〇三六 羅刹の毒草
「ユウヅツ。一晩考えたんだが、皇室に仕えさせてやると言われて拒否するのは、やはり道理が通っていない。たぶんリゥリゥは、ボク達が宮廷の関係者ということを信用しなかったんじゃないか?」
「き、昨日の俺の話は聞いてくださいましたか!?」
「ボク達が実際に城の人事に携われる人間であるという証明をもって行けば、話を受けてもらえるんじゃないかと思う」
「殿下がそうおっしゃられるなら付いて行きますけど、そういうことじゃないと思いますよ!?」
昨日の今日、同じ時間にトカクとユウヅツは薬屋――の一階にある喫茶店を訪れていた。
「こんにちはー」
「…………、…………」
いつものように挨拶するが、いつもなら「いらっしゃい〜!」と朗らかに受け答えして雑談を交えてくる女給――リゥリゥの姉が、今日は無言で会釈をするだけだった。
リゥリゥから何か聞いたのか。トカクは「もしや一族の昔年の恨みってマジなのか?」と考える。
「二階に上がらせてもらうぜ」
「…………」
止められはしなかったので、上がっていいものとする。
トカクとユウヅツは階段を昇った。
扉を叩き、どうぞと促されたので、二人は薬屋の中へ入った。
「……なんだ、おまえ達あるか。また来たのか」
「昨日はたいへん失礼した、リゥリゥ嬢。いきなりあんな勧誘をされて、さぞ驚いたことだろう。謝罪させてもらう、すまなかった」
「……ふん」
リゥリゥは顔をそむける。
ひとまず追い出されはしなかったので、トカクはカウンターの前まで距離を詰めた。
「今日は書類を持ってきた。宮廷薬剤師としてあなたを雇い入れるための紹介状と契約書だ。あなたを説得できたあかつきには、これにサインをいただきたい。……皇室の紋章も付いているが、これで信用してもらえるだろうか」
「断ったはずある。何を勝手に用意してるあるか!」
「待ってくれ、まず契約書を見てほしい。あなた方に有利な条件を用意したつもりだ」
とりあえず国内最高峰の研究室を準備することを約束する。薬の開発費は前払い。月々の固定給に、成果に応じた賞与。家族と離れたくないと言い出すかもしれないので、大陸留学への同行は任意にしてやった。
リゥリゥはジトッとした目で契約書を斜め読みする。
「どうだろうか、不明なところや、くわしく説明を聞きたい箇所などはないか?」
「……おまえ、我が言った「昔年の恨み」について、城で聞かなかったのか」
「…………」
トカクは口を閉じる。そして。
「一応は上の者に確認をしたんだが、何も分からなかった。……恥ずかしいことだ。本当に申し訳ない」
「ふん。……奴ら、とぼけているか、本当に知らないか。まあ、五百年も昔の話ある。記録から抹消されていてもおかしくないね」
「ごひゃくねん!?」
と思わず声に出て、ユウヅツはハッと口をつぐんだ。
五百年前のことで恨みがどうとか言っていたのか?という呆れ混じりのおどろきと、しかし歴史の遺恨を蔑ろにしてはいけないという理性だ。大昔の出来事でも、そこから地続きで今があるのだから。
ユウヅツは取り繕う。
「つまり……五百年間、途絶えずに語り継がれるような、本当にひどいことをされた……んですね……?」
「……あいつら、鬼の血族。血も涙もなく、頭からツノ生えてる」
あいつら、とは皇族のことだろう。往来で口にすれば間違いなく不敬罪でしょっぴかれることを、しかしリゥリゥは続けた。
おっしゃる通り名前に「
「ツムギイバラのこと、我、本当は知ってたある」
「! やはり……。でも、不思議だ。宮廷でも、ほんの一部の人間しか知らされていない極秘の情報なのに。どうして?」
「何故ならツムギイバラ、そもそも我ら一族が作った毒草」
ユウヅツは目を見開く。『薬屋』にそんな設定があったなんて。
トカクもおどろいていた。だって……それが本当なら、この一族は当時の皇室のお抱え薬師だったはずだ。
なのに、どうして今はこの薬屋と皇室のつながりが失われているのだ?
と疑問を口にする前に、リゥリゥが説明した。
「千年前の我らの先祖、当時の権力者に頼まれて、永眠薬なるもの作った。それ、暗殺に向いたすさまじい猛毒。政敵、簡単に殺せるようなった。南朝廷の皇帝、見事に北朝廷の皇帝のこと、打ち倒し、この国の政権、独占したある。それ、今も続く皇室の始まり」
「…………」
「しかし、話これで終わらない。南と北の戦争が終わた後、南朝廷の中で、殺し合い起きた。永眠薬――ツムギイバラの毒、みんな騙し打ちで飲ませ合た。親が子殺し、きょうだい殺し、主人も従者も殺し合いになた」
リゥリゥは、ロウソクを囲んで怪談話をする時のおどろおどろしい口調で語る。だが内容は、幽霊が出てきた方がマシな血みどろの史実だ。
「そのうち、我ら薬師の責任問われたね。羅刹の毒草生み出して百人殺した悪鬼の一族、そう言われて迫害された。我ら、言われたもの言われた通りに作ただけあるのに。……処刑されかけたが、なんとか逃げおおせた。以来、皇室と関わりなくし、細々と生きてきたある」
「…………」
ユウヅツは言葉を失う。
……こういう流れで、本当に皇室が百パー悪いことある?と思った。そりゃ五百年も語り継がれるわ。
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