〇二二 頑張った経験

 


 ユウヅツは迎賓館の一室を使わせてもらっていた。初手の座敷牢から、えらく立場が変わったものである。


「皇子殿下がお倒れに……!?」

「倒れた、というと語弊があるのですが……。疲れきっていたようで、部屋に入った瞬間に気を失ってしまわれました」


 トカクが過労でぶっ倒れたと聞かされて、ユウヅツは顔色を青くした。言わんこっちゃない。


 元々ウハクが倒れてロクに寝れていなかったところに、バカクを問い詰めるため寝食を惜しんで働いた結果だった。

 トカクが身体を壊してしまうんじゃないかとユウヅツは昨日あたりから気が気でなかったのだが、ついに。……バカクの処分が済んで、気が抜けたせいもあるかもしれない。


 バカクは廃嫡され、ウハクが寝込み、……トカクにまで倒れられたら、いよいよこの国はおしまいだ。


「皇子殿下……」


 いつ目覚めるだろうか、ちゃんと元気になってくださるだろうか。


 ……俺がバッドエンドを回避できなかったせいでこんなことに。


 ユウヅツが自責していると、トカクが倒れた件を伝えてくれた使用人達が、ユウヅツにこう言った。


「トカク皇子殿下は近頃、ユウヅツ様のことをとても頼りにしていらっしゃるようでした。どうかトカク皇子が目覚めるまで城にとどまってください」

「…………」


 ユウヅツを、というよりユウヅツの前世の記憶と知識を、なのだが、説明すべきではない。


 ユウヅツは「殿下がそう望まれるのでしたら」とうやうやしく拝命した。……使用人とはいえ、宮仕えということは間違いなく男爵家のユウヅツより位が高い。


 使用人達は「では、私どもはこれで」と部屋を後にした。


 扉が閉まる。


「…………」


 部屋から充分に離れてから、使用人達は声をひそめて話しはじめた。


「……ね? ちょっと良くない?」

「たしかに感じの良い子ね。ウハク様が、なんであんな普通の子に夢中になっているのか疑問だったけど……」

「使用人の私達にも愛想よかったしね」


 キャッキャと使用人達はおしゃべりに花を咲かせる。


「……とはいえ、だからってウハク様のお婿さんにってのは、現実的じゃなさすぎるわね。いくらトカク皇子の態度が軟化したとはいえ……ねえ?」

「身分が違いすぎるわ。その点、私達の方が現実的よねぇ〜。ねえ、あんた狙っちゃえば?」

「五つも下よ? 無理よ〜。それならアンタの方が……」


 ウハクが毒殺されかけとなど聞かされていない下位の使用人達は、能天気にそんなことを話しながら持ち場へと帰って行った。




 自分の知らないところで『主人公』の才能を発揮しているとは露知らず。


 使用人が去った後の部屋。

 ふかふかしたベッドに腰かけて、ユウヅツは考えていた。


「俺は、倒れるまで頑張った経験とかないな……」


 頑張り過ぎて倒れるなんて愚かだ、と一笑に付すこともできる。

 だけどユウヅツは思ってしまった。自分はそこまで努力したことがなく、それが……なんだか恥ずかしいと。


 前世――夕也は、適当な大学生として適当に過ごしていた。生きている中で人並みの苦労はあったと思うが、のらりくらりと適当にかわしていて、向き合ったことがない。気がする。

 転生してからは破滅を回避するために、自分なりにアレコレやってきたつもりだが……。倒れるまで、血の滲むような、と胸を張って言えるものではなかったとユウヅツは感じた。


「…………」


 皇子殿下はすごいなぁ。ユウヅツは素直に感服する。


 ――ゲームで最初に『トカク・ムツラボシ』を見た時。

 なんかずっとハチャメチャな動きをする、壊れ性能の変なキャラがいるなぁと思っていた。


 スタ☆プリのメインストーリー第一章における『主人公』の敵として、またゲームのお邪魔キャラとして機能するため、トカク・ムツラボシというキャラクターには、諸々の設定と属性が積み重なっていた。

 それはもう、公式ファンブックのキャラクター紹介では、メインヒロインであるウハクとページ数を競り合うほどに。


 ビジュアルが美少女じみていたから、キャラクターとしても人気があった。スタ☆プリ二次創作の最大手も、主人公×ウハクとかじゃなくてトカク×ウハクだったなぁ……。ユウヅツは振り返る。


 まあ、それはよいとして。


 ユウヅツが転生した以降。

 現実のトカクは、ユウヅツにとってゲームの印象ほぼそのままの男で、さらに恐怖心が上乗せされていた。ユウヅツは長いこと、彼の敵だったから。

 何より在学中、遠目から見ていたトカクは存在が二次元じみていた。


 だけどウハクが倒れて以降、近くで見ていてユウヅツは分かったが、トカクも普通の人間だった。

 働けば疲れるし、ショックを受ければ飯が喉を通らなくなる。普通の人間。……超人なんかではなく、ましてゲームのキャラクターではない。


 ここは現実と分かっていたつもりだが、トカクのことは無意識に例外にしてしまっていたようで、ユウヅツは反省する。


 彼も普通の人間で、生まれつき疲れない体質なんかではなく、ただ、倒れるほど頑張っているだけだったのだ。


「……まだ十五歳なのに、すごいな……」


 しかも数え年の十五だ。ユウヅツも十五歳なのだが、前世の記憶がある分どうしても歳上の気持ちになる。

 前世の夕也が同い年の頃は、何してたっけ。受験戦争とかも参加しなかったんだよな。部活もやってなかったし……。あれ、本当に何してた?


 なんだかユウヅツは落ち込んできた。


 だけど、そんな暇は今ないのだ。ユウヅツは己の憂鬱を振り払う。


「……大陸共通語……」


 が喋れたら、俺でも、もっと役に立てる。

 それだけは確かだった。


「よし!」


 やることを決めると、ユウヅツは自分に与えられた部屋を出た。

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