〇二七 二階

 


「おいしい~!」

「……そういえば」


 トカクは顔を上げる。


「うちの母親が昔、婚約者にこっそり付けていた愛称って何だったんだ? あの場では流したが。お母様があんなに焦るなんてめずらしい」

「俺が勝手に話すわけにはいきません。どうかお母君に直接お訊ねください」

「…………」


 トカクは紅茶を口に含む。客がいないから心配していたが味は良い。


「……おまえ、ゲームのシナリオを読んでいたから、いろんな人間の考えてることや思ってること、知ってるんだよな」

「…………。……まったく同じとは限りませんよ。なんせ『主人公』が前世の記憶持ちなせいで、イレギュラーもあるので」

「ボクが、妹がボクのせいで自殺未遂したのかと思い悩んでいるサマも、ガッツリ読んでたわけだろ? そう考えると恥ずかしいな」

「え、…………」


 ユウヅツは考え込むような素振りをした。


「……皇、じゃなくて……あなた様が、本当にそのようにお考えだったとは」

「?」


 トカクはきょとんとした。


「……おまえ、指摘してきたじゃん? 座敷牢でボクに」

「え~……、いやぁ」


 ユウヅツは気まずそうに。


「身近な人がああいうふうになれば、そういうふうに考えてしまうかもしれないなと思って、念の為お声がけしただけのつもりで。ちょっとした気遣いというか。ゲームの知識を提示したつもりではなかったです。誤解を招いてしまって申し訳ございません」

「…………」


 まぎらわしい時にまぎらわしいことを言うな。というのを置いておいて。


「おまえそんなことしてっから攻略対象の女子達に気に入られて身を滅ぼしたんだろ」

「ど……どのことですか!?」


 ユウヅツはウハク以外の女子生徒からも謎の人気があった。


「べつにアレがなくとも今更おまえの『ゲームの知識』を疑う気はないが、騙された気分だぜ」

「……すみません」

「…………」


 トカクは決まり悪かった。ゲームで得た知識に関係なく、内心を見透かされて慮られていたと分かったからだ。


 ごまかしたくて話を切り上げる。


「……そうだ。薬。売ってないか聞いて来いよ」

「はい」


 ユウヅツは卓上の呼び鈴を鳴らす。厨房の奥から女給がやってきた。


「追加のお注文ですか?」

「あの、ここで薬は売っていますか?」

「あ、はいー。二階です」

「えっ!?」


 まったく期待していなかったので、トカクは大声が出た。ユウヅツも目を剥いている。

 トカクとユウヅツは互いに顔を見合わせ、また女給を仰いだ。


「……に、二階に薬屋があるんですか?」

「はい。そこの階段からどうぞ」


 見ると、まったく目立たない場所に階段があった。関係者以外立入禁止の札がかかっている。


「……上がってもいいんですか?」

「お声がけいただければお通しすることになっています」

「…………」


 トカクとユウヅツは階段へと踏み出した。

 足を進めながら、ここ怪しい店じゃないか?とトカクは疑う。


 階段の中腹あたりに差し掛かり、トカクは小声でユウヅツに話しかけた。


「ユウヅツ。ここがゲームの薬屋とは限らないからな。違法薬物を密売してる、まったく関係ない薬屋かもしれん」

「え! だとしたら怖いですね~」


 ケタケタとユウヅツは笑う。度胸があるのかないのか分からんヤツだなとトカクは呆れた。


 ……へらへら受け流すしぐさが、トカクの父親――皇配陛下に似ている。女の子は父親に似た男を好きになるというし、そのせいかなとトカクは思ってしまう。

 ユウヅツをそばに置いていると、ウハクがユウヅツを好きになった理由らしきものが次々に見つかり、トカクはその都度なんとも形容しがたい気持ちになった。


 ユウヅツは『シナリオの強制力』などと謙遜していたが、それはウハクの真剣な気持ちに対する冒涜ではないか。……その真剣な告白を邪魔したので、トカクがとやかく言えることではないが。


「じゃあ、開けますよ」

「ああ」


 二階の突き当たりにドアがあった。どう見ても普通の小部屋のドアで、中に店があるようには見えない。


 ユウヅツがノックすると、中から女性の声で「どうぞー」と飛んできた。


「お邪魔しまーす……」


 店内にいたのは店員ひとりだけだった。


 年若く顔色も良い、いたって普通の女だ。人は見かけで判断できないが、危ないクスリの売人らしくは見えない。

 店内も装飾が派手でうるさいものの、綺麗に片付けられていた。


「いらっしゃいあるー。あれ、お客さん、はじめてのお客さんね~、ゆっくりしていくよろし」

「……はじめまして。薬を探していまして」

「どんな薬をご所望ね?」


 カウンターの内側から手招きされて、トカクとユウヅツは店内に足を踏み入れる。


 店員は、トカクやユウヅツよりは年上っぽい雰囲気で、袖のだぼっとした衣装を身にまとう女だった。袖と襟だけ黒くて他は白い、変わった上着を着込んでいる。灰色がかった髪は二つに分けておだんごにしていた。

 部屋の手前にカウンターがあり、その内側に店員が立っている。奥の壁一面びっしり薬品棚が立ち並んでいた。


 ユウヅツはトカクにそっと耳打ちした。


「……この店です」

「え。……本当に?」

「ゲームと同じです」


 ゲームの『薬屋』の背景イラストと同じ内装で、店員とキャラクターの立ち絵も一致するという。


 本当にあるとは。トカクはおどろく。……でも、ゲームと同じ品揃えとは限らない。言語をおぼえなおす薬なんて、現実にあるだろうか。


「言語をおぼえなおす薬を探しています。既におぼえている言語を、別の言語に入れ替える薬です。ありますか?」

「あるよー。でもスゴイ高価あるよ。お客さん、払えるか?」


 あるの!?


 トカクは仰天したが、ユウヅツの反応はそれ以上だった。その場で勢いよく両手を掲げて叫んだのだ。


「やっっったあーーーーーーーーっ!!!!」

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