8P 結以の疑念と幽霊さんの謎

 始が資料を集めているのと同時刻。

 町の近く、砂海の砂浜を結以はゆったりと歩いていた。手にした釣り竿を肩にかけ、隣で話す幽霊少女の言葉に耳を傾ける。

 その幽霊少女がふと口にした言葉に、結以は驚いて口を開いた。


「え……ほとんど覚えてないって」

『うん。言葉通りの意味。私ね、自分のことちょっとしか覚えてないの』


 だから、二人に頼んだ。自分の知らないことを知るために。唯一わかっている名前を伝えて。

 と、いうことを散歩をしながら、小春は結以に伝えた。

 ちなみにこうして二人でいるのは、朝起きたらいつの間にやら始がいなくなっており、居間に「警察に行ってきます」という書置きだけが残されていたのだ。

 自分を置いていくなんて! と、最初怒った結以は始を追いかけようとしたのだが、小春から少し話さないかと誘われ、結果として今に至る。

 

 日傘片手に砂海の砂浜(白い砂が砂海の砂、茶色い砂が浜の砂だ)をてくてくと歩き、始の釣り竿を使える場所を探す。いい感じのとこで釣りをすれば、今日の晩御飯は魚祭りにできる。砂抜きやら寄生虫やらが大変だが、まぁそれは熱したりすればよいので。というか、結以がやることではないので、割とどうでもよかったりする。

 そうして釣り場を探す傍ら、結以は小春の話に耳を傾けていた。


『だから、そう……昔、よく遊んだくらいじゃ、覚えてないかも』

「そう、ですか」


 結以はひとつ、彼女に問いかけていた。昔私たちと遊んだことがあるはずだ。昔、あの神社によく訪れていた二人組の子供がいたはずだ。それを覚えていないかと。

 話始めようとしていた彼女の腰を折るように、そう問いかけたのだが、彼女は首を横に振って応じた。そして、先のとおりに伝えたのだ。


「……覚えていたら、犯人の顔も思い出せるのではないかと思ったのですが」

『思い出せたらここで事件は完結だねぇ』


 けらけらと笑う小春。その様子には、あまり嫌味というものを感じなかった。


「正直、小春さんが恨みを買って殺されるとは思えませんし」

『おやおや、ありがたいこと言ってくれるね』

「探偵としては、決めつけるのはよくないらしいんですけどね。でも、小春さんはそういう人じゃないなぁって、思うんですよ」


 もちろん、小春がそう思わせるような嘘をついている可能性は十分にある。そも彼女の、記憶がないというのも、彼女が言っているだけでしかない。ほかにその言葉の証拠となるものがない以上、完全に信用するのは厳禁。

 ……しかし、探偵というのは長くやっていると、嘘を見抜く能力というものが長けてくるものなのだが。だが結以は、あまりその能力が育っていなかった。人の言動からその旨を判断するのに長けているのは、結以ではなく始のほうなのだ。

 たとえここで小春が嘘をついていても、結以は信じてしまうだろう。信じるというのは、依頼を受ける人間としては、大事な要素で張るのだが。


「まぁ、覚えてないんじゃこれ以上追及もできませんね」

『そだね~。……あ~、でもね、全部覚えてないわけじゃないんだ。家族のことなら、お父さんのことなら覚えてるよ、結構ね!』

「お父さん……神主さんですよね」

『そそ、二人暮らしだったからかな、印象が強かったのかも。すごく、うん、すごく過保護だったなぁ』


 懐かしそうに彼女は語る。水を口に含みつつ、嬉しそうな彼女をちらりと見た。

 幽霊になって、ほとんどの記憶もなくしたのに、ここまで朗らかで、楽しそうに笑えるのか。もし自分が家族の、始の記憶を無くしたら……きっとこんな風には笑えないだろう。不安で不安で、つぶれてしまいそうになるはずだ。


 だけど、それなら。なんで小春は自分を殺した人を探してほしいといったんだろうか。自分の記憶を取り戻したいとかそれならわかる。意味も通る。

 何せ、名前以外自分が何者なのかも把握できないのだ。幽霊であっても、記憶を取り戻そうと必死に動くだろう。

 だが彼女にはその必死さはない。たったひとつ、自分の死の原因を追い求めている。そこに何があるんだ? 結以は頭をひねる。

 やはりひっかかる。何か、自分にはわからないようなことが『でも、すごい偶然だねぇ。昔よく遊んでた子が、大きくなって私を助けてくれるなんて。なんだか小説みたいじゃない?』

