〇三二 第一印象(回想1/2)
回想。
帝立学園を入学してすぐ、生徒同士の親睦を深めるための舞踏会があった。生徒会の主催である。
大瞬帝国に文明開化が起こって久しいが、いまだ国民達の間には、男女二人組で踊る『社交ダンス』への抵抗――照れがあった。
それが十三歳前後の少年少女となればなおさらで、舞踏会だというのに最初のうちは誰も踊らない。誰か先に踊ってくれないかと、互いに牽制しあうような。
そういう空気になるのは毎年のことだったから、運営側も一年生が先陣切って踊ってくれるとは期待しておらず、適当な頃合いを見て二年生が手本を見せてやるのが恒例行事だった。
しかし、この年は違った。ファーストダンスを皇太女殿下にお任せしよう、という話になったのだ。将来、国を率いていくことになるのだから、こういうところから威光を見せておかねばと。
ダンスの相手役は双子の兄、トカクだ。これ以上ない人選と思われる。
そんなわけで、双子は舞踏会の一番手を務めた。
この世界において社交ダンスは「女性側のダンスの華麗さ」が何より重要な要素となる。そうでなくても皇太女が主役だ。トカクは影に徹し、ウハクのダンスをサポートした。ドレスがきれいに広がるように、振り向けば髪飾りがきらめくように、背すじが無理なく反るように。
入学式で生まれて初めて皇族二人を見た華族も多い。そうでなくとも鏡写しのような美少女と美少年である。観客達はおしゃべりも忘れ、ふたりの舞踏に見とれた。
「あれが皇太女殿下……!」
「噂に違わず、おうつくしい方だわ」
「なんて優雅なのかしら」
「兄君様もとても素敵ね」
うっとりと溜息を漏らしている令嬢達。
「ウハク、よそ見」
「っ」
周囲の目が気になってウハクは集中が途切れたりしたが、ファーストダンス自体は滞りなく終わった。成功だったと言える。
それで、ようやく会場は『舞踏会』らしい雰囲気になった。
一仕事を終えたトカクとウハクは壁際へ引っ込む。
「あー、終わった終わった。楽しかったな。ウハクも緊張したろう、すこし休もう」
「わたくしはお兄様におんぶに抱っこだから楽なものだ。お疲れ様、お兄様」
「何を。ダンスは片方が頑張ったところで片方にやる気がなければ形にならない、と知っているだろう。…………。ほら、今のダンスで会場中に、ウハクの可憐さを知らしめられたようだ。引き立てる影としてうれしいよ」
トカクは漏れ聞こえてくる賛辞に耳を傾けながらウハクを見やる。
はあ、とウハクは溜息。
「こんなのも今だけだ。学園生活を送れば、そのうち気づくだろう。皇太女殿下は実の兄に下駄を履かせてもらっているだけだ、と。わたくし自身には何の力もなくて、お兄様ありきだと」
「卑屈はやめなさい。まだ授業も始まっていないのに、予想で落ち込んでどうするんだ」
「はあい」
ウハクは給仕からもらったジュースを口に含む。
「というか、せっかく二人で踊ったのに、ボクひとりの手柄みたいに言わないで。ボクはさみしい」
「お兄様の完璧なリードを褒めているんだよ」
「おまえは自虐したいだけだろう。……まあ緊張する気持ちは分かるさ。幼い頃から学んできたとはいえ、失敗する時はするものだ。その心配をまったくしないのは高慢と言える。……ともかく、うまくいったから良かったな」
「うん」
乾杯、とグラスを掲げあう。
「ウハク、それで……」
「ウハク様、トカク様。そろそろ……」
「ん」
従者達に横やりを入れられる。そろそろ挨拶回りの時間らしい。これから学び舎を共にする華族達と交流を深めなければ。ここでの縁は卒業後、明確に政治に関わってくる。
「……それでは、お互いパーティーを楽しみましょう、我が妹君」
「ああ」
トカクはトカクの、ウハクはウハクの側仕えを引き連れて、社交場へ繰り出した。
華族達は、こういう場で皇太女および皇子に自分から話しかけに行くような真似はしない。無礼になるからだ。
じゃあどうするのかと言うと、たとえば視線を投げかけたり進行方向に立ったりで『お声がけ』しやすい雰囲気を作って、トカクの関心が向けられるのを待つのだ。
とりあえず知り合いから。とトカクは適当な侯爵子息をつかまえて歓談する。
視界の端で、ウハクが知らない令嬢と会話に花を咲かせているのが見えた。よくやっているようだ、とトカクは安堵し、自分の人脈作りに腐心する。
「ああ、久しいな、貴殿のお父君とは昨日も会ったが」
トカクは顔見知りの公爵令嬢へ声をかける。
令嬢はトカクと平然と会話しながらも、会話の節々に「ダンスがしたい」という意思を匂わせてきた。
ダンスは男側から申し込むもの、という不文律がある。なので、彼女は「はしたない」と言われない範囲でトカクをダンスに誘っているのだ。
しかし、今日のトカクは「ウハク以外と踊ってはいけない」と命じられていた。近頃、「皇子殿下の婚約者にうちの娘を!」と考える華族家同士が火花を散らしているから、「トカクが最初にダンスを申し込んだ女性(実の妹を除く)」を生み出すことに慎重になる必要があったのだ。
目の前にいるのも、そんな水面下のにらみ合いで優勢に立ちたい令嬢だ。適当に、しかし恥をかかせないようかわす。
などとトカクが腹の探り合いをやっていると、ウハクが視界の隅を横切った。
ウハクは、会場の隅で歓談している下級華族の子息の集まりに目を付けたらしかった。身分に分け隔てないのはウハクらしい。とトカクは思う。
しかし、彼らは輪になって彼らの話に熱中しており、「声をかけられるのを待っている」ように見えない集団だったので、すこし気になった。
トカクは会話を中断してウハクを目で追う。
やがて、集団のひとりが気づいたらしく血相を変えた。仲間達の肩を叩いて、この会場でもっとも尊き方が近付いてきていることを目で伝える。
ウハクはゆったりと歩いていくが、子息達の間には水面が波立つように動揺が広がっていた。
最後、ウハクに背中を向けていた男――ユウヅツが気付いて振り向くと、ウハクは先手を打つように声をかけた。
「ごきげんよう。楽しんでいるか?」
「…………」
ぎょっと固まったユウヅツは無言——無視のようになったが、周囲の子息達があいさつや返事をすることで難を逃れた。今日ウハクと会話することになるとは思ってもいなかったのだろう、誰も彼も恐縮しきったようすだ。
「こ、これはこれは」
「ご機嫌うるわしゅうございます、皇太女殿下……」
「ぼっ僕達のような者にまでお声がけくださるとは、ありがたく存じます」
「二年間を共にする友人となる者達ではないか。どうかよろしく頼む」
ウハクが微笑む。
そして、他の子息の陰に隠れようと移動していたユウヅツに目を向けると、「ええと」とわざとらしく声を上げた。
「ユウヅツ」
一斉に、周囲の視線がユウヅツへ注がれた。
ユウヅツは、授業で指されたような声で「はい」と返した。
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