〇二六 帝都探索

 


 墨粉薬(ユウヅツが黒染めスプレーと称したもの)で一時的に髪色を変え、念のために帽子もかぶり、トカクは庶民らしい装いで噴水広場に降り立つ。


「さて、探すか……」


 言語をおぼえなおす薬の存在を信じたわけではない。ただ、探してみたけどやっぱり無かった、と納得しない限り、ユウヅツがまた真剣に机に向かってくれることはないと諦めたのだ。


「ユウヅツ。おまえが『薬屋』と言ったから、とりあえず国で認可している薬屋のリストを作った。あと、闇医者的な非認可の薬屋も、国で把握している限り載せている」

「わあ、さすがです。じゃあ、このリストを上から順にしらみ潰し……」

「そこに載ってる以上、言語をおぼえなおす薬なんてものは売られていない店と思ってよいだろう。そんな薬が見つかったなら報告が来ているはずだからな。なので、そっちへの聞き込みはボクの従者達に任せる」

「えっ、あっ、そうですか」

「ボク達が探すのは、それ以外の薬屋だ。中央区の地図を用意した。国による監査が入ったことがある場所に印を付けている。ここに載っていない店を探して、目的の薬を売っていないか聞いていこう」


 時間を無駄にできないので、トカクは一晩でこれらを準備した。相変わらずの仕事中毒っぷりにユウヅツは閉口しているが、薬屋を探してくれと言い出したのが自分なので苦言も呈せない。


「……そういえば、ユウヅツ。もしも薬があったとして、それって新しく言葉をおぼえる薬じゃなくて、もう既におぼえてる言葉を入れ替える薬なんだろ?」

「そうですね」

「おまえ、またたき語しか知らないんじゃないのか。どうするんだ?」


 大陸共通語以外の第二言語を持っていたのかと思って訊くと、首を横に振られた。


「……まさか、またたき語を忘れて大陸共通語をおぼえる気か?」


 それでも連盟学院の入試には合格できるだろうが、母国語を使えなくなっては、ユウヅツが不便ではないか。

 トカクとしても馴染み深いのはまたたき語だし、連盟学院で密談をするのにまたたき語は便利なはずだ。何故なら列強諸国の連中はまたたき語なんて分からないから。


「いいえ、……実は、この世界と俺の前世の世界は、使っている言語が違うのです」

「え?」

「俺はまたたき語以外に、『日本語』を喋れるんですよ」


 つまりユウヅツは、前世の母国語を忘れるつもりらしい。


「それは……、……いいのか?」


 トカクとしては助かるが、なんというか。……忘れてしまってよいものなのか。


「この世界で他に日本語を喋れる相手がいない以上、使うことのない言語ですから。困りません」

「そりゃあ困らんだろうが……」

「そのくらい勉強がイヤなんです俺は」

「…………」


 ……まあ、皮算用だ。本当に『言語をおぼえなおす薬』が見つからない限り。意味のない問答だ。トカクは黙る。


 とりあえず、この道から。

 とトカクとユウヅツは路地に足を踏み入れた。






 地図に載っていない店舗があったので、ユウヅツは中に入った。


「すみません、ここで薬は売っていますか?」

「おめー、本屋の看板が見えねえのか。どこに薬が置いてあるように見えるんだよ」

「地図に載っていない薬屋を探しているんです。心当たりはありませんか」

「ないよ」

「これでもですか?」


 ユウヅツは紙幣をちらつかせるが、店主は「ないもんはないよ」とすげなく返した。


「なかったです……」


 ユウヅツは本屋から出てきた。

 トカクは「しぶといなコイツ」と感心しはじめていた。ユウヅツは店員に奇異なものを見られる目を向けられるのにも慣れてきたようすだ。

 もう夕方になっている。帝都中央区南西側の踏破は遠い。


「……ユウヅツ。今日のところは城に戻ろう」


 陽が落ちていると建物を見逃してしまう可能性が高い。薬屋探しは日中のみと決めていた。


 なので、夜は勉強することになっている。薬屋が見つからなかった時の滑り止めとして、ユウヅツも納得していた。


「にしても、見つからねーな。おまえもそろそろ諦めたんじゃないか?」

「いいえ。これぐらいで俺は屈しません。かならず言語をおぼえなおす薬を手に入れてみせます」

「お勉強に対してその不屈の精神を持ち続けてほしかったが」


 石畳の道を歩きながら、トカクとユウヅツは適当な雑談をつなげる。ユウヅツは「学園にいた頃は考えられなかったな……」としみじみした。


 それを察して、トカクは。


「ユウヅツも、大分ボクに慣れてきたな。大陸に気心の知れていない奴を連れて行くのはしんどいから助かるぜ」

「恐れ多いお言葉にございます」

「せっかく街に出てきたし、茶でも飲んで帰るか」


 さらにダメ押しで親交を深めておくか〜。とトカクは打算でユウヅツを誘い、ユウヅツは、城に戻ってからの勉強時間が少なくなる!と喜んで了承した。あと茶や菓子が好きだった。


「歩いてりゃ茶ができる店も見つかるはずだ、行こうぜ」

「あ。皇子殿下。この店、国による監査がまだ入っていない店舗です。ここで食べるついでに聞いていきましょう」

「あー、そうだな。そうしよう」


 小ぢんまりした二階建ての煉瓦造りの建物だ。比較的最近――文明開化の後に建てられたらしい。


 扉を開けるとカランコロンと鈴が鳴る。店内から「いらっしゃいませー」と愛想のよい女給が出迎えた。トカク達以外に客はいない。


「二名様ですか? こちらのお席へどうぞ」


 とりあえず注文して、トカクとユウヅツは季節の水菓子を待った。

 本当にここで見つかるなんて思いもしていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る