「へ?」


 結以はとっさに声を上げた。その変な声に、小春はどうしたのかと彼女の顔を覗き込む。


「あ、いえ……本はあまりよく読まないので知らないですが……そうなんですね」


 結以のその答えに、小春はそういうもんだよと答える。どうやら不審がられていないらしい、よかった。

 と、釣りにはよさげな岩場を見つけた。そこにひょいと飛び乗って、腰を下ろし、竿を投げる。万能釣り竿ならば釣りがへたくそな結以でも簡単に魚が釣れる。

 あっという間にまず一匹、スナアジが釣れた。


「うーん、小さい」

『これがたくさん釣れても天ぷらが増えるだけだねぇ』


 数ばかりいたら砂抜きが大変である。とはいえ釣れたし、ひとまずバケツの中に放り込んでおく。バケツには水も砂も入っていない。海の魚と違って、水の中じゃなくても生きられる砂海の魚なので、それでも元気に動き回っている。

 

『魚かぁ。そうだ、魚が好きだったのは覚えてるんだよ!』

「ふむ。そういえば神社のあのお姉さんも、魚が好きだと言ってましたね」


 お祭りのときにはアユの塩焼きをおいしそうにほおばっていたか。

 結以は彼女の顔までは覚えていない。始も言及はしなかったし、たぶん覚えていないのだろう。何せ十年、もしくはそれよりも前の記憶なのだ。幼少期の記憶は色あせて、声と音だけを残すのみ。見た人の顔も、なんとなく思い出せるくらい。


「アユをよく食べてましたが……」

『サバのほうが好きだなぁ』

「好きなものの中でも順位付けあるんですね……」


 おいたわしやアユ……なんて小ボケは置いといて。更に、結以の腕ほどもあるミミズが釣れた。通常のミミズよりも明らかに大きい巨大なそのミミズは、この砂海の中で魚を狙う捕食者である。名前はスナミミズという。


「これおいしくないんですよね」

『いやこんなの食べようとするのがおかしいでしょ』

「印度州だと普通だって始は言ってましたよ。一度料理もしてくれたんです。味のアクが強いし粘っこいしちょっと苦いし。栄養はあるみたいなんですけどね。好きになるのは厳しいですね」

『彼こんなの料理できるんだ……』


 半ば呆れながら言う小春をよそに、結以は釣り竿の先に件のスナミミズをくっつけ、釣り竿を三度垂らす。


『あれ、持って帰らないの?』

「バケツに入れたらスナアジを食べちゃうんですよ。だから、餌になってもらいます!」


 いくら魚を食うからと言って、スナミミズも結局はミミズ。砂海に住む巨大な魚の餌になったりもする。これほど大きい個体なら、スナダイあたりが食いつくかもしれない。


『しかし、良いのかね』


 少しワクワクしていた結以を、そんな小春の言葉が現実に引き戻した。

 

「何がです?」


 小春のほうを見て、結以は問う。

 

『いやね。君も探偵なんだし、何かしら捜査のお手伝いとかしなくていいのかなって』

「む。連れ出してきた人が言うことですかね、それ」


 そうして頬を膨らませつつも、結以は彼女の疑問に答えておくことにした。


「私じゃ足を使う操作には役に立たないんです。だからついていかないんですよ」

『なんで?』

「ああ……私、あんまり歩くの得意じゃないというか。神核のせいで、外で長く活動できないんですよね」

『んぅ? 神核のせいって、それは……』


 どういうことか。

 神核は一部の女性に宿る特別な宝石。であるが、その点だけを除けば、単なる臓器の一部に過ぎない。結晶状になっているというのはほかの臓器と異なるところだが、それでもだ。

