古代王国、後継者争いの日常--王の資格--全4話

白山天狗

第1話 アンドレア王女

その年の秋の初め頃。夏の初めから続いていた長雨によって、トランダム王国北部で不作が続いていた。


王宮の大広間では三か月に一度の定例の報告会が行われていた。


「陛下、このままでは冬の食料が不足します。すぐに手を打たなければ大量の餓死者が出ることでしょう。」

食料長官ドーズ子爵は難しい顔をしてフェリオ・ファミング王に報告する。


「チッ、今まで何をしておったのだ。毎日昼寝でもしていたのか。」

「まったく、これは大きな失点となるのは覚悟の上であろうな。」

「こんな無能はサッさと解任してしまえ。」

他の貴族たちからは遠慮の無い罵声が飛ぶ。


貴族社会において、このような罵声や揚げ足取りはごく当たり前のこと。いちいち気にしていたら胃がいくつあっても足りない。

とはいえ、罵声を浴びせられた恨みは残るものである。後でつまらない仕返しをすることはよくある。

酷い時には隣り合っている貴族同士で戦争に発展し、いつの間にか片方の貴族が一族ごと消えていたという話はざらにあった。


「そうか、よく知らせてくれた。何かできる対策はあるか。」

ファミング王は片手を上げ、他の貴族たちを制しながら速やかに対策を協議するよう促す。


「それでしたら、今年は南部方面が豊作だったので、南部で余っている食料を北部に持っていけばよろしいでしょう。」

貴族の一人が提案する。話はとても簡単なことなのだか、そうはいかないのが政治の世界。


「当然高く買っていただけるのでしょうな。」

「フム、相場の3倍ならお譲りしましょう。」

「なに、そんなに払えるか。」

「ホホウ、それはいいですな。輸送費は北部の諸侯が負担してくださいよ。」

「どこにそんな金があるというのだ。」

「無ければ民から巻き上げればいいだろう。」

「そんな簡単にいくか。」

「なんだその言いぐさは、売ってやろうというのに立場をわきまえよ。」

「なんだと、それなら貴様の領地ごと奪ってやるわ。覚悟しておけ。」

「はっ、お前ごときの軍隊など軽く返り討ちにしてやるわ。」


会場はざわつき始め、アッという間に貴族たちの間で罵声が飛び交い始める。底辺貴族の男爵位たちが集まる壁際では、すでに殴り合いが始まっていた。


すべてとはいわないが、ほとんどの貴族は領地を任された小さな王である。貴族同士が争ってどちらか一方が殺害されたとしても、代わりに決められた税さえ払ってもらっていれば何の問題にもならない。王族には底辺の一貴族がどうなろうと関わり合いの無い話なのだ。


・・・やれやれ、また始まったか。

フェリオ王はため息を吐く。


食料が余っている諸侯は、少しでも自分の儲けが増えるよう話を誘導し、食料が足りない諸侯は少しでも節約しようと値切りだす。

支配する領地をあてがわれ、税として集まる金や物資が多くても、あればあるだけ使ってしまうのが人の性だ。よほどの倹約家か計画的に財産を管理できる者でもない限り、裕福な諸侯などはほとんどいないのだ。


