには、皇室も肯定する必要があるわけです。けど……」
「けど?」
「爵位のない、華族でもなんでもない一般庶民にとっては、政治で自分達を振り回すという点で、皇室――国家とは、仮想敵でもあるのですよ」
「…………」
理屈は分かるが……。
「……陛下は善き政治を心掛けていると思うが?」
「どこまでも上を求めるのが人間、そして民衆です」
「だとしても、あんなふうに追い出されるいわれはない!」
「分かりませんが……彼女自身、政治で何かしらの不利益を被ったことが、あるのではないでしょうか?」
分かりませんが……、とユウヅツは繰り返す。
ユウヅツにとっても不思議だった。
大瞬帝国は時代設定のわりに豊かなのだ。原作がファンタジーとかメルヘンを謳う作品だっただけあって、なんというか、物語に関係しないところには血生臭さがない。
ゲームでも現実でも、大瞬帝国の中に反乱分子みたいなものはないと思っていた。
「積年の恨み」なんて強い言葉を使っていたのも気にかかる。
「……ともあれ、断られてしまいましたが。どうしますか?」
「明日、もう一度店に行く。リゥリゥの腕は惜しい」
「交渉を続けるんですか」
「説得するうちに怒りも軟化するかもしれん。……一応、陛下達にも薬屋から恨まれる心当たりがないか聞いてみて……」
トカクは以降の予定を立て始めた。
ユウヅツは。
(……宮廷の関係者とは言ったけど、皇子様とは言っていないんだよな。……意外と、皇子って打ち明けたら態度が変わったり……というのは、希望的観測か)
にしても、『リゥリゥ』というキャラクターにあんな一面があったとは。あらためてユウヅツは、ここがゲームの範疇から飛び出した世界だと知る。
(それにしても、解毒剤を作る、か……。俺は完全に、連盟学院で手に入るアイテムのことしか頭になかったけど……、そうだ、現実なんだから、それ以外の手段だってあるんだよな)
ついゲームと同じように考えてしまう。この悪癖は早く抜け出さないといけない。
(……ゲームのシナリオを大きく変えないためにも、できたら『万能解毒薬』は温存しておきたい。だから、解毒剤が作れるならその方がいい。リゥリゥさんには是非とも仲間になってもらいたいけど……)
……ゲームでは絶対に仲間になることがなかったキャラクターだ。
どう転ぶか、ユウヅツにも想像ができなかった。
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