〇一七 ボーイミーツガール(回想2/3)

 


 二週間ほどかけて馬を乗り継ぎ、ユウヅツは帝都までたどりついた。

 帝都に近付くにつれ、道路がだんだんと広くなり、丁寧に整備されているものになっていってユウヅツは面白かった。ゲームではこんなところまで分からなかったから。


 帝都は人通りがとても多くて、前世の記憶が無かったらこれだけで目をまわしていただろうなとユウヅツは思う。


「おお〜……」


 ユウヅツは初めて見る建物や風景に目を奪われかけながらも、父親が学生向けの寄宿舎に部屋を用意してくれているので、まずはそこへ向かう。


 使用人が部屋へ荷物を運んでくれている間に、ユウヅツは帝都を散策してみようと思いついた。


 この世界がゲームと同じなら、行ってみたい店があったのだ。ゲームのマップは大雑把も大雑把だったので、この現実における正確な位置が分かるわけではないが。ゲームではマップをタッチすれば移動できたけど、現実では徒歩か馬か人力車だ。

 なんにせよ色々と見てみたい。


 とユウヅツは街に繰り出した。


 お忍びで城を抜け出し、迷子になって一人さまよっていたウハクとぶつかったのは、五分後のことだった。


「ごめんなさい、怪我はありませんか」

「だ、だいじょうぶ」


 皇族に謁見などしたことのないユウヅツはもちろんのこと、ゲームの立ち絵でしかウハクの顔を知らない『夕也』も、その少女が皇太女殿下であるなんて分からなかった。

 背格好から同い年くらいかな、服装からして良いとこのお嬢さんかな、と推察したくらいで。


 皇太女殿下は腰まで伸ばしたうつくしい白髪を豊かに下ろしていらっしゃる。——という知識はユウヅツにもあったが、その日ウハクは身分を偽るために墨粉薬で髪を黒く染めていた。黒は大瞬帝国で最もよく見られる髪色だ。(しかし『夕也』がいた世界に比べると、この世界の黒髪は彩度が高めで、青みがかっていたり黄みがかっていたりしていてカラフルだった)。


「皇居に行きたいんです」と言う少女に、ユウヅツは道案内を申し出た。か弱そうで、放っておいたら誘拐でもされるんじゃないかと心配になったからだ。


 ユウヅツも帝都は初めてだったが、それでも役に立てそうだと思えるくらい、なんというかその少女――ウハクはおどおどしていて、要領が良くない雰囲気だった。

 聞けば人見知りで、誰かに道を訊こうと奮起して一時間、誰にも声をかけることができなかったという。


「でも勇気を出して聞くしかないでしょう。聞くは一時の恥と言いますし」

「…………」


 委縮して小さくなっている少女に代わって、ユウヅツは人待ち中らしき初老の男性に道を訊いた。


 皇居までの道中、ウハクは言い訳のように(というか後から思えば実際に言い訳だった)自分が皇居に行かねばならない理由をユウヅツに説明していた。


「こ、皇居の庭園の菊花が見事と聞いて、ぜひ見てみようと思って。本当にそれだけなのです。他に理由はありません」

「そうなんですか。俺は花には詳しくないのですが、夏は菊の季節なのでしょうか?」

「菊の見頃は秋からとされていますが、夏に咲く種類もあって、通年咲いているのです」


 ウハクはしばらく緊張したようすだったが、歳近いこともあってか、少しずつ打ち解けた。


「それで、えっと、あの……菊花は星見草とも言うんです。理由は形が星に似ているからとか、上を見て咲くからだとか……。素敵ですよね」

「へえ、知らなかったです。花の形容なのに草なんですね」

「そういえば、そうですね……」

「やはり星見花だと、そのまますぎて風情に欠けると思われるのでしょうか」

「……うふふ」


 などと雑談しながら、ユウヅツはウハクを皇居まで案内した。


 一般開放されている菊花庭園の門前にたどり着くと、ウハクは目に見えて表情を明るくし、ほっと息をついた。そして。


「か、かえれた……」

「ここまででよろしいでしょうか?」


 ウハクはハッとし、ユウヅツに対してぺこりと頭を下げた。


「ご、ご親切に、ありがとうございましたっ」

「いいえ。……帰り道は分かりますか?」

「ここで家族と待ち合わせをしています。大丈夫です」


 それならよかった、それでは……とユウヅツは踵を返した。ここまでの道中で気になる店があった。寄って帰ろう。


 その背中に、あわてたような声がかけられた。


「あのっ、この御恩は忘れません。お名前を教えてください」

「名乗るほどの者ではございません。良い休日を」

「まっ、て」


 袖を引いて引き留められた。ユウヅツは振り向く。


「……もしかして、わたくし達は以前、どこかでお会いしたことはありませんか?」

「…………? 俺は、帝都は今日が初めてです。人違いではないかと思います」

「いえ、でも、……いいえ。失礼いたしました。今日はありがとうございました」


 手を振り、ユウヅツは帰路についた。良いことをすると気分が良いなあと思いながら。




 半年後、帝立学園の入学式の日がやってきた。


 学園の制服――詰襟の洋装に袖を通したユウヅツは、前世の知識があるせいでコスプレ気分になるなぁと思いながら鏡を見た。

 ひたいには鍬で殴られた痕がある。そのうち消えるといいのだが、と思いながらユウヅツは前髪を直す。


(トカク皇子殿下のコスプレをしている気分だ)


 ユウヅツは鏡の前で両手を広げた。

 ゲームで帝立学園の男子制服を着ているキャラクターが皇子殿下だけだったから、どうしても彼の衣装という印象が抜けない。男キャラ少なかったんだよなぁと回想する。主人公――プレイヤーの立ち絵すらなかったし。


(って、早めに出ようって決めてたんだった)


 学生鞄を掴む。

 そうしてユウヅツは帝立学園の入学式へと向かった。




 校門の前。


「正直、勉強はあんまり得意じゃないんだけど」


 前世のユウヅツは大学生だったが、特に偏差値が高かったわけではない。今世も家庭教師が付いていたが、そこまで覚えが良かったわけではない。前世でも今世でも、「俺なんかに勉強させてもらう価値あるのだろうか……」と悩んだことは一度や二度ではなかった。

 だが。


「少なくとも、二年間はがんばろう……」


 とこぶしを握ってから、ユウヅツは思った。否、正確には思い出したのだ。


 あ、今の、ゲームの主人公っぽかったな。……と。


 そうだ、あのゲームの導入はこうだ。


 入学式の当日、校門の前で二年間がんばるぞと誓いを立てる主人公。

 その一歩目を踏み出した主人公は、門の陰から飛び出してきた少女とぶつかってしまう。その少女こそ、この国の皇太女でありメインヒロインであるウハク・ムツラボシなのだが、主人公はすぐにはそれに気付かず…………。


「きゃあっ」

「!?」


 門の陰から飛び出してきた少女が、ユウヅツにぶつかった。後ろに倒れそうになった少女を、ユウヅツは咄嗟に支える。


 それは帝立学園の制服を着た少女だった。セーラー襟の上品なワンピース。漆黒のスカートがなびく。きらきらと星空のような瞳と目が合う。そして絹のように真白い髪。


 ゲームのメインヒロイン『ウハク・ムツラボシ』が画面から飛び出してきたような美少女。の、顔貌が目の前にあった。


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