〇〇九 それがゲームのバッドエンド

 


 トカクは考える。


「……一事が万事そんな感じだったのか?」

「……俺の至らなさのせいで」

「まるで運命だな。ボクが言うのも何だが、なら大人しく皇婿になるハッピーエンドを受け入れてしまおうとか思わなかったのか?」

「…………」

「バッドエンドだと、ボクに斬り捨てられて死亡……のはずだったのだろう? 絶対に避けたいことだと思うのだが……」

「……ステータス上げが……」


 ユウヅツはぐっと言葉に詰まった。


「学園の勉強が……本当に難しくて……。ゲームでは……適切な取捨選択をすれば学力は簡単に上がるものだったのですが……、現実ではそうもいかず……! おぼえられなくて……、授業に付いていくのもやっとで……とても、ハッピーエンドにできる規定値に達せる気がしなくて……! 無理でした……」

「…………?」

「聡明でいらっしゃる殿下には、きっと分かりません……」


 ――生まれつき聡明なお兄様には分からないのだ、わたくしの気持ちなど……。

 ウハクの悲嘆を思い出して、トカクはぐっと眉をしかめた。


 ユウヅツは。


「……俺に皇婿になれる度量はなく、皇子殿下に認められるほど優秀でもありません。ですので皇太女殿下と恋仲になる流れを避け、婚約宣言イベントが起こらないよう計らうしかなかったのです」

「ウハク個人のことはどう思っていた?」

「……恐れ多くも、皇太女殿下とは『ご学友』のつもりというか……、…………。御心は、多少は察していましたが、……まさか、何の同意もなくいきなり婚約を宣言されるなんて……!」

「それは本当にそうだよな」


 やはりアレはありえなかった。トカクはうなずく。


 ユウヅツの話は到底信じられるようなものではなかったが、少なくとも道理は通って聞こえた。ハッピーエンドを迎えた世界では主人公――ユウヅツは正式な皇婿。いずれはツムギイバラについても説明を受けるだろう。

 それを読んだとすれば……いや、心から信じたわけではないが……。


 少なくともトカクは、そういうことにしておいてやろう程度には思えるようになっていた。


「まあ、わかった」


 トカクはここまでの説明を受け入れた。ここで嘘つき扱いしていては話が進まない。


「……それで? おまえはどうして、ウハクが毒を盛られたと分かった?」

「はい。それは……。…………」


 ユウヅツは、ここでふたたびためらった。

 しかし、ごまかした方が不興を買うと思ったのだろう。それを口に出した。


「バッドエンドの場合、主人公――俺はあなたによって斬り捨てられ、その晩のうちにウハク皇太女殿下が謀殺される。……というのが、本来のシナリオだったからです」


 ――――!




「身の程知らずの不埒者」として主人公が処刑された晩、ウハク皇太女は何者かに毒を盛られて死んでしまいました。あーあ。

 あなたがもっと努力していれば、違う未来もあったのに――……そんなモノローグで物語は幕を下ろす。


 それがゲームのバッドエンド。


「おまえ、」


 その説明を受けて、トカクはひどく取り乱した。ほぼ反射で檻の中に手を伸ばし、ユウヅツの胸倉をつかもうとする。

 ユウヅツは悲鳴を上げて牢の奥へ逃れた。


「そっれっを、分かっていて貴様、あの晩どこで何を……!」

「お、俺は殺されずに済んだから、てっきりバッドエンドは回避できたものと思ってぇ……!」


 卒業パーティー、国宝である刀を持ち出しユウヅツに斬りかかるトカク――血の舞踏会イベントが起きなかったことで、ユウヅツは安心してしまったのだという。

 ああ、よかった、予想外のことはあったけど、少なくともバッドエンドだけは避けられたんだ。これで気兼ねなくゲームのことは忘れて暮らせる……。

 そう思っていた。


「――しかし今日、卒業パーティー以来ウハク皇太女殿下の体調が優れないようだと風の噂を聞き、よもやと……」

「……それで城壁のそばをうろついていたわけか……」


 ユウヅツは牢の奥でうなずき、深々と臣下の礼を取り直した。


 ユウヅツはぎりぎりと、自分の手のひらに血がにじむほど拳を握りしめた。それを畳に叩きつける。


(ちくしょう……)


 ――――この男が、毒のことを事前に伝えてくれていれば……。


(いや、そうできないような関係を築いていたのはボクの方か……。……だが……)


 ふうー、と、トカクは深く息をついた。落ち着こうとしたのだ。

 そして。


「……他には」

「は」

「他に申し開きはないのか?」

「ええと……」


 ユウヅツはこうべを垂れたまま目を泳がせた。


「……恐れながら申し上げます」


 ユウヅツは平坦な、トカクを刺激しないような声色で述べた。


「トカク皇子殿下は、皇太女殿下が毒を呑まれたことを何者かによるはかりごとと理解しておいでるとは存じますが」

「…………」

「その一方で、もしかしたら自分が厳しくし過ぎたせいで、妹を追い詰めて自死を選ばせてしまったのではないかと、御心を曇らせていらっしゃるのではないでしょうか」


 …………。


「しかし、前世で皇太女殿下の物語を読んでいた俺は断言できます。あなた様の妹君が倒れられたのは、反皇女派の策謀によるもの。あの方がみずから進んで死を望んだなど、……まして、あなたを恨んでいたなど、そのようなことはありえません」

「…………、」


 ひく、と口元が歪んで、トカクは顔を背ける。


 ……本当に誰も知らないはずのことを口走られ、目の前の男から人知の及ばぬ神がかり的なものを感じて、怖気が走ったのだ。

 ……それと同時に、心のもろいところを突かれた動揺もあった。


 鳥肌が立った腕をさすり、何度か咳払いしてから、トカクはあらためて訊ねた。


「……どうして、今になって打ち明けにきた?」

「…………」

「姫の危険を知っていたのに黙っていたなと逆上したボクに、あらためて斬り捨てられるかもとは考えなかったか? 異世界だ前世だという世迷い事を、狂人扱いされる可能性は? 知るはずのない情報の出所を、拷問で聞き出されたらどうしよう、とは?」

「それは……」

「知らんぷりして田舎に帰ればよかった。わざわざ危険を冒して、ボクの目の前にあらわれた理由が分からない」

「……まずは、責任です。前世の記憶を持ちながら、このような事態を招いてしまった罪悪感から」

「…………。そうか」


 トカクは鼻白んだ。罪悪感から動くことを勇敢とは言わない。座敷牢を懺悔室に使われても困る。

 期待していたのはそんな答えではなかった。そう、望んでいたのは。


「――そして、俺の前世の知識が、皇太女殿下をお救いできる助けになるのではと考えて、皇子殿下の前に馳せ参じました」


 トカクは膝を叩き立ち上がった。


「よく言った!」


 ガチャリ。トカクは檻の鍵を開けて扉をひらいてやる。その中にいるユウヅツに手を差し出した。


「転生だのゲームだのは意味不明だが、おまえの知識には価値がある。存分に使ってやるから感謝するがいい」

「……皇太女殿下の容態が公表されるまで、ここを出てはいけないのでは」

「その前にすべきことがある。同行を許す」

「…………」


 ユウヅツはおずおずと外に出てきた。

 そして頭を下げる。


「……皇子殿下、このような妄言じみた話に、お耳を貸してくださりありがとうございます」

「妄言と思ったなら聞き流した。荒唐無稽な話に説得力を持たせた己を誇っておけ」


 トカクは座敷牢の出口へと向かった。

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