9P 無粋な闖入者

砂から生まれた巨龍は、その身をよじると、結以にめがけてたたきつけてきた。何とかその攻撃を紙一重でかわしつつ、あの龍が何かを探る。名前はわかっている。


「あれは……サンドーラー、でしたか」


 それは砂海に生息するサンドワームから誕生する怪獣。砂海を行く船乗りの最大の敵として恐れられる、砂の龍だ。その大口で小さな船ぐらいなら丸のみにしてしまう。

 神核の属性はあらゆるものを消化する「食」だったか。その巨体故に非常にタフ、本来なら巫女神が複数人で討伐にあたるような相手だ。

 今いるのは結以と小春の二人、小春の音の神核が攻撃に使えるかは未知数なので、現状は一人で相手にしなくてはならない。神核にため込んだエネルギーをすべて費やして勝負師、それで勝てるだろうか。


(難しいですね。仕方ありません、撤退させるのが一番です)


 そう判断するや、背から光の翼を伸ばし、飛翔。敵の攻撃をよけつつ、空中から光芒を撃ち放っていく。

 いくつも放たれる「レーザー」の光。それに伴って光の杭「アロー」も撃っていく。

 光の羽をまとってそんな攻撃を繰り出すさまは、まるで天使のようだ。地上を制圧する恐るべき制圧攻撃で、あらゆるものを焼き尽くしていく。

 だが、サンドーラーはそんな攻撃をものともせず、口に砂の塊をため、それを吐き出した。


「っ⁉」


 迫りくる砂球をすんでのところで回避し、反撃に転じる。が、「」を撃つよりも早くサンドーラーはさらに砂玉を吐き、結以を打ち落とそうとする。


「っ、このぉ!」


 ならばと、全身からほとばしる光を、サンドーラーにたたきつける。砂玉ごと焼き切った敵の体の節々から紫色の体液が飛び散り、辺りの砂に染み入った。「蜘蛛の巣」は確かにサンドーラーの肉体を焼き尽くした……はずだが、その巨体は結以にめがけて向かってくる。

 光芒を再び束ね、結以は「盾」を展開する。砂を蹴って飛び上がり、翻りながら敵の傷目掛け再び「レーザー」を照射。矢のごとく何度も撃ち放つがそれでも止まらない。


『結以ちゃん! あれを縛れない⁉』

「縛る、ですか?」

『ほら、光をこう縄みたいに、とか!』

「む、難しいかもしれませうひゃぁ⁉」


 答える間もなく、サンドーラーの放った砂玉をひっかぶってしまった。ぺっぺっと砂を吐きながら、先ほど言われたことを思い出す。縛る、できないことはないだろうが……と、その時。結以は浜のほうに放り出していた釣り竿を見つけた。


「そうだ!」


 結以は手のひらから光芒を伸ばし、それを絡めとる。引き寄せたそれを手に持ちつつ、結以は迫りくる砂玉を再び回避した。


『それ、始君の釣り竿だよね?』

「はい、万能釣り竿です!」

 

 この万能釣り竿は神機だ。神機とは、巫女神や怪獣の持つ神核を材料に作成される道具で、それを使えば生身の人間でも、法力を操ることができるようになる。あくまで道具を通して、その道具の力を使う形でという制約がつくのだが。巫女神のように自在にとはいかない。

 だが、もしもそれを巫女神が使えば、話は大きく変わってくる。


 普通の人間が使えば、それは法力を操るための魔法の杖代わりとなるそれは、巫女が身に対してはその力をさらに強化するアタッチメントとなる。


 つまるところ、普通の人間では不可能な領域で自由自在に縦横無尽に、手足のように動かすことができる。


「伸びろぉ!」


 光を帯びた釣り糸が、サンドーラーめがけて伸びる。結以の放った光芒よりも細く、しかし強く輝くそれらは敵の体へと瞬時に張り付き、完全に縛り上げた。

 サンドーラーは身をよじり、糸を引きちぎろうとする。しかし、体を動かすたびに糸はその肌に食い込み、紫の血がばらばらと飛び散った。先ほどのスナミミズのように逃がしはしない。

 光を捏ね上げ、再び杭を作成。先ほど杭を打ち込んだ傷口に目掛け、突き刺す。また粘液が飛び散る。

 サンドーラーの動きが変わった。敵への追撃ではなく、逃れるために身を捩り始める。


「頃合いですか」


 結以は釣り糸の締まりを緩め、自身のほうへ手繰り寄せた。サンドーラーは、痛みが引いたのをこれ幸いと、砂海のほうへ一目散に逃げていく。それを見届け、結以は地面に降り立って、翼を消す。翼から離れた光の羽が、風に舞って消えていった。


