第2話 ささやかな国葬

翌朝、アンドレアはいつもより早く目が覚める。連日の精神的疲労から解放され安心して寝られた。


「早くサリコス軍団長の報告が聞きたいのですが・・・。」

「姫さま落ち着いてくださいませ。お話は伺っておりますが、まずは身支度とお食事が先です。報告を受けるにも礼儀は必要ですのよ。」

お付きの侍女に髪を結わせ、服を着せてもらってから会食場へ向かうために部屋を出る。


「おはようございます。お目覚めはいかがでしょうか。」

サリコス軍団長が部屋の扉の前で挨拶をする。


「ごきげんよう。」

アンドレアが挨拶を返す。

「本日より、近衛軍団はアンドレア王女の護衛に付くことになりました。何なりとお申し付けください。また、葬儀に関する報告は謁見の間で行わせていただきます。」


アンドレアは「謁見の間」と聞いて考え込む。


・・・どこかの公爵家の方が引き受けてくださったのかしら。これで安心してお父様をお見送りできそうです。どなたか存じ上げませんが感謝いたします。


アンドレアは心から数多の神々に感謝を捧げ幸福感を感じていた。


〇 〇 〇


アンドレアは食事が終わると精一杯の着飾りをする。


葬式の時の様式は国によって様々だ。トランダム王国ではなるべく派手に着飾って、にぎやかに楽器などを叩きながら死者を神々の下に送り出すことが最上の葬儀だと考えられていた。


その後、侍女を連れてサリコス軍団長の後を付いて謁見の間まで案内される。


その間、アンドレアは一つの疑問をサリコスに訪ねた。


「そういえば、私の護衛とおっしゃっていたような気がするのですが、何かのお間違いではないでしょうか。」

「フム、そういう認識ですか。いずれわかることなのでお気になされないよう。」


何か政治的な思惑に乗せられている様で嫌な感じを受けるが、アンドレアはそれ以上何も聞かなかった。

・・・お父様の国葬はうまく行っているようなので、それを妨げるような行動だけはしてはいけない。

と自分に言い聞かせていた。



謁見の間の扉が開かれると、正面の玉座まで真っすぐ伸びた赤い絨毯が目に入る。

「国王代理、アンドレア王女のご入場。」


・・・えっ、今なんて言いました。

アンドレアは喉元まで出かかった言葉を呑み込む。


トランダム王国では前国王の喪主を務めた者が次の王になるという慣例があった。さらに、近衛軍団がアンドレア王女を護衛するということは、近衛軍団がアンドレアを支持するということだ。

これは、後継候補である6人の王子たちへの宣戦布告にもなる。


アンドレアはその一瞬ですべてを理解し覚悟を決めた。


葬儀だけなら王子たちの許可を得ていたので言い訳のしようもあるが、王国でも一目置かれている武力集団を掌握したとなれば他の王子たちが黙っていない。まだ幼いアンドレアでもこのぐらいのことはわかる。

アンドレアには6人の王子たちを取り込み、場合によっては粛正して女王になるなどという野心はなく、そもそも国の運営などに興味はなかった。


・・・これは、遺書が必要になりそうですわね。

左右に居並ぶ文官や武官たちの間を通り、玉座の前まで進みながら、ため息交じりにそう思うアンドレアだったが悲壮感はなかった。それも運命だと結論付けた。


国葬は粛々と行われ昼前にはすべての行事が終わり、亡き前国王は無事に埋葬された。王子や他の貴族たちの妨害が来る前に終わらせようと、近衛軍兵士たちが協力し文官や官僚たちを急かして回っていたのだ。


その後、アンドレアはお飾りではあるが、国王代理として玉座に座ることになった。


☆ ☆ ☆ 抗議


「謀ったなアンドレアめ。」

有力候補ではあったが、生来の優柔不断のため何の対策も打てないでいた長子フタミン・ファング王子は激怒していた。


「お怒りはごもっとも、しかし、まだ女王として戴冠したわけではありません。少し冷静になりましょう。」

後援のヘルミア・ベンジョン辺境伯はフタミン王子をなだめる。


「そもそもお前たちがもたもたしているから、近衛軍がアンドレアを擁立してきたんだろう。」

フタミン王子はヘルミア伯を詰り始める。


「それが、近衛軍は中立を宣言していたので、いったい何が起こったのかよくわからないのです。」

「そうではない。近衛軍を動かしている貴族がいるはずだ。それは誰かと聞いている。」


フタミン王子は、八つ当たりし怒鳴り散らしている間に、頭の整理が追い付いてきたのか冷静になって状況を判断するための情報を得ることに注視する。


「それが、心当たりがないのですよ。そもそも前国王が平民出を集めた直轄軍だったので、貴族とのかかわりがあるとは考えられんのです。」

ヘルミア辺境伯は腕を組んで考え込みながら答える。


本来、国を揺るがすような後継者争いともなれば、貴族ごとの派閥単位で支持する王子が決まっていく。貴族同士のパワーゲームでもある。

対して近衛軍は底辺貴族の集まりであるがゆえに貴族のしがらみがない。近衛軍団には後継者争いに介入するような余地はないし介入する義理もない。あるとすれば、完全に優位になっている王子に付く宣言をして年俸を少し上げてもらう、といったようなことぐらいだ。


