〇〇七 主人公の少年



 ユウヅツから情報を取ろう、と考えてからトカクは、「ユウヅツが毒を盛った」とは微塵も思っていない自分にハッとした。


「……バカか、ボクは。その可能性を除外してどうする」


 トカクは気を引き締めた。居室で雨雪に濡れた服を着替えると、まっすぐにユウヅツが連れていかれた座敷牢へと足を運んだ。


 外の見張りの敬礼に適当に応じて、トカクは座敷牢のある離れに入った。入り組んだ廊下を進み、突き当たりの階段を下りる。


 階下から、牢番の話し声が聞こえてきた。


「知ってるか? さっき連れてこられたの、皇太女殿下がご執心だという、あの噂のご学友らしいぞ」

「ああ……例の。それで皇子殿下に捕まったのか……。皇子殿下も苦労なさる。当の皇太女殿下は、卒業パーティーの晩から部屋に引きこもっていらっしゃると聞くし……」

「あまりにも次期皇帝の自覚が不足していらっしゃる、そう思わないか。星屑姫などとうたわれるのも仕方ない」

「いっそ駆け落ちでもしてくれたらいいのだが。そうしたら堂々と代わりを立てられる。トカク皇子殿下が後釜になれば……」

「よせ、この国が男帝を立てるのは無理がある……。姫はこのままお飾りの王にし、宰相となった皇子がそれを支えてくれればよいのだ」


「…………」


 一旦、トカクは下りてきた階段を戻った。


「よっ」


 カン、カン。あらためて大きく足音を立てながら、その場へ。

 今度はトカクの来訪に事前に気付き、牢番ふたりは最敬礼で皇子を出迎えた。


「男爵子息はおとなしくしているか?」

「はっ!」

「しばらく二人で話す。席を外すように」

「いや、しかし……持ち場を離れるわけには……」

「上にいろ」


 承知いたしました。と頭を下げて、牢番はバタバタと階段を上って行った。


「…………」


 ひとりふたりの陰口を摘んだところで根本的な解決にはならない。それに……もう今さら何をしても意味がない。トカクは目を伏せた。


「……さて」


 気を取り直して、トカクは襖を開け放つ。


「……あ」


 座敷の中には四畳半ほどの檻があり、ユウヅツはそこに閉じ込められていた。正座してうつむいていたが、トカクの参上に気付くとバッと顔を上げた。


「皇子殿下っ……!」

「楽にしてよい」

「先程はたいへん失礼いたしました……! 申し訳ございません、どうかお許しください……」

「結論から言うと、実際にウハクは毒を盛られている」

「えっ!?!?」


 ぎょっ、とユウヅツは目をむいた。


「で、では何故……」

「箝口令が敷かれているため、あの場で肯定することはできなかった」

「あっ……、も、申し訳ございません」

「ウハクの容態が公式に発表されるまで、秘密を知る貴様をここから出すことはできない。というわけで、しばらくここに監禁する」

「…………」

「というのは建前だ」


 え?とユウヅツは首をかしげる。

 ユウヅツが閉じ込められている檻に近付くと、トカクは乱暴に鉄柵を蹴りつけた。


「貴様がウハクに毒を盛った犯人か?」

「…………!? 違います! 神に誓ってそのようなことはいたしません!」

「では何故、毒のことを知っていた?」

「それは……」


 …………。


 トカクはしばらく待ったが、ユウヅツは黙っていた。もごもごと、何から喋っていいか分からないような、言い訳の仕方を考えているような……その煮え切らないようすに、トカクは激昂した。


「吐かないなら斬り捨てる!!!!!」

「斬っ……」


 そのようにおどすと、ユウヅツは目に見えて動転した。異様なほど怯えて見せる。


「あのっ……皇子殿下に隠し立てするつもりはありません! ただ、とても信じていただけるような話ではなく……」

「それを決めるのは貴様ではない。ボクは暇ではないんだ。時間稼ぎなら……」

「あのっ……実は俺には、ここではない異世界で生きた前世の記憶があるんです!!」


 瞬間、座敷牢の時が止まった。


「……は……?」


 トカクは皇子の仮面も忘れてポカンとするしかなかった。


 異世界……前世……。意味は分かる。分かるが……何?

 トカクは頭の中でユウヅツの言葉を咀嚼する。


 トカクが疑問符を飛ばしている目の前で、ユウヅツは堰を切ったようにまくしたてた。


「俺は前世で普通の大学生だったんですけど死んでしまって、気が付いたらアドベンチャーゲーム『スターダスト☆プリンセス』の主人公に生まれ変わっていたんです。そのゲームは主人公の少年が帝立学園に入学してメインヒロインである皇太女と知り合い、彼女の婚約者になるべく努力を重ねつつ、サブヒロイン達とも親交を深めていくという内容なのですが……、帝立学園の入学式の日、俺は自分がゲームの主人公であると気付きましたが、誓って攻略対象である女性方に手を出そうとは考えませんでした」

「うん?」

「なのに、シナリオの強制力でしょうか? どうしてかウハク皇太女殿下とのイベントだけはうまく避けきることができず、皇太女殿下からの執着は増すばかり、ついには卒業パーティーで婚約宣言をされてしまったんです……!」

「んん?」

「ゲームは、主人公が学力や魅力といったステータスを高めることで攻略対象からの好感を高めていくというシステムだったのですが、これを規定値まで高めないまま卒業パーティーを迎えてしまうと、バッドエンドになるんです! 具体的には皇太女殿下による婚約宣言の後、「そのような学力では皇婿にふさわしくない」と俺は殺される……! そこで主人公である俺を斬り捨てる悪役、それこそが皇子殿下、あなたなんです!」


 ここまで一息に言って、ユウヅツは大きく息を吸った。まだ続けようとしているのを察知し、トカクはそれを制す。


「ちっとも分からん。もっと噛み砕いてくれ」

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