〇二八 言語をおぼえなおす薬

 


「やった! やったー!」


 真横で狂喜乱舞としか表現できない歓声を上げたユウヅツに、トカクは耳をふさいだ。


「ほら、ありましたでしょう!? やったーーーーっ」

「はしゃぎすぎだろ、落ち着け」


 店内で騒ぐものじゃない。

 たしなめるとユウヅツは声を小さくしたが、まだ浮足立っている。


 店員はニコニコ、「お客さん、買うあるか? 買うあるか?」と両手をぱたぱた振っていた。

 喜ぶのに忙しいらしいユウヅツをさておき、トカクは店員に訊ねる。


「いくらだ?」


 返ってきたのは、まあ本当に新しい言語をおぼえられるならそれぐらいかかるだろうな、という適正価格だった。ユウヅツが「ひっ」と息を呑む程度。

 安ければケチな詐欺と断じるのだが、ひょっとして豪快な詐欺なのだろうか。


 トカクは店員の顔をじっと見てみるが、何の裏も読み取れない。


「その薬は、どういう原理で新しく言葉をおぼえられるんだ?」

「お客さーん、それ企業秘密。当然のコトあるね」

「……まあ、そうだよな」


 簡単に喋ってもらえるはずがない。


「考えたとて素人に分かるワケないね。充分に発達した薬学、魔法と見分けつかないモノある。お客さんがするべきコト、クスリ買う、使う、願い叶う、それだけよろし」

「…………」


 十分に発達した薬学~、というのは、ユウヅツも言っていた。『ゲーム』でお決まりのセリフだったのかな?とトカクは予想する。実際それは当たっていた。


「なあ店員さん。もしも効果がなかった場合、もしくは健康に害が出た場合、保証はあるのか?」

「当然ね! 無ければ売らない。クスリ飲んだヤツ言葉おぼえるまで、我、きちんと見届ける所存あるよ」

「……まずは服用法を聞きたい。どんな品か分からなきゃ買うかも決められない」

「承知ある。そこ椅子あるから座るよろし」


 カウンターの内側から「あそこある」と示される。言われるがままトカクとユウヅツは椅子を引っ張り出して腰かけた。


「お客さん、言語をおぼえなおす薬ご所望。でも、コレ使い方とても複雑。そして時間かかる。三日かけて言語おぼえなおす」

「三日……」

「だからココに入院するよろし。我が施術してやるある」


 三日かぁ、とユウヅツは繰り返す。

 ゲームなら、アイテムをタップして三秒で効果が出たのに、現実だと三日かかるのか……。という復唱である。


「施術には、新しくおぼえたい言語、それと取り換えたい言語、両方の辞書や教本が必要ある。ひとつずつ『Apple』と『苹果』入れ替えるためある。文字じゃなく音もあった方よいある」

「……ひとつずつ入れ替えるのか。三日で済むのか?」

「ある程度の基礎おぼえれば、もう後は湯水のごとく吸収できるある。それが言葉いうものある」

「……ふむ」


 魔法ではなくなってきたな。とトカクは顎に手を当てる。


「施術の前、二十時間の絶食。薬飲む。その後また十二時間の絶食。水だけは飲んでもよろし。薬の服用から三日間、言葉いくらでも入れ替え放題!」

「ええと……起きて勉強している間は、ってことか? 地頭によって吸収できる量に差がありそうだな。……コイツ、あんまり……なんというか……優秀ではないんだけど……」

「気遣っていただきありがとうございます。俺はバカです」

「こんなクスリ欲しがるの全員バカあるから問題ないね!」


 店員はにぱっと笑った。それでこそ売り甲斐があるという感じだ。


「このクスリの良いところ、とてもアタマ冴えるとこある! たった一度見たらば、単語・熟語・文法、完全おぼえられる間違いないね」

「…………。……なるほど?」


 話を聞きながら、トカクの脳みそは薬の処方について推理をはじめていた。


(……頭を覚醒させるようなクスリ――成分、については、確認が取れているんだよな。頭が冴えて、認知力や記憶力が上がるという。……ゴリゴリに依存性と副作用がある違法薬物……だけじゃなく、まあ珈琲とか紅茶にも似たような成分は入ってるし、ここでは深追いすまい。……でも、それだけで『言葉を取り替える』なんて効能にはならないよな)


