〇一五 今日からボクが

 


 バカクのいなくなった大広間。


 トカクは大臣や側近達のうち数名を撤収させた。この後もやるべきことが多々ある。

 ユウヅツも共に部屋を出るよう、トカクの側近がうながそうとしたが、トカクが止めた。


「ユウヅツは残れ。バカクの罪状を暴いた立役者だ。この後も話がある」

「はっ」


 一礼し、側近も部屋を出ていく。


 大広間に静寂が戻ってきた。


 その場には両陛下とトカク、侍医、宰相や一部の官吏——そしてユウヅツだけが残される。

 これは、『ツムギイバラについて知っている者達』だった。


 ユウヅツは場違いを感じているのか、臣下の礼を取ったまま居づらそうに身を固くしていた。


「…………う」


 しばらくトカクは直立不動でいたが、ふと糸が切れてその場に倒れ込んだ。


「皇子殿下っ」


 大臣が支えようと傍に寄る。トカクは座りこんで両手をついた。長い髪が床に垂れる。


「……本当に、バカクお兄様が……」

「皇子殿下……おいたわしく存じます……」

「ユウヅツの言う通りだった……、……あああ……!」


「トカク」


 皇帝陛下が玉座から立ち上がり、トカクへと近づいてきた。それを見て、大臣はあわてて距離を取る。


「……よく耐えた。最後まで矜持を失わず、しかるべき対応を貫いた。……見事であった……」

「お母様……」

「まず、皇太子という立場になることを受け入れて、この場で宣言してくれたことを嬉しく思う。おまえになら任せられる」

「…………」


 ゆっくりとトカクは息を吸い、そして立ち上がった。まだふらつく息子の身体を、皇帝陛下は支えてやろうとする。

 それをかわして、トカクは部屋の中央へと歩いた。その背中を皇帝陛下は不思議そうに見送る。


 ……トカクがウハクに変装したのは、バカクの反応を見るためだ。本当に毒を盛ったのがバカクなら、『ウハク』が生きていることにうろたえるだろうと。

 最初はそれだけのつもりだった。だけど、鏡を見て気が変わった。


 これなら世界をごまかせる。


「——皇太子ぃ?」


 高い声でトカクは笑った。


「世迷いごとを、お母様。『ワタクシ』はたしかに次期皇帝を名乗りましたが、それが『トカク』とは一言も申し上げておりません。この国の皇太女はウハク・ムツラボシただひとり。帝位を継ぐのはワタクシです」

「……何を言っておるのじゃ、……トカク……?」

「トカクお兄様はここにはいません」


 大広間に残っていた人間達が、中央で行われる会話に困惑しはじめた。

 トカク皇子殿下はいったい何をおっしゃっているのか?


 トカクは凛と胸を張った。

 その場の全員に静かに、しかしよく通る声で伝える。


「皆の者、聞け。……ワタクシはウハク・ムツラボシ。この国の皇太女。忌まわしき猛毒ツムギイバラの『解毒薬』を見つけ、その殺戮の歴史に終止符を打つ。その悲願を達成するまで、けして屈しない」

「……解毒薬……!?」


 ざわっと大広間が騒がしくなる。

 何かアテがあるのか。解毒薬など無いはずでは。


「何を驚くことがある?」とトカクは切り返した。


「外国には、まだワタクシ達の知らない医学や治療法があるはずだ。……それをロクに調べきれていない現状で、「ツムギイバラを呑めばもう助からない」と決め打つのは早計すぎる。そうだろう?」

「し、しかし……」

「ワタクシは留学先で、かならず解毒薬を見つけて持ち帰ることを誓おう」


 留学先。と皇帝陛下は繰り返した。それを無視して、トカクは続ける。


「これからの学院生活の中で解毒薬を確認できなかったのなら、その時はいさぎよく、『ウハク・ムツラボシ』は継承権を放棄しよう。その後は『トカク・ムツラボシ』が立太子なり何なりすればよい」

「…………」

「しかし、それより先に『ウハク・ムツラボシ』から皇太女の地位を奪うことは許さぬ」

「トカク!」


 皇帝陛下は声を上げる。

 それに「トカクではありません」と返しながら、トカクはうやうやしく振り向いた。


「何でしょうか、お母様」

「おまえ、まさか」

「……お察しの通りかと存じますが、」


 と前置きし。


「ワタクシは『ウハク・ムツラボシ』の立場で大陸へ留学し、女子生徒として連盟学院に通う所存でございます」


 そして、解毒薬を手に入れる。


 ——ボクがかならず、おまえを目覚めさせる方法を見つけてくる。だからそれまで、どうかゆっくりおやすみウハク。


 今度こそ大広間は騒然となった。


「殿下!」

「何を言い出しますか、殿下!」

「こうすれば、この国で継承権をめぐる泥沼の暗殺事件が起きた事実を、列強諸国に秘匿できる。『ウハク』が予定通りに学院へ通うことで、次期皇帝としての正当性も誇示できる。同時に、ワタクシは『解毒薬』を探すこともできる……この上ないと思うが?」

「しかし……!」

「————第一皇子トカク・ムツラボシの名において宣言する!」


 トカクの声色が変わったことで、無意識にだろう、臣下達はすっと背筋を伸ばした。

 それを見たうえで、トカクは堂々と言ってのける。


「皇太女殿下がふたたび目覚めるその時まで、姫君とボクの立場を取り替えさせていただく。……今日からボクがウハク・ムツラボシだ!」


 その宣言に、場は水を打ったように静まり返っていた。

 皇帝陛下さえも二の句が告げずに黙っている。時間が停止したかのようだった。




 そんな中、ユウヅツは混乱しながらこう思った。


(……二次創作で見た)

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