「この件での話し合いは、また明日に行うこととする。」


乱闘が始まれば話はまとまらない。死傷者が出ることもあるが、不幸な出来事で済ませられるのが普通だ。大領地などの大物が死に至らない限り、飽きるまで続けられる。

昼も近づいてきていたためファミング王は解散の宣言を出し、逃げるように会議場を後にする。


〇 〇 〇


翌日、ファミング王は流行り病で寝込む。


数ヶ月に及ぶ長雨は作物だけではなく、人々の体にも被害を及ぼす。

人は日の光を浴びることによって、骨や筋肉だけでなく免疫機能を強化している。もちろん浴び過ぎもよくはないが、浴びなければ病気に罹りやすくなる。


北部にある王都やその周辺地域では、人々の免疫機能が低下し流行り病が蔓延していた。その病いも軽症で済む者もいれば、重篤化し死に至る者も出ていた。


数日後、重症だったフェリオ・ファミング王が肺炎で急死する。その話は瞬く間に広がり、次期王を決めていなかったトランダム王国内では王位軽症争いが勃発する。


☆ ☆ ☆ 王位継承者たち


王宮には6人の王子と貴族たちが集まっていた。


「皆よく集まってくれた。次期国王には長子のフタミン・ファミング様が良いと思う。異論がなければ明日にでも即位式を執り行う。」


玉座の横に立ち、『自分が次期国王の側近だ』といった既成事実を作るため、ヘルミア・ベンジョン辺境伯はあえて尊大に振る舞った。

だが、これでうまくいくほど暴力が容認されている貴族社会は甘くない。


フタミン王子が王となれば、フタミン王子と一番親しくしているヘルミア辺境伯と敵対している者や、他の王子と懇意にしている者の立場が弱くなる。


「貴様は誰の許可を得てそこにいる。部外者は黙ってろ。」

「そうだ。ブチ殺されたくなければサッさと降りろ。」

「お前のようなセコイ野心家に大臣など勤まるか。」

「正当な後継者は長子と決まっているだろう。お前たちこそ口を慎め。」

「そんなへ理屈が通用するか。」

「それなら次男のソウルス殿が相応しい。」

「何言ってやがる。豪遊で名を馳せる六男のオータス殿こそが相応しいのだ。」


貴族たちは、それぞれ自分にとって都合のいい王子を推薦する。

後継者を指名しないまま王が他界すれば、たいていの場合は揉めるものだ。


王宮の議場はハチの巣を突いた騒ぎになった。


それでも玉座の横から離れようとしないヘルミア辺境伯を引きずり降ろそうとする者、伯を守ろうとする者たちの間で殴り合いが始まる。

弱肉強食のこの時代、品よく話し合いをしましょう、と考える者などいないのだ。


王としての権威。それは王として即位し貴族たちに認められて初めて存在する。

この場を収める行動をすることさえできない凡夫王子たちにその資格はなかった。


数時間続いていた殴り合いに貴族たちが飽きた頃、議場から王子たち全員が消えていた。王子たちは、自分たちに危害が加えられる前に、それぞれの屋敷に帰っていたのだ。


〇 〇 〇


その後、それぞれの王子たちの各屋敷には、それぞれの王子たちを支持する貴族たちが毎日集まって気勢を挙げる。といっても、自分たちが支持する王子が積極的に動こうとしないため、することがないので酔っぱらっていただけではあるが・・・。


その時点で兵を集め、他の王子たちを懐柔するか、敵に回るようなら殺害して回っていれば自然と国王は決まるものだ。

それが普通の王国の日常ではあるのだが、王子たちは誰一人として兵を上げることができなかった。

誰も決断できなかったのだ。


〇 〇 〇


睨みあいが続いていたある日、7番目の王位継承者であるアンドレア王女が動き出した。


「このまま亡くなったお父様をベッドの上に放置して置く事はできません。お願いですから葬儀を済ませてください。」

アンドレアは午前と午後に一度ずつ各王子を訪ねて回り、急死したままベッドに横たわっている国王の葬儀をするようお願いして回っていた。


「フタミンお兄様、後生ですから継承争いはお父様の葬儀を済ませてからにしてくれませんか。」

「何を言っている。そんなことは王位を継承してからでも遅くはない。それより、お前は私に付いてくれるのか。」

「私には何の力もありませんし、付くとしたらお兄様方すべてに付かせていただきます。できればみんな集まって話し合ってくださいませ。」

「フン、話にならん。帰れ。」


アンドレアは長男の屋敷を追い出されると、次は次男のソウルス王子の屋敷へ向かう。


「おおアンドレアよ。私を支持してくれる気になったのか。歓迎するぞ。」

「いえ、ソウルスお兄様、お父様の葬儀を・・・。」

「その話か。それは使いの者から聞いている。もう帰れ。」


屋敷を追い出されると次の王子の屋敷を訪ねるがどの王子からも色よい返事はなかった。


歳が近かったため仲が良かった六男のオータス王子でさえも、

「どうせ私のところが最後だろう。あれほどよく目をかけてやったというのに私が最後なのか。」

「はい、申し訳ありません。後でいかような罰をお与えいただいてもかまいません。お父様の葬儀だけは上げなくてはならないと思うのです。オータスお兄様もぜひ一緒に、他のお兄様方を説得して回りませんか。」