 人体に害を及ぼすことは基本的にない。むしろ身体能力の向上や、他者には使えない特殊な能力の付与などを行うため、有益もいいところだ。

 だが、結以はそうではないという。水を飲みつつ続けようとする結以を、小春はゆっくりと待った。


「私に宿った神核が、私に見出した属性は『夢』。想像したものを、法力を媒介に実体化する力です。私は光という形で使いたいものを実体化していますが、もっと想像力があればいろんなことができるそうで。理論上最強の属性、だそうです」

『……え、なにそれ。どんなチート?』


 本当に小説の中でしかお目にかかれないような、すさまじいチート性能じゃないか。あらゆるものが自分の思い通りになるなんて、あらゆる音を操る「音」の神核よりも、すさまじい能力だ。


「その分、代償があるみたいなんです」

『代償?』

「はい。神核は私の体中に、根のようなものを張り巡らせているんです。強い力を使う分、自由に法力を変化させるためにはほかの人よりもたくさんの栄養が必要で。それで、いつでも能力を使えるように、根は全身から、栄養を神核に集中させてるみたいで。だから人より虚弱になってしまうんですよね。神核の力を使い続ければ、ある程度はましになるんですけど」

『それじゃ、ずっと使ってたらいいんじゃない?』

「そうもいかないんですよ。無理ってわけじゃなくて、理由があって……」


 それを聞こうと小春は口を開こうとして、すぐに紡ぐ。その先を、結以が言うのを渋った。言葉にしたのではなく、目線でそうだと訴えたのだ。

 

『そっちも訳あり、ってこと……』

「はい、そういうことなんです。……あ」


 一向に釣れないなと思ったら、餌が逃げていた。縛りが甘かったらしい。


「万能といえど、しっかり縛らないとだめということですね……いや、そもそもこれ結構古いものですし、ガタが来たのでしょうか」

『神機なのに壊れるとかあるの?』

「そりゃあ機械というか道具ですからね。形あるものは全て壊れるといいますし」


 そういうものなのだろうか。


「そういうものです。……というか、今日はなかなかつれませんね。だいぶ時間もたったと思いますが」


 結以は釣り竿の先、砂海の方を見る。砂でできた水平線の向こう側は驚くほど静かだ。普段ならスナイルカくらい飛んでいるものなのだが。

 ……本当に、異常なくらい静かだ。


『どうかした?』

「静かすぎるなと思いまして……この何とも言えない感覚は……」


 魚も全く釣れやしない。さっきのスナアジとスナミミズ以外には、何も。

 体這に虫が這い回るような感覚が生じる。危険が迫っているときに決まって感じる、いやな感覚。

 結以はこの感覚を「虫の知らせ」と呼んでいた。

 

 ずっと向こうに影が見えた。砂海の向こうからこちらにやってくる、あれは船影だ。こちらに来るにつれ大きくなるそれは、バギーの車体と、そのタイヤに巨大なオールがいくつもくっついていた。砂海を自在に行く車を改造してできた船、サンドサークラーだ。一般で使われる砂船ではない、完全なハンドメイド品である。


「サンドサークラー……? なんでここに」

 

 その名前を結以が知っていたのは、あの船が友人の乗る船だったからだ。それ故か、その船が異常をきたしているのも、すぐに分かった。

 サークラーのすぐ後ろに巨大な影が見える。蛇のように長く、船よりも幅が広い、それは。まるで地を這う龍のよう。


『ちょ、なんか来るよ⁉』

「小春さん! あの船にすぐ横にそれるよう指示をしてください!」

『あ、わ、わかった!』


 小春は全身に息を吸い込む動作をし、めいっぱい音を集めて、声を放った。


『そこの船の人ー! すぐ、横に逃げてくださぁーーーい‼」


 その声を聞いてか、サンドサークラーが横に沿れていく。それを見るや、結以は日傘と竿を放って、岩場から身を躍らせた。

 そのまま、あの巨大な影をしとめる武器を創造する。彼女の周囲に浮かび現れるいくつもの光の杭。それらは巨龍の影に降り注ぎ、瞬く間にその身を貫いた。

 瞬間、砂海が盛り上がる。山が生まれ、その中から卵の殻を割るようにして、それは姿を現した。


『わお……でっかいスナミミズ』


 口だけを大きく開き、ゴウッ……‼ と吠える。

 あまりに巨大なその威容はまさしく、怪獣であった。

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