〇三三 友情エンドはなかった(回想1/2)
ユウヅツと一緒にいた子息達は、ふたりは知り合いなのか?と奇妙なものを見る表情になっている。皇太女に声をかけてもらうような者が、自分達とつるんでいたことへの違和感だ。
「…………」
それを見ながらトカクが、ひそり小声で「あれは誰だ?」とつぶやくと、「ユヅリハ家のご令息です」と返ってくる。
「ユヅリハ? 男爵家の?」
国会にも出てこないド辺境の名ばかり華族。と頭をよぎるが、トカクは言わずにおいた。
「そういえば、長男次男は領地から出さなかったのに三男だけ学園に入学させると聞いて、めずらしいと思っていた。……どこでウハクと……、……あっ。入学式の日に見かけたかもしれん」
校門前にいたウハクを発見した時、あんな感じのが足元にいた気がする。気に留めていなかった。
ウハクは、周囲の疑問に答えを示すように。
「入学式の日、わたくしの不注意でぶつかってしまったろう。あの時は聞きそびれたが、ケガをさせてはいないか?」
「わざわざありがとうございます。この通りです。貴方様に気にかけていただくようなことはございません」
「なら良かった」
それで関係性がだいたい分かった。
ユウヅツは、ウハクに名を呼ばれた当初はぎくしゃくしていたが、一連の問答を経て平常心を取り戻したようだった。まるで山場が過ぎたように落ちついている。
ウハクも、ユウヅツ個人に話しかけるのをやめて全体を見回した。
「さて……。今日は舞踏会だが、そなたら、まだ誰とも踊っていないのではないか?」
水を向けたウハクに、子息達は「もう少し経ってから」とか「相手がいなくて」など口々に答える。ユウヅツはあいまいな笑みでごまかすにとどめた。
「令嬢達は、ダンスがしたいと思っていても自分からは誘えない。そんな令嬢達のためにも、おまえ達の方から誘ってやるとよい。せっかくの機会なのだから」
「ええ、まったくその通りです。かならず、このパーティーが終わるまでに一人は」
「……強制するわけではないが……」
ウハクは、相手がまるで命令を受けたかのような反応を返してきたことにすこし戸惑ってみせた。いわゆる『下級華族』と直接やりとりする機会が、皇太女であるウハクは足りていない。
「……ユウヅツは? ダンスの相手は?」
また下の名前を呼んだ。親しくなりたいという意思表示にしか見えないそれに、ウハクの背後にいる従者達は固唾を呑んだ。華族子息と交流を深めるのは悪いことではないが、これは……。
という空気を知ってか知らずか、ユウヅツはケロッと答えた。
「恥ずかしながらダンスにあまり自信がないのです。先程の殿下方のダンスは楽しそうと思いましたが、俺にはとても。リードができなくても許してくださるお優しい方がいればいいのですが」
「なるほど。では、先日ぶつかってしまった詫びに、わたくしが練習に付き合ってやってもいい。エスコートの仕方は分かるか?」
ウハクは自分の右手を宙に浮かせる。
ざわっ。と周囲の空気が変わる。
トカクはよっぽど止めに入ろうかと思った。
(誘ってはない。練習に付き合ってやろうかと言っただけ……。それを『今』と取るか『また今度』と取るかは受け手の自由……。申し込みするしないを相手にゆだねている……、……でも、どうなんだ!?)
一介の男爵子息に、姫君があそこまで丁重に接して親切にするのは、よろしくない噂を招く。いたずらな推測が飛び交う!
ユウヅツはと言えば、差し出されたウハクの手を見てきょとんとしていた。とても意外そうに。『知らないことが起こった』みたいな顔だ。
トカクは脳内で「断れ!」と念じる。恐れ多いことだろ、遠慮しろ!
(おまえは実の兄の次にダンスができるような身分じゃない!)
ユウヅツは逡巡を行っていた。思考をめぐらせる。この状況は何で、どうすべきか。時間にして一瞬だったが、ユウヅツは間違いなく考えた。
そして考えたうえで、こうしたのだ。
にぱっ!と心底うれしそうに笑い。ウハクの手を取った。
「わあ! 恐れ多くも皇太女殿下にダンスを教えていただけるなんて光栄です!」
是非お願いします!
「クソバカのタヌキがッッッ!!!」
トカクは夢から覚めて飛び起きた。そういえばあったな、あんなこと。あれがトカクの二年間におよぶ苦労の序奏だった。
思い出したらムカついてきた。
身支度をしたトカクは、ユウヅツが中庭で音楽の練習をしているらしいと聞いてそちらに向かう。こんな良く晴れた日は外で演奏したら気持ちいいだろうな~、ってバカ! いい気なもんだな!
中庭に出ると、ユウヅツは琵琶を抱えて楽譜に書き込みをしているところだった。トカクは音を立てて近付く。
「思い出したぞ貴様!」
「え?」
「何がウハクをなるべく避けようとしていた~だよ。じゃあ断れっ!!」
「えええ?」
急に何の話ですか!? と聞かれたので、トカクは入学した頃にあった舞踏会について喋った。
ユウヅツは正座になった。
「ひ、人前で皇太女殿下に声をかけられて、どう断れと言うんですか……。領地では、ダンスそのものと女性の誘い方は学びましたが、断り方なんて習っていません……」
「あの場合は『また今度』だっ」
「むずかしすぎますよ……」
ユウヅツはうなだれる。
このようすを見るに、断り方が分からなかったというのは本当らしい。
「だとしても、あんなニコニコ歓迎してみせるのはどうなんだよ。ちょっとは遠慮しろ。印象最悪だったぞ、なんって軽薄な男だと思ったぜ!」
「それは……本当にすみません……」
ユウヅツに言い訳をさせてみる。
「……ゲームでは、皇太女殿下から声をかけられるのは、舞踏会ではなかったんです……。だから、皇太女殿下が話しかけてきた時は本当におどろいて……。……対策がまったくなかったのです」
「ああ、だろうな」
「そうでなくとも、あの時は自分が主人公かもしれないと分かったばかりで、身の振りようが、あまり定まっておらず」
ユウヅツは「…………」としばし言いよどんだ。
「……俺はこう思ったんです。ゲームの皇太女殿下には友情エンドが無かったのですが、……現実になら起こりえるのではないかと」
「…………?」
「……皇太女殿下と、お友達になれるのではないかと」
トカクは「身の程知らずか!?」と叫んだ。ユウヅツは「すみません!」と頭を下げる。
「でも、皇太女殿下以外の攻略対象には、友情エンドがあったんです。俺はそれが好きでした」
「はあ……。それで、恋仲にならなければ成績不振だろうがバッドエンドを回避できるうえ、ハッピーエンドの良いとこ取りができると目論んだわけか」
「そういうことです」
「それで、友達になりたいからダンスをしたと」
「そうです」
「あああーーっ……」
トカクは立っていられず椅子に座りこんだ。
「……おまえがウハクを落とそうとしていたって方がマシだ」
「な、なんでですか……」
「ぶん殴れるからっ!」
トカクがどうしようもない激情に耐えていると、時計塔の鐘が鳴った。トカクはなかば強制的に嘆きが中断される。
「……もうこんな時間か」
「…………」
鐘を合図にして機械のように己の感情を切り替えてしまったトカクに、ユウヅツは閉口する。
「おまえも琵琶を片付けに行け。時間通りに出るからな」
ユウヅツはうなずく。
今日は宮廷薬剤師を手に入れようという日だった。
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