7P ファイリング
「また面倒ごとに巻き込まれたらしいな」
「言わないでください」
警察署の中を、大柄な男性に連れられ歩く。男性はベージュ色のコートを羽織り、灰色のハンチングをかぶっていた。古いテレビドラマの刑事の風貌そのままだよなぁ、といつもながら思っているのだが、今日は特にその印象が強い。腰をかがめて歩くさまを見ると、貫禄のある老刑事っぽさもある。
だが実際には、そうではない。目の前の彼は、始より六歳ほど年上の人間なのだ。まだ刑事としては若いほうなのである。
「腰、痛めたんですか」
「こないだぎっくりやっちゃってな」
「……そんな年じゃないでしょ」
まだ二十代の半ばでしょうに。口には出さないが、あきれた感情は伝わったらしい。彼は始をじろりと睨んだ。
この目の前の人物、朽名氏智樹は、始の従兄なのだ。昔からよく遊んでもらっていて、今でもその交流が続いている。
昔は血のつながった家族として。今は、探偵と警察として。
「十年前の資料ね……ああ、あった。これだ」
資料室の棚から、一冊のファイルを取り出し、投げてよこす。空中でばさりと開いたそれを慌ててキャッチし、始は智樹に礼を言った。
「ありがとうございます、智樹さん」
「そこにテーブルあるから、使ったらいい」
言われたまま、始は窓際のテーブルを借り、資料を開いた。その間に、智樹はほかの資料もいくつか見繕っていく。
「しかしお前、何の依頼を受けたんだ」
「言いましたよ。十年前の連続殺人事件の被害者の、ご遺族からの依頼だって」
今日資料室を利用させてもらう口実に、始は電話口でそのようなことを言ったのだ。
「んなの今更来るかよ」
長い付き合いの相手だからか、こうして簡単にばれてしまったが。智樹は手に取ったいくつかの資料をパラパラと開きつつ、続ける。
「その事件は結局解決してないまんまお蔵入りされてんだよ。被害者の遺族が依頼するにしたってもっと大手のとこだろ。お前ら一年も仕事してないじゃんか」
「ま、そうですけどね。言えないんですよ、依頼主のこと。信じてもらえそうにないですし」
「んなの言ってみなけりゃわかんねえだろ。ほら、一回言ってみろ」
始はページをめくる手を止め、智樹を見た。
「十年前に死んだ人の幽霊から、自分を殺した人を探してほしいって言われたんですよ」
「幽霊……はあ~、十年前の幽霊ねぇ……」
疑わしげな視線が突き刺さってくる。
「信じてないじゃないですか」
「いや、だってなぁ……お前幽霊ってさ、もっとましな嘘つけよ」
「幽霊の存在は科学的に実証されてるんですよ」
「知ってるけどよ……確か話せないんじゃなかったか?」
それはそうなのだが、彼女は宿った神核の力を使って会話することができていた。
「音の神核持ちらしいですよ。その力で話せるみたいです」
「音ねぇ……」
詳しい話では、周囲の環境音などを集め、そこから必要な音だけを抽出、声のように変えて会話が可能なのだという。音の属性を得た巫女神はあらゆる音を発生させられる。正確には聞いたことのある音を、記憶を頼りに寸分たがわず再現するのだ。
それで自分の声を再現するとは、なかなかどうして賢い使い方だと思う。
「巫女神って、死んでも力を使えるもんなのか?」
「さぁ。使えるんじゃないですか?」
「適当だなお前」
「目の前で起きたことを信じるだけですよ。……参考程度に、ですが。信じきったりはしません」
目の前のことを事実として受け止める。しかしそのすべてを、論理的に語れるようになるまで、信じ切るのは早計である。というのが、始が探偵になる前から構築していた理論であった。
幽霊は自分から他者に影響を与えることができない。これは幽霊についての研究で、半ば定説となっていることだ。そしてその根拠は、彼らが肉体を持たないから。
