〇二一 過労

 


「!?」


 大陸に行くには大陸共通語が喋れることが必須だ。

 なのに、ユウヅツは喋れない、と言う。帝立学園の必修科目だったのに。


「なんでだよ!?」とトカクが叫んだのを片手で制し、皇帝陛下は「とりあえず今日はここまで」と提案した。


「トカク。おまえは本当に休んだ方がいい。皇族たるもの、感情的に臣下を怒鳴りつけるべきではない。今それができていなかった。疲れているせいじゃ」

「お母様……」

「後のことはわらわ達に任せておけ。本来おまえが背負わなくてよいことじゃ。……ユウヅツ卿は、今日も泊まっていくがよい」

「…………」


 トカクとユウヅツは腰を上げた。




 部屋の外に出て、「大陸共通語が喋れないとはどういうことだ?」とあらためて訊ねたトカクに、ユウヅツは「言葉の通りにございます……」と肩を落とした。


「講義は受けていたのですが……難しくて……。単語とか、おぼえられなくて……。誓って試験でズルをしたことはないのですが……一夜漬けが精一杯で……身になっておらず……。……喋れませんし、聞き取れません……」

「……受講態度がまじめだったから、てっきり成績はそこそことばかり」


 帝立学園では試験のたび、成績優秀者上位十名の名前が掲示されていた。たしかに、ユウヅツがそこに食い込んできたことはなかった。だが……。


「せ、成績自体は、そこそこでしたよ。外国語が、本当に苦手というだけで……」

「…………」


 どうしよう、とトカクは天井を仰いだ。


 学院内に同行させる側近――「準生徒」は、大陸共通語が喋れる者。という規定は、連盟学院が定めているものであり、変えようがない。

 ユウヅツを連れていかなきゃいけないのに……。


「あの。学院について、俺の持つゲームに関する知識を、皇子殿下にすべてお教えするつもりだったのです。そうすれば、俺が同行しなくとも……」

「百聞は一見にしかずと云うし、情報とは伝達のたびに齟齬が発生するものだ。おまえが付いてきてきた方が良いに決まっている」

「ええ。……しかし……」

「ここですべて喋った気になっても、実際に学院に行けば、そこで思い出す記憶もあるかも知れないだろ」

「おっしゃることは、ごもっともです……」


 でも、とユウヅツは苦渋をにじませながら首を横に振った。


「……現実問題、俺には大陸共通語のおぼえがないのです……」

「…………」


 トカクは「分かった」と話を切り上げた。


「その件についてはボクが考えておく。おまえはよく休むように」

「で、殿下もどうかよくよくお休みください」


 何やら心配げなユウヅツを案内役に任せて、トカクは自分の居室へと踵を返した。


(なんにせよ、ユウヅツは付いて来させるしかない。……だが、大陸共通語が喋れないと。学院では、言葉が通じるかのテスト――入試がある……ごまかせない……)


 ドレスの裾をさばいて早足で歩きながら、トカクは皇子宮の門をくぐる。


(最悪、準生徒でない別の形で渡航させるか……? しかし、できれば校内にいてもらいたい……。それに結局ユウヅツが大陸共通語を話せないことには苦労するし……)


 居室に入り、使用人にドレスを脱がせてもらいながら、トカクは思考をめぐらせる。


(……渡航まで、まだ三ヶ月弱の猶予がある。まずユウヅツに大陸共通語を学ばせよう。講義だけでは身に付かなかったかもしれんが、専属教師を用意してマンツーマンで指導すれば、きっと物にできる)


「トカク殿下、御髪の飾りを外しますので……」


(渡航までに習熟していれば側仕えとして近くに置くことができるし、そうでなくとも……、…………)


「トカク殿下……殿下? …………」


(………………………………)


 自室のソファに座った瞬間、トカクは気絶したように眠りに落ちた。

 それはほとんど昏倒で、周囲で使用人達が焦っていたが、もはやトカクの耳には届かなかった。


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