〇〇八 シナリオの強制力
ユウヅツは、「つまり……つまり……」としばらく言いよどみ。
「つまり……かつて俺がいた世界には、この国のすべてをゲームにしたものがあり、俺はそれをプレイしていたんです!」
「ゲームというのはスゴロクやチェスみたいなものと理解していいのか?」
「ええと、もっと物語性が高く、たとえば冒険小説の主人公を自分に置き換えるような遊びと想像していただければ、おおむね間違っていないかと……」
「ふむ……」
トカクは座敷に腰を下ろした。自然、ユウヅツと目線の高さが一緒になる。
そしてトカクは自分のひたいを押さえた。
(コイツ頭おかしい……!)
キ○○○じゃん。
(……だが、本来なら知るよしのない情報をコイツが知っていたのも事実。確実に何かある)
もうちょっと話を聞くべきだ。
トカクは気を取り直した。
「うん、分かった。じゃあ……ユウヅツ。おまえ、元々は異世界?の人間だったのだな。それで、今は物語の中に入ってしまっているような状態。そう思っていいのか?」
「おっしゃる通りにございます」
「そっかあ」
おっしゃる通りかあ。
トカクの表情をどう思ったのか、ユウヅツは弁明をはじめた。
「あの、たしかに物語と同一の世界ではありますが、紙面の中に入ったという気持ちはなく、ここも間違いなく存在する現実世界であると俺は……」
「いやいい。それで? その物語は、皇太女と男爵子息が惹かれあうようなラブストーリーであった、と理解していいのか?」
「そ……の通りでございます。申し訳ございません」
「謝られてもな」
仮にそんな内容の本が市井に出回っているなら不敬極まりないが、そんな話は聞かないので、その物語はこの男の脳内にしか存在しない可能性が高い。
トカクは考える。ユウヅツの先程の話。
「さぶひろいん。というのが気になったな。その物語の主人公は、ウハクと婚約するために努力する一方で、別の女子とも交流するのか?」
「……そのような選択も可能でした。申し訳ございません」
「謝られてもなぁ。まあ、そんな物語があることまで否定しないさ。この国最古の長編小説は、数々の女性と次々に浮名を流す貴公子の話なわけだしな」
男の夢と言えば陳腐だが、そういう需要があることはトカクにも理解できる。身分差のある恋なんてのも民衆は好きそうだ。
「で? おまえは、そんなシナリオに抗おうとしたと?」
「はい……」
「何故だ? 聞くところによれば、婚約を認められないのがバッドエンド……。つまり、婚約を認められるハッピーエンドもあるのだろう? それを目指そうとは思わなかったのか」
「俺のようなものに、皇太女殿下の婚約者など務まりません……」
そうだな、とトカクは内心で強く同意する。
「ですので皇婿になるより、平民としておだやかに暮らす方がよいと……。それに、ゲーム感覚で現実の女性に声をかけるなんて、良くないと思いましたし……」
「それで、ウハクから求婚されないように立ち回ろうとしていた、と?」
「そのつもりでした。ゲームのシナリオをなぞらないように、なるべく皇太女殿下と関わらないようにしようと……。結局、うまく行きませんでしたが。ゲームと違って、相手の内心や好感度は目に見えませんので……読み違えてしまい……」
心底つらそうにユウヅツは言う。
トカクは首をかしげる。
「……ボクの目には、おまえがウロチョロと姫の周囲をうろついているように見えていたが、それが言いがかりだと?」
「…………。まぎらわしい行動で思い違いをさせてしまったことを謝罪いたします。恐れ多くも、俺にそのような意図がなかったことを証言させていただきます」
「……シナリオの強制力とか言っていたな。例を述べよ」
「……作中には、体育祭イベントというものがございまして」
「体育祭」
ユウヅツいわく。
体育祭イベントで主人公は、攻略対象の女性達と次々に交流することになる。
迷子の女児を保護したら先輩の妹だったとか、教師から飲みかけの水筒を分けてもらうだとか、同級生と徒競走で勝負するだとか、騎馬戦の前に特に好感度の高いキャラが応援しにきてくれるだとか。お弁当を誰と食べるかなんてのも重要な選択肢だった。
だから、ユウヅツは準備を怠らなかった。
当日は迷子の保護を別人に任せ、水筒を常に携帯した。事前の種目決めでは徒競走を固辞し、騎馬戦にも参加しなかった。お弁当は当時まだいた男友達に混ぜてもらい、(ユウヅツは一年生の後期にもなると女性遍歴が醜聞となり友達をすべて失っていた)、ユウヅツは何事もない体育祭を楽しんでいた。
問題は『借り物競争』だ。
ゲームで、借り物競争に参加したメインヒロイン・ウハクは「仲のよい人」の札を引いてしまう。それでユウヅツの元へ走り、ユウヅツを連れてゴールテープを切るのだ。
――「うぬぼれるなよ。偶然そなたが近くにいたというだけなのだからな。未来の皇帝たるもの、こんな勝負にも全力を尽くさなければ。……まあ、仲がよいのは嘘ではない、……よな?」――赤面するウハクのスチルイラスト。
ある程度『ウハクルート』のフラグを立てていないと起こらないはずの事象……だが、すでにメインシナリオの強制力を思い知っていたユウヅツは、これは特に用心して防いでおかないといけないと奮起していた。
対処法は単純だ。借り物競争の札から、「仲のよい人」と書かれたものをあらかじめ抜いておき、代わりに「眼鏡の人」という当たり障りのない文言を入れておく。これを体育祭の前日に済ませてユウヅツは準備万端――のはずだった。
「おぼえているぞ。あれは確か……」
「……はい。その通りです」
結局、札を引いたウハクはユウヅツの元へ駆けてきてしまった。
ウハクは「水筒を持っている人」でユウヅツを選んだのだ。
皇太女が直々にやってきたのに男爵家ごときが断れるはずもなく、ユウヅツは、全校生徒の注目を浴びながらゴールテープを切った。
――――「うぬぼれるなよ。偶然そなたが近くにいたというだけなのだからな。未来の皇帝たるもの、こんな勝負にも全力を尽くさなければ。…………。イヤだったか?」――赤面するウハクの、スチルイラストのそれとよく似た表情。
「……これが、シナリオの強制力の一例にございます」
「…………。すまない。おまえが借り物競争の札になんらかの細工をしていたのを見ていた生徒がいて、その者から報告を受けていたから、てっきり自分で水筒を仕込んだものと思って言いふらした」
「ええっ!? 嘘っ!?」
「悪い」
トカクは思わず素で謝罪してしまった。
ユウヅツは「だからアレ以来みんな冷たく……」と打ちのめされている。
(万一それが本当だとすると、これまでの学園生活の見方がだいぶ違ってくるな……)
卒業パーティーでトカクが、ユウヅツのことを皇太女に手を出す不埒者として断罪しなかったのは、彼に臣下として一線を越える振る舞いがギリギリなかったからだ。
あくまでも「皇太女殿下から一方的に好意を寄せられているだけで、自分にそんな気はない」と言い逃れができるような。
その時は、証拠を残さない狡猾なクソ野郎と思っていたが。話が変わってくる。
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