〇〇六 ツムギイバラ

 


 着地の拍子に積もっていた雪が足元で舞う。


「寒っ……。この寒い中、……ウハクが寝込んでいるとも知らずに、ご苦労なこったな!」


 一瞬、この寒い中を待ちぼうけていることに感心しかけたが、トカクはすぐに思い直した。逆玉狙いの下劣なクソ野郎が。成敗してくれる。


 トカクは皇女宮横廃塔の根元にある隠し扉をこじ開けると中に入った。地下へと降りる。この隠し通路から外に出られるのだ。


 ほどほどに進めば目的の場所に出た。階段を登る。


 出口である城壁の上から見下ろせば、まだユウヅツがそこにいて、城へ視線をそそいでいた。


「とうっ」


 その真横へと滑り落ちれば、ユウヅツは突如として人が降ってきたことに悲鳴をあげた。そして、その正体がトカクと分かると更に狼狽した。


「お、おうじっ」

「おやおや~!? こんなところで会うとは奇遇だなユウヅツ卿。田舎に帰ったものと思っていたぜ!?」

「皇子殿下っ……」

「妹に近付くな」


 横っ面をひっ叩いてやると、ユウヅツは簡単に倒れた。雪の中に手をついて、ユウヅツは怯えた表情でトカクを見上げる。


「ウハクは来ない。立ちんぼするなら領地の田んぼの横でやるんだな」

「ちが、ちがいます。俺は……」

「身の程を知れよ。ウハクは何故か貴様を気に入っているようだが、ドテカボチャを皇室に迎えることはない」

「違います! そのようなつもりはなく……。お……恐れ多くも第二皇子殿下に申し上げたいことがあり参りましたっ!」

「はあ、ボクに?」


 言い訳にしても無理がある。と思いつつ、下級ながら華族子息が濡れた地べたの上で臣下の礼を取って「皇子に話がある」と述べたのを無碍にするのははばかられたので、トカクは聞く姿勢を取ってやった。


「なんだ、言ってみろ」

「はい。寛大な御心に深く感謝いたします。それで、あの……、あの……」


 ユウヅツは、とても言いづらそうにしていた。


 まあ、無い用事をひねり出しているからだろうなとトカクは思っていたので、期待も催促もせず待った。

 ……怒りに身を任せて来てしまったが、つまらないことをしてしまった。卒業まで殴らずに我慢してきたのに、ついに殴ってしまったし、それでスッキリしたわけでもなく、気力だけ削がれ、ただただ後味が悪い。


 冷静になったトカクはユウヅツから顔を背け、はあと深く呼吸する。吐く息が白い。……爪のびているな、と手元を見た。

 寒い。早く帰りたい。そう思っていた。ユウヅツの次の言葉を聞くまでは。


「……ウハク皇太女殿下は、何者かに毒を盛られたのではないでしょうか?」


 トカクの顔から表情が抜け落ちる。その能面の様相でユウヅツを見下ろしたのだが、こうべを垂れているユウヅツは気付いていないらしく、さらに話をつなげた。


「その毒はツムギイバラの種。米粒ほどの小ささでありながら猛毒で、五粒も吞み下せば二度と目覚めることはございません。特徴的な芳香がありながら、それは種を割った内側に閉ざされ、食事に混入されれば気付くのは困難。体内に摂取した後、三十分ほどかけて胃の中で溶けだして効果を発することから、古くより暗殺に用いられてまいりました。そのため、その時代ごとの為政者によって独占されつつ、根絶を願われておりました。……同時に、眠るように死ねることから貴人の自決にも使われ……」

「貴様」


 何故それを知っている?

 と言いかけたのを、トカクはどうにか押し込んだ。


 うつむいていたユウヅツの胸倉をつかみ上を向かせ、トカクは凄む。


「その口を閉じろ。姫に毒など滅多なことを言うな、縁起でもない。そのような事実はない」

「! ……あ、も、申し訳ございません。無事ならよいのです、ただ、あの、……心配で……」

「何故?」

「え」

「何故そんな心配を? どこかで何か聞いたのか? ……いや、よい。ここは場所が悪い」


 トカクは大きく息を吸った。


「誰か! 曲者だ!! 出合えーっ」

「は……」

「この男をひっ捕らえよ!」


 びりびりと空気を裂いた皇子の声に、付近の衛兵が血相を変えて集まってきた。

 顔を真っ青にして逃げようとしたユウヅツを、トカクは引き留める。そっと耳打ちした。


「悪いようにはしない」

「ぜぜぜぜったい嘘じゃないですか!?」


「皇子、何故こんなところに!?」と衛兵が叫ぶのに、トカクは「窓から怪しい奴を発見したので捕まえにきた」と返す。


「危険なことはお控えください! 我々に任せてくだされば……!」

「一応は同級生だったからな。ボク直々に事情聴取をしてやろうかと。……ふさわしい理由なく城の周辺をうろついていた不審者、とはいえ由緒ある男爵家のご子息だ。丁重に扱え。あとで再度ボクの方から話を聞く」

「はっ!」


 衛兵はユウヅツを拘束し、その身柄を城の離れへと連行していった。皇子殿下お許しくださいとかわめいているのをトカクは見送る。


「さあ皇子殿下。あなたもお部屋にお戻りください」

「ああ」


 護衛されながら、トカクもまた城壁の中に戻った。


 ユウヅツは、一介の男爵令息が知るはずのないことを知っていた。ウハクが毒を盛られたこと――だけではない。

 ツムギイバラの種のことだ。


 ツムギイバラは、その危険性から存在そのものが秘匿されている。知っているのは皇族の上澄みや、その侍医や腹心くらいのもの。


 千年ほど前。時の権力者が政敵を葬るべく、人為的な交配の末に生み出した羅刹の毒草。――現在の皇室は、それで成り上がったと言っても過言ではない。

 種はあれど自然に受粉することはなく、接木でしか増えないはずなのに、いまだ無くならない忌まわしき皇室の汚点。


 それを知っている時点で、只者ではない。すると、ウハクの件も当てずっぽうや小耳にはさんだ程度の情報ではない……かもしれない。


「話を聞かなきゃならねーな……」


 もしかしたら妹に毒を盛った犯人を突き止める手がかりになるかもしれない。

 トカクはそう思った。

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