『わお……やっぱりすごいじゃん』


 息を整える結以の耳に、小春の呑気な声が届いた。


「そうでも、ないです。結構体力を使っちゃ、って……あう」


 喋った途端、結以の体が糸の切れた人形のようにくずおれた。


『ちょ、ちょっと⁉』


 小春が支えようと動くが、彼女の体は結以を透過してしまう。


『あ、ごめん!』

 

 結以の頭がゴン! と地面にぶつかった。

 痛いなぁと人ごとのように思いつつ、ああ無理をしすぎたと、結以はいまさらに後悔した。これは当分の間、動けそうにない。


「……小春、さん。サークラーの……船に乗ってる人に、声をかけてくれませんか?」

『いいけど……え、大丈夫? その、だいぶあれな感じだけどさ』


 小春は岸辺に座礁した船のほうを見て、若干言葉を濁す。

 サンドサークラーは元がバギーの砂船である。見た目そのものが、二重の意味でかなり悪い。ついでに張られたステッカーも、印象の悪化を加速させていた。髑髏マークにKILLだのBADだの、なんとなく悪そうな見た目のとげとげしいステッカーが大量である。


「見た目は、あれですけど……大丈夫、です。友人の、船なので」

『友人の船、ね……いやぁ、うん、まぁ……よしわかった、声かけてくる』

 

 正直近づきたくない関わりたくない、というのが小春の本音だった。

 それをいったん隅に置いて、彼女は船に近づいた。相手の船は怖いが自分も幽霊である。つり合いは取れている、はず。多分。きっと。というわけで声を発した。


『え~と……その、結以ちゃんのお友達? の方~! ちょっと出てきてもらえませんか~?』


 返事はない。首をかしげながらもう一度……


『誰かいるのかい?』

『わひゃ!』


 違った、遅かっただけだった!

 スピーカー越しに聞こえたのは女性の声、少々高いアルトボイスだ。声の主は、続けて小春に問いかける。


『あんた、結以の友達かい? さっきのもあんたの声だろう?』

『あ、あ~……まあそーですけど』

『なら、ちょいと手伝ってくれないかい? ドアがひしゃげて外に出られなくなったみたいでね。そっちから引っ張てみてほしいんだ』


 幽霊なので無理である。


『あ~……え~っと。私、お化けとかそういうのなんで、触れないんですよねぇ……』

『……何寝ぼけたこと言ってんだい。幽霊なんて悪い冗談はよしな』

『冗談じゃないんだけど。うむむ……あ、いい方法思いついた』


 音の力をうまく活かせばいいのだ。

 この身に残った「音」の力は、生前こそ使わなかったものの、戦闘のための力に転換することができる。それをさらに応用して、例えば音によって生じる振動をうまく操れば……

 そう考え、小春は船に近づき、手を触れた。途端にガシャン! と船のドアから音が聞こえた。


『お? お、開いた! なんだ、ちゃんと引っ張れるじゃないか、やっぱり幽霊なんて嘘だったんだねぇ』


 そんなことを言いながら、女性が船から出てきた。

 快活という言葉をそのまま人にしたような女性だった。金髪を団子にしてまとめていて、肌は小麦色に焼けている。

 彼女は小春を見て笑っている。どうやら本当に、小春が幽霊だと気付いていない様子だった。


「それで、なんで呼んだんだいお嬢ちゃん。……って、まぁ大体わかってるけどね」


 小春の肩越しに、彼女は結以を見つける。ぐったりとして溶けそうになっている。

 彼女は結以に近づくと、ひょいと背負いあげて船に乗っける。


「ありがとうございますぅ……」

「礼はなし。助けてもらったんだからね。ほら、そこの嬢ちゃんも乗りな。それとも、ふわふわ浮いてついてくかい?」


 半ば冗談で、女性がそんなことを言った。ちょっとむっと口を結び、小春は言った。


『じゃあそうさせてもらいます』


 女性はそうかいそうかいと笑って、小春を乗せずにそのまま行ってしまった。

 うん、苦手だ。というかあれは快活ではなく豪快だ、うん。


『というか、マジで乗せないやつがありますかー⁉』


 叫んでいても仕方ないので、小春は全速力で砂船を追いかけるのであった。

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