 受け答えをユウヅツに任せ、トカクは店員の話に適当に相槌を打ちながら思考をめぐらせる。


(……催眠……暗示にかかりやすくなる薬と併用したらどうだろう? まず対象を暗示にかけて、「今なら言語をおぼえなおせる」と思い込ませる。それから頭が冴える薬の効果で、実際に次々と言葉をおぼえる……。暗示にかかっているから、対応する言語は忘れていく……。一時的に頭が良くなる薬じゃなくて、言語をおぼえなおす薬と限定している理由は……隠れ蓑? もしくは雑念を削ぎ落とすため?)


 と組み立てていく。


(……いや、ボクは薬学に関しては門外漢だし、素人は黙ってろって感じだな。下手の考えは休むに似たりだ。すっげ~魔法みた~いと素直に喜んでおこう)


「すっげ~、魔法みた~い!」

「ふふん、我を称えるよろし」

「よかったな~ユウヅツ~。これで大陸共通語は問題ないな」


 と切り上げたが、トカクの想像はほぼ正解だった。トカクが自分の胸に仕舞ったので、それが判明することはないが。


 ユウヅツは「皇……若様、本当におごってくださるんですか?」とトカクの顔色をうかがう。

 皇子という身分を隠すため、良いとこのボンボンとその使用人という設定を作っていた。


「必要な買い物だからな。本当にこれで大陸共通語が喋れるようになるなら安いもんだ。逆におまえ、本当に飲んでいいのか?」


 こんな怪しいクスリ。と言外に滲ませるも、ユウヅツは「飲みます」と即答した。


「…………。よし、わかった。店員さん、薬を処方してくれるか? 大陸共通語の資料を用意して、明日またここに来るから、その時に」

「分かたあるー。一名様、明日から入院。ご来賓~」


 ——そうして明日の予約を取り、トカクとユウヅツは城へと戻った。


「ユウヅツ。もし死んでもいいように、おぼえているゲームの知識を全部ここで吐いておけよ」

「ええ~っ……そんな……薬屋さんを信じないんですか」

「一度も取引したことがないのに信じるも何もあるか」


 などと言いつつ。


 ユウヅツの前世の言葉である日本語と大陸共通語を入れ替えるための資料を用意して、翌日となった。




 薬屋を訪れて、店員――『店主のリゥリゥ』を名乗った女によるちょっとした触診や問診を済ませて、ユウヅツは晴れて言語をおぼえなおす薬を手渡された。


「……スライムみたいです」

「? すらいむって何あるか」


 手渡された小瓶を揺らし、その内容物がどろりと糸を引いたのを確認したユウヅツは、次いで蓋を開けにおいを嗅いだ。


「んっぐ……。甘いにおいが……」

「飲みやすくしてやったね。お客さん、腹へってるあるよな? コレ飲む、お腹ふくれる。遠慮せず飲むよろし」


 ユウスツは事前の二十時間の絶食で元気を失っており、朝から意気消沈して異様に静かだった。

 しかし、今はそれに輪をかけて更に顔に影が落ちている。先程までは「もう薬でいいからお腹にいれたいです」などと言っていたのに。


 小瓶いっぱい詰まったピンクと水色のマーブル模様の粘液に、トカクは早々にユウヅツから距離を取っていた。


「ユウヅツ。早く飲めよ」

「…………」


 ユウヅツは、前世の給食の時間に飲んでいたパック牛乳くらい体積のある薬を前にして、完全に尻込みしていた。量が多すぎる。聞いていない。


「お客さん、がんばれある。大陸共通語しゃべれるようなりたいあるよね?」

「はい……。…………」


 ユウヅツは意を決し、ぐっと息を詰めると瓶を煽った。

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