「今は大事なところなのだ。そのようなことにかまけている暇はない。」


最後の頼みの綱であるオータスにも体よくあしらわれた。


だがアンドレアは諦めなかった。昼食を済ますと再び王子たちを訪ねて回る。しかし、結果は何も変わらなかった。



「ダメでした。どうしたらいいのでしょうか。」

ベッドに横たわる父の亡骸の手を取り涙ぐむ。勝気なアンドレアにしては珍しく落ち込んでいた。


亡きフェリオ王には子供が20人ほどいた。本当ならアンドレアの上には15人の王位継承者がいたが、その内の5人は病気に対する免疫を獲得する前に他界し、3人の王女たちは有力貴族たちに降嫁していた。


アンドレアと6人の王子たちとは母親の違う異母兄弟であった。


アンドレアにとって、頼りの肉親である母は、産後の症状が悪くすでに他界。頼りは曾祖母のサマンサだけだったが、最近は腰が曲がって立って歩くのも辛い様子だ。

数日前に会った時ときは、実子のフェリオ王が急死したことで酷く落ち込んでいた。


「これ以上、お婆様にご心配をおかけしたくはありません。明日もお兄様たちのところへお願いに行ってまいります。」

一しきり泣いたアンドレアは、父の手を握りしめ、誓いを立てるように呟いた。



翌日、再び兄たちの屋敷を訪れる。


「アンドレアよ、何度来ても同じことだ。なぜそこまで葬儀にこだわるのだ。」

「ここまで育ててもらった、せめてもの恩返しと思ってくださいませ。」

「フン、育ててもらったか。」

「・・・?」

アンドレアは言葉の意味がわからないため小首をかしげる。


「アンドレアはずいぶんと可愛がってもらえたようだが俺たちは違う。あいつの血を受け継いでいると考えるだけで虫唾が走る。

それにな、俺の育ての親は母方の実家であるヘルミア辺境伯だ。がめつい小心者だが俺はヘルミア家のために王になるのだ。

恐らく、それぞれ別の育ての親を持つ弟たちも同じ気持ちだろう。フェリオ王は、俺たちにとってはいつか倒すべき相手だったのだ。」

「えっ、そんな・・・。」


遊牧民的な生活習慣が抜け切れていない古代王国では、子供が生まれても育てるのは母親とその一族であり、父親は自分の子を財産の一つとしか見ていないところがあり、それは妻たちに対しても変わらない。

それでも、気に入った子供、あるいは気に入った妻がいれば同じ屋敷内で一緒に生活したりすることもある。


「まぁいい、葬儀がしたければアンドレアがやればいい。反対はしないし興味もない。それに、お前を争いに巻き込みたくはないのだ。わかったらすぐに帰れ。」

「はい。」


アンドレアは長男であるフタミンの屋敷を出る。


・・・そんなふうに考えているなんて、知らなかった。


貴族と言っても様々だ。戦いの多い地域の貴族なら、百戦錬磨の荒くれ者や食わせ者のような者たちでなければ生き残ることはできない。領民のために生きる貴族など存在すること自体が奇跡なのだ。


その後、アンドレアは他の王子たちとも話し合うが、結果は同じであった。それでも成果はあった。王子たち全員から「葬儀なら勝手にすればいい」という言質が取れたのだ。


王宮に帰ったアンドレアは、すぐに葬儀のやり方、儀式の方法を聞いて回る。王宮の侍女たちや財務や政務を取り仕切る官僚たちに聞いて回るが、王子たちの動向以外に興味を示す者はいなかった。


