〇一三 バカク・ムツラボシの述懐

 


 バカクを見下ろしながら、ふたたび『ウハク』は口をひらいた。


「……大切なことなのだ。貴様と、貴様に与したすべての人間の今後に関わる。正直に言え。バカク。少しでも罰を軽くしたいなら、早いうちに吐いた方がよい。……毒を盛られたワタクシがこうして助かった以上、罪も、そう重くはならないであろう」

「……違うな」

「え?」

「ウハクは助からなかったんだ。そうだよな『トカク』?」

「…………」


 ふっ、とバカクは不敵に笑った。すべてを放棄した顔だった。

 それを見て、『ウハク』の目が揺らぐ。


 バカクが開き直った。

 そして立ち上がり、思わず飛び退きたくなるような近距離で『ウハク』の顔を間近から見下ろして威圧する。


「女にしか見えない。とてもお似合いだ。ドレスの寸法はウハクに合わせて作られているはずだが、よく入ったな? その年齢になって、まだお姫様の体型なのは嘲笑を通り越して同情する」

「……先程も、ワタクシがトカクだと言いがかりを付けてきたな。何故、そう思う?」


 バカクはケラケラ笑ってから。


「おまえの推理の通りさ。ウハクがここにいるはずないことを――眠ったきり目覚めていないことを、知っているからだ」

「…………」


 部屋の温度が下がった、ように感じられた。それまでの「もしかしたら何かの間違いではないか」という目線がなくなり、室内の全員がバカクが犯人であることを認めたのだ。


 それでも『ウハク』は毅然として言葉を返す。


「自白と取っても?」

「いいや? まだかな。どうやってこの場から逃れようか考えているところさ」

「あまり手をわずらわせるな。やることが山積みなんだ」

「皇太女殿下が死んだなら、そりゃ山積みだろうな。……あーあ」


 はあ、とバカクは溜息をついた。


「トカク、おまえのことだ。このままオレを両陛下の元へ連れていくつもりだったんだろ? 移動するならしてしまおう。早いところ話を済ませたい」

「…………」


 『ウハク』は心底不愉快そうに眉をしかめた。


 そして衛兵達にバカクの身柄を拘束させると、そのまま大広間へ通じる扉を開けた。




 ☆☆☆




 外国について学びを深めるたびに、皇帝になるべきなのは自分ではないかと、強く思うようになっていった。

 列強諸国のほとんどの国を、男王が治めているからだ。女王が君臨する国もあるが、それは他に後継がいないため。実際の執務はほとんど周囲の大臣――男が務めているらしい。


 ならば優秀な第一皇子である自分が、かつて首都だったというだけの辺鄙な土地の領主に収まるなど、ふさわしくない。役不足にもほどがある。

 大瞬帝国などではなく、最初から外国に生まれていれば、このような辛酸は舐めずに済んだのに。


 ウハクが成長するにつれ、オレの思いは余計に強くなった。

 女というだけで、無能の妹は生まれた時から頂点に立てると定められている。こんな狂った話はない。


 オレや弟は、一生かけて妹の尻拭いをするだけ。表舞台には立てない。

 皇帝の兄という立場では、教科書に名前が載ったりしない。皇帝になる妹は、それだけで歴史に名を残すと決まっているのに。肖像画。歴代皇帝の胸像が並ぶ廊下。オレはそこに加わることがない。


 自分の成人が近付いてくると、喉をかきむしりたくなるような焦燥すら感じるようになってきた。成人してしまえば、オレは皇子――皇族の身分さえ剥奪される。臣籍に堕とされ、一介の公爵として皇家に仕える日々が待っている。


 イヤでイヤでイヤで仕方ない。


 妹と立場を取り替えてしまいたい。

 ウハクから次期皇帝の座を奪ってやれたら。


 そのつぶやきを拾う者がいた。

 昴離宮に勤める者は、オレが皇帝になると決めれば、きっと皆オレの味方をしてくれるだろうと。

 そうだとは思う。しかし、そんな危険を冒せるほどの熱意かと訊かれれば首をひねるしかない。何より、実の妹を手にかけることを良心が咎める。


 数年ほど面会を絶てば、愚妹への情も乾ききるだろうか?

 そう思ってからオレは、笑ってしまった。すっかり自分が妹を殺す気になっていると気づいたからだ。どうやって殺すか、もう考え始めている。ゲームの感覚に近い。どんな戦法で勝とうか? どんな縛りを設けようか?


 そうだ、挽回の猶予をくれてやろう。


 そういえば来年から妹は帝立学園に入学するのだった。もし、そこで過ごす二年間で妹が華々しく成長した結果、あいつも未来の皇帝にふさわしいとオレが思えるようになったなら、その時は殺さないでおいてやろう。……たった二年であの甘ったれが、そこまで成長できるとは思わないが。


 オレには、皇帝になるかならないかを自分で選べる権利がある。


 ウハクが学園でどのように過ごしているか、その評判を注意していこう。卒業パーティーの日が、文字通り彼女のデッドラインとなる。

 さあ、おまえは俺を認めさせることができるかな。


(――『スターダスト☆プリンセス』オフィシャルガイド&設定資料集StarDustGazerS 「補完〇〇八 バッドエンドにおけるバカク・ムツラボシの述懐」より抜粋)




 ☆☆☆

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