これを正しいとして考えると、あの幽霊少女の行動は、多くの点が不可解だ。神核は女性の胸の中心に宿るもの。あくまで臓器の一種である。肉体を失ったあの少女が、その力を今も使えるはずがないのだ。
もちろんこれは一方の見方である。幽霊についての定説はほころびが非常に多い。幽霊は実際には、影響を与える力を残している、と見ることだってできる。
だが、そちらはほころびの多い元の理論とも異なり、元からバラバラ、ほころぶ箇所さえない雑理論でしかない。
ゆえに現状、少なくとも信じるべきは、幽霊は他者に影響を及ぼせないという理論である。
……ということを、始が智樹に話すと、その半ばで「わかったわかった、お前の言いたいことはわかったよ」と切られた。
「本当にわかったんですか」
「おうわかった。大体わかった」
「それ言う人はわかってないらしいですけど。まあいいです」
これでもかみ砕いて説明したのに、と始は少々落胆の色を見せた。もちろんというか、なにもかみ砕けてはいないのだが。しかしそのことを始は気づけていないのだった。
「それでよ。いらん話はいいんだ。なんかわかったか?」
「ん、まぁ色々わかりましたよ」
始はまとめた資料を智樹に手渡した。また説明する気らしい。
「今度はわかりやすくしろよ」
「どういう意味ですか」
最低限努力はしているつもりなのだが。
ひとまず、始はまとめ上げた情報を智樹に伝える形で浚った。
十年前、この町で立て続けに殺人事件が起こった。
被害者はいずれも女性、高校の二年、そしてA型。犯行時刻は必ず午前の零時。被害女性は皆共通して、心臓がえぐりぬかれていたという。
犯行に使われた刃物はかなり刃渡りがあるものらしい。しかし切るのではなく、刺して使っていたようだ。
全部で五人の被害者がいるのだが、最初の一人はめった刺しにされて死んでいて、あまり犯人が殺人に手馴れていないのを思わせた。これは当時の資料にも記載されていたことであった。
被害者が五人、狙うのが女性ばかり、このことから現代の切り裂きジャックとされたわけだ。事件当時も大々的にメディアに取り上げられ、列島州全体で大きな騒ぎになった。この事件の犯人はいったい何者か。それこそかつての切り裂きジャックのようにあまたの推論が渦を巻き、水泡のように消えていった。
最終的に、この殺人鬼は五人目の犯行後その姿を消した。結局その目的はわかっていないまま。
始はその五人目を注視して見た。
五人目の被害者は、四宮小春。当時十七歳。殺害されたのは深夜零時。山上の神社のすぐ近くにある彼女の自宅、彼女の自室と思われる場所で、これまた刺し傷まみれで見つかったらしい。
この時、彼女の父親も亡くなっており、別室で死体が発見されたらしい。こうして女性以外の被害者が発見されたのは初めてでまたメディアが話題にした……と、いうのは置いておいて。
この時の被害者の遺体は今までの遺体とは異なり心臓が抜き去られていなかった。父親のほうもだ。そのため、一連の切り裂きジャック事件と、この殺人は無関係なのではないかともされている。だが、心臓を抜き去るという部分以外は一連の事件の被害者と同じ状況……
「関連性があやふや」
「だな。で、お前はどう思ってるんだ」
「あるかな、とは思いますね。というか十中八九ありそうなもんですが……ともかく、これだけじゃ何とも言えません。なので」
始はもうひとつの資料を取り出す。そちらには事件の被害者遺族。それとこの事件にかかわった人間の一覧が載せられていた。
「おい。まさかこれ全部当たんのか。今更?」
「依頼されたんですから、最善尽くします。そのくらい、当たり前にこなさないと……」
「お前なぁ」
智樹はドアの方をちらりと見る。
「そうじゃなくてな、勝手にそういうことするとほかのやつらが黙ってないっていうかな」
「智樹さんは協力してくれるんでしょう? それならほかの警察の方がどうおっしゃろうと関係ありませんね」
相変わらず無茶苦茶な奴