第三章 宮廷薬剤師を手に入れろ
〇三四 リゥリゥ・リン
薬屋店主のルゥルゥ。可愛らしいイラストに声まで付いていて、プレイヤーからも人気の高いキャラクターだった。
しかし、ゲームにおいては『薬屋』以外で登場することはなく、本編には絡んでこない。サブシナリオにすら出番がなく、本当にアイテムを売るだけの存在だった。
「けれど、公式ファンブックには彼女のプロフィールが載っていました。……正直うろ覚えで、ズレているところもあると思うのですが、そこまで大きな乖離はないはずです」
それによると、彼女の名前はリゥリゥ・リン。兄が数人、姉が数人いる末娘。両親共に健在。祖父母、叔父叔母、甥姪もいる。一族総出で薬屋を営む。年齢は二十代なかば。
「……一応、本人から聞いた情報と相違はないな。だが二十代なかばというのは本当か? 同い年くらいに見えていたが」
「……こうやって、本来なら俺が知らないはずのことを勝手にペラペラ喋るのは罪悪感があるのですが」
「悪用はしない。ボクも他人に漏らさない。それでいいだろ」
「…………」
ユウヅツはまだ微妙な顔をしていたが、他に手立てがないのでおとなしくトカクに情報を提供した。
「ファンブックによると、先祖代々薬売りの家系だそうです。彼女の父親が外国人で、『リン』という姓はその父親からだとか」
「ふむ」
「薬屋としては、ある意味で伝統的というか……彼女らの先祖が作った処方箋に基づいて、同じものを調剤しているという形式です。ただし、家族の中でリゥリゥさんだけが、新しい薬を開発するべく研究に明け暮れているとか」
「なるほど」
「……ファンブックに載っていたのは、これぐらいです。本当に情報の少ないキャラクターだったので」
そのぶん二次創作で好き勝手に設定を盛られていたなぁ、とユウヅツは前世を振り返る。
「……リゥリゥが自分で言っていたことが嘘ではないと分かってよかった。さあ、行くぞ」
例によって髪を黒く染めて、トカクは薬屋の前に降り立った。
手土産も持っている。皇室御用達の菓子屋の菓子折りだ。
それを適当な風呂敷で包んでいるのだが、その適当な風呂敷だけでも庶民には手の届かない逸品である。上質な正絹に蓮の模様がうつくしい。
「こんにちはー」
一階の喫茶の門戸をくぐる。
「ユウヅツが元気になったから謝礼を渡しにきた。これを……」
「あら、カドくんにユウくん。本当にお礼に来てくれたの。リゥリゥなら上にいるから、どうぞお上がり」
「ありがとう」
最初の頃は客商売らしく敬語を使っていた女給――リゥリゥの姉は、ユウヅツが薬を飲んでいた三日の間にトカクを「カドくん」と呼ぶまでに打ち解けていた。ちなみに、カドは兎
二階に登り、薬屋の扉を叩く。
中に入ると前と同じようにリゥリゥが出迎えた。
「おー、よく来たある。また薬買いにきたか?」
「そんなところだが、まずはこれを。お気持ちばかりの品ですが」
「何ある何ある? 我、何もらても喜ぶ安い女あるよ」
女児のように無邪気に喜ぶリゥリゥは、風呂敷の高級さには目が行かないらしく、いそいそと手土産の箱を開けた。
「きゃはー! ヒトデモナカある! 食べたことないけど、これ知てる。皇室御用達。人気でなかなか手に入らないと聞く。本当にもらてよいあるか?」
「ああ。甘味だが塩っけがあって美味い。品質は二週間ほど保つらしいから、それまでに」
「だいじょぶね! 感謝あるー」
リゥリゥは機嫌を上昇させた。掴みはよろしい。
「さて」
トカクは居住まいを正す。
「後遺症を心配していたが、ユウヅツはこの通り元気になった。薬の効果は素晴らしかった。この店は、国一番の薬屋と言ってよいだろう」
「そうあるそうある。なんせ先祖代々千年の集合知あるね。天才の血、受け継がれてる。我も新しいクスリ作てる、試していくか?」
「そう。そのことなんだが」
トカクは本題を切り出した。
「あなたに作ってほしい薬がある」
「作ってほしい薬? 何あるか」
「解毒剤だ」
「ふーむ……。何の薬の解毒剤あるか? それによって処方変わってくるある」
「ツムギイバラという」
「ツ、」
リゥリゥは言葉を詰まらせた。
トカクは奇妙な感覚になる。
『ツムギイバラ』を知る者は宮中でもごくわずか。一般庶民の知識には無いはずのもの。
だからリゥリゥの反応は、「ツムギイバラ、って何?」というものになるはずだ。
なのに、リゥリゥはまるで「その名前をここで聞くなんて」と分かりやすく顔を歪めた。不快そう、と表現していいくらいに。
「……店主。ツムギイバラについて、何か知っているか?」
「……ツムギイバラね。ツムギイバラ、ツムギイバラ……。聞いたことないね」
「そうか」
とりあえず話を続けることにする。
「ボクの知り合いが、ツムギイバラの毒、というものを呑んでしまった。眠ったまま起きない。それを、どうにかする薬が欲しい」
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