つまり、底辺の騎士階級にとっては平民同様、王が誰になろうが興味はないし誰になっても何のメリットもない。底辺貴族がアンドレア姫の健気な心意気に心を打たれて擁立するなどということには思いが至らない。

これは他の王子たちも同じ思いだった。こうなると後継者争いどころではない。王子たちはお互いに使者を出し合って和解した。



数日後、6人の王子たちは疑問を解決させるためアンドレアがいる王宮に出向く。

和解の動きを知ったアンドレアが、王子たちをお茶会に招いたのだ。


「ごきげんよう、お兄様方。よくいらっしゃいました。」

「聞きたいこと・・・いや、断罪したいことがある。」

フタミン王子が真っ先に口を開く。


「はい、その誤解を解くためにお話し合いをしたいと思い、お茶会を設けさせていただきました。」

円形テーブルではあるが、王子たちを上座側に座らせてからアンドレアは下座側に座る。

侍女たちによって手際よく紅茶とお菓子が用意された。

お茶会の作法として、最初にアンドレアが紅茶とお菓子を口にする。


「フン、もう少しうまいものはなかったのか。」

王子の一人がボリボリ食べながら呟く。


「はい、お父様の代から、料理人にはお金がかかる贅沢な物は控えるように伝えてあります。」


王子たちは少し驚いていた。それぞれの母方の実家では、王族の血縁であるということで贅沢三昧の甘やかされた生活を送っていて、贅沢な物を控えるなどという発想はしない。

王子たちから見たアンドレアは、前王の元で無い不自由ない生活を送りながら、これ以上はないぐらいの贅沢な暮らしをしている、と常々考えていたからだ。


「朝は何を食べたのだ。」

王子の一人が訪ねると、

「はい、お野菜たっぷりのスープです。今日はお肉がちょっぴり入っていたのでうれしくなりました。でも、もう少しお塩を入れてもらえるとよかったのに・・・あっ、今のは内緒にしておいてくださいね。」

「まったく、そんな料理人のクビなど刎ねてしまえばいいだろう。」


我儘いっぱいに育てられてきた王子たちには、アンドレアの考え方は理解できない。それどころか、「料理人にさえ強く出ることができない者に、家臣が付いてくるわけがない」と軽んじ始める。


これは、余計な詮索をされなくなったアンドレアには良い結果となった。


「それで、お前の望みは何だ。」

政治的な立場を問うため、フタミン王子が直球の質問を投げかけてきた。


「そうですね。もっと強くなったら近衛軍に入りたいと思います。」

とぼけているのか天然なのか話が飛んだ。

同時に、アンドレアには『王』になる気がないことを悟った王子たちの気勢がそがれる。


「まったく、何しに来たのかわからなくなったぞ。」

次男のソウルス王子が呟く。


「それでしたら、ここで次の国王を決めませんか。」

アンドレアは待ってましたとばかりに話を切り出す。


「それならば、長兄の私が相応しいはずだ。」

「まて、中部地域を抑え貴族たちの支持を多く集めている私の方がふさわしい。」

長男のフタミン(42)と次男のソウルス(40)の2人が真っ向から対立を始める。


この歳まで、自分の母方の一族の中で大事にされてきたのは、次期王としての価値があったからだ。その価値が無くなれば、当然のように蔑まれて惨めな人生を送らざるを得なくなる。もちろん、行政手腕に優れていたり、武芸に秀でていれば活躍の場はある。

だが、凡人である両者には何の取柄もなく、本人たちもそれを自覚していた。王になる以外の生き方を知らないのだ。


また、この歳で放り出されれば今までの生活を続けることはできなくなるどころか、一族の中で煙たがられるのは目に見えていた。何よりも『立派な血筋である』という己のプライドが許さない。

王を毛嫌いしながらも、王の血筋であることに誇りをもっていた。


三男(20)を含めた4人の王子たちは、上の二人と歳が離れており歳も若いため、そこまでの切実さはない。アンドレアの健気さに共感し『自分は何になりたいのか』と試案していた。


「それなら国をいくつかに分けたらどうだろう。」

王子の1人が提案する。


「なるほど、それは妙案だ。北方の遊牧民たちは、部族長が亡くなると子供たちに財産を分けると聞いたことがある。」


王子たち6人は、すぐに土地の分配を巡って話を進める。


蚊帳の外に置かれたアンドレアは違和感を感じていた。

・・・お父様からは、愚策だと聞いたことがあったような。


だが、兄たちが和気あいあいと話をしている姿を目の当たりにしていると、話し合いが終わる最後まで言い出すことができなかった。


〇 〇 〇


そのお茶会の2日後、長男のフタミン王子が毒殺される。


他の王子を支持する貴族が手を回したかもしれないし、フタミン王子の後援の貴族が手を回したのかもしれない。フタミン王子の料理人や付き人はすべて責任を取らされ殺害され、真相は闇の中に消えていった。


そして、次男以下の5人の王子たちは、再び屋敷に引きこもる生活に戻る。


時間とともに王子たちの対立は深まり、王都内では王子たちを支持している貴族同士の小規模な小競り合いが起こっていた。

小競り合いがおこるたびに死傷者は出ていたが、それが決定的に有利な状況となることはなかった。また、王子たちも積極的に攻勢に出ようと決断できる者がいないため、睨みあいは1年も続いた。

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