〇二四 身分とはこう使うのだ
近くで控えていた側仕えにトカクは時間を訊ねる。
「トカク殿下がお眠りになってから丸二日と少しが経過しています」
「二日!?」
「過労でお倒れになったようなものです……。どうか休息を大切にするようにしてください。有事とはいえ尊き御身なのですから、」
「こんなことしてる場合じゃねえ!!」
「ちょ……殿下ぁ!」
側近が背後で怒鳴っているのを無視して、トカクは取るものを取ると皇子宮を飛び出した。
『ウハク』の大陸留学まであと三ヶ月もない。まず、急ぎでユウヅツに大陸共通語を教える専属教師を探さないといけない。
と思っていたのに寝ていた。こんなのは一刻でも早い方が良いのに。それに一日あればユウヅツに付きっきりで勉強させることもできたのに!
というかユウヅツの野郎、田舎に帰ってないだろうな。
と思考しながら、トカクはユウヅツがいるはずの迎賓館へ急ぐ。途中で「皇子殿下、お目覚めでしたか!?」「良かったです!」と声をかけられたので、ユウヅツについて訊ねる。
「ユウヅツ殿でしたら、本日から宮廷で大陸共通語を学ぶことになりました。今はお部屋で専属教師の方が到着されるのを待っております」
「!?」
寝ている間に事が済んでいた。トカクは、大きい荷物を持ち上げるために力を入れたら空箱だったような、拍子抜けした気持ちになる。
気絶する寸前で自分で指示を出した……わけではないはずだ。誰かしら――皇帝陛下あたりだろう――が気を利かせてくれていたらしい。
「昨日の今日で教師が見つかるとは。よかった……。…………」
トカクはひとまず胸を撫で下ろした。
が、ユウヅツを強制的に机に向かわせ『ウハク』の留学に同行させるとしても、ユウヅツのやる気は無視できない。……ユウヅツは外国語への苦手意識が強く、渡航をなかば諦めていたようすだった。どうにか説得して、一所懸命に勉強してもらう。そして付いてきてもらわないと。教師に不足がないかも見ておきたい。
というわけでトカクは、先程よりは落ち着いた足取りでユウヅツが使っている部屋へ向かった。
「! これは皇子殿下。ご体調の方はいかがでしょうか」
「寝過ぎた」
トカクが部屋の中に入ると、ユウヅツは椅子から立ち上がって挨拶をした。楽にするよう伝える。
「大陸共通語を学ぶそうだな」
「はい。結局それしかないとよなと思いまして」
「! ……自分から望んで?」
「……一応は」
ユウヅツは気まずそうにうなずく。
「自分なりに今後のことを考えました。妹君をお救いしようと大陸へ渡る皇子殿下に、微力ですがお力添えできればと思います」
「ユウヅツ……おまえ……」
トカクは感銘を受けたように口に手を当て、それから言った。
「やるじゃん」
「やるじゃん」
「見直した。昨日は大陸共通語も喋れないボンクラと思ってごめんな」
「そう思ってらしたんですか?」
ユウヅツは冷や汗を流す。
「……俺も同行できた方が効率がいいというのは同意ですし。国の一大事ですから、国民である俺にとっても他人事ではありません。僭越ながらお供させていただきます」
「そうか。感謝する」
「いいえ」
トカクが過労で倒れた後、ユウヅツなりに考え、トカクに付いていくと決めた。
前世で十九歳まで生きたユウヅツにとって、弱冠十五歳のトカクは子どもだ。そんな子どもが妹を救いたくて倒れるまで働いたことに、同情したのだ。
『主人公』としての当事者意識、責任感もある。
「…………」
一方でユウヅツ自身は十五歳なので、苛烈すぎる同級生のトカクが怖い。
ユウヅツは内心びくびくしていた。
二年間ずっと目の敵にされていたし。権力と人気のある男に睨まれながらの学園生活はつらかったなぁ、とユウヅツはしみじみ思い返す。
嫌がらせを受けたわけではないし、皇族としては当然の処置だったと理解しているし、謝ってももらったから、もういいのだが。
と考えているユウヅツの前で、トカクは膝を折った。身分的にあるまじき事態に、ユウヅツはおののく。
「お、皇子殿下!?」
「ユウヅツ・ユヅリハ。貴殿の多大な献身に、第一皇子として礼を言う。ありがとう」
「お、おやめくださいっ。そのような……」
「いや、本当に……ありがとう」
うやうやしく手を取られてユウヅツは更に震え上がった。恐れ多い。
にこっ、と微笑んでトカクに見上げられ、ユウヅツはたじたじになる。
「おまえが来てくれたら心強いよ。一緒にがんばろうな」
「は……はいっ」
自尊心をくすぐられたユウヅツの瞳に光が灯ったのを見て、トカクはほくそ笑んだ。
やる気が出たみたいでよかった。膝ひとつ笑顔ひとつで安いものだ。
身分とはひけらかすものではない。こうして使うのだ。
やる気さえ出たなら、あとは勉強させるだけだな!
「期待しているぜ」
「…………。…………」
ユウヅツの顔が一瞬だけ気まずげに引きつった気がしたが、トカクは気にしなかった。
期待に応えられる成果を出せるか、ちょっと不安になっているだけだろうと思ったからだ。
そして実際にそれは正答だった。その程度が、トカクの想像よりずっと深刻だっただけで。
家庭教師が付いて三日、トカクはユウヅツのあまりの物覚えの悪さに閉口していた。
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