・・・どうしたらいいのでしょう。王族の墓の近くに穴を掘ればいいのかしら。


アンドレアが王宮の敷地の奥にある墓場で穴を掘ろうとしていると、近衛軍の軍隊長サリコス・スタムリリ子爵が近づいてきて声をかける。


「アンドレア姫様。今日はお掃除ですかな。」

「いえ、お父様の葬儀をしようと思って・・・。」

「お一人でですか。」

「はい、どうしたらいいのでしょう。」

アンドレアは困った顔をしながらサリコス軍団長に返事をする。


「やれやれ、そういうことでしたら私どもに御命じくだされば良いのです。」


今回の王位争奪戦に対し、近衛軍は中立を宣言していた。

隊のほとんどの者は、貴族といっても底辺の騎士階級がほとんどである。サリコス軍団長は子爵の地位でこそあれ、土地を持たない一代限りの名誉子爵でしかない。参加してもしなくても立場どころか何のメリットもない。


「それでは、お願いします。」

「どのようなお立場でのご命令ですかな。」

サリコス軍団長は真面目な顔をしてアンドレアを見つめる。


国王の葬儀など気楽に頼んでいい事柄ではない。

『はっ』としたアンドレアは言葉を選んで言い直す。


「・・・王族の代理として、亡き父フェリオ王の葬儀をお願いします。」

「謹んでお受けいたします。」

アンドレアには、サリコスが子供のままごとに付き合ったつもりなのか、本気だとしてもどこまで本気だったのかはわからない。だが、命令を受けたサリオスはすぐに行動に移る。


「よーし、まずは葬儀の手順を知っている政務官を無理やりに拉致して協力させるぞ。場合によっては脅しや暴力も許可する。死力を尽くせ。以上、解散。」


サリコス軍団長たちに付き従っていた者たちは一斉に走り出した。


「あの、私にできることはありませんか。」

「そうですな、まずはゆっくり休んでもらって、明日の報告をお待ちください。上に立つ者にはどっしりと構えていてもらえると、兵たちも安心して働けます。」


近衛軍の兵たちはアンドレアが亡き国王の葬儀に力を尽くしていることを知っていた。近衛軍はフェリオ国王が育てた直近の部下たちであり、国王には恩義と忠誠を誓っていた。病気で倒れ呆気なく亡くなっているのに、いつまでたっても葬儀の話が出てこないことに苛立っていたのだ。


そんなときに、10歳のアンドレア姫が王子たちに葬儀をするよう頼んで回っていた。

そのことを知ったサリコス軍団長が指揮官たちを集めて議題にかけると、満場一致でアンドレアに全面協力することになった。

兵たちは、各指揮官たちからその話を聞くと大喜びで飛びついた。


「やりましょう。未来の女王のために。」

「まて、そんな話にはなっていないぞ。そもそもそんな話が王子たちの耳に入ったら殺害されるのは目に見えている。控えろ。」

指揮官たちは葬儀をすることだけを考えていたが、兵たちの予想外の反応に驚いていた。


「わかりました。それでは全力で護衛いたします。」

「話を聞いていたのか。」

指揮官は、これ以上話が膨らまないように宥めようとするが、勢いづいた兵たちの気勢は止まらない。


「そうか、俺たちで守ればいいんだ。そのための近衛軍じゃないのか。」

「やるぞ、ボンクラ王子たちを出し抜くんだ。」

「そうだ。あの王子たちの下で働くなんて冗談じゃない。健気な王女を守るぞ。」


指揮官たちはサリコス軍団長と再び協議する。


「いいんじゃないか。私も兵たちの意見に賛成だ。」

「そうだな、王子たちは凡庸すぎる。」

「誰が王になっても、貴族の総入れ替えが起きるだけだな。」

「結局、貴族たちは手を汚さず、捕らえて粛正するのは俺たちだ。」

「我らは公平に判断し、評価してくれる王を持ちたいだけなのだ。」


それぞれの指揮官たちの思惑は違うが、アンドレア姫を担ぎ上げることに異論はなさそうだった。


「それでは、我々近衛軍は7人目の候補を担ぎ上げる、ということでいいんだな。後戻りはできない。覚悟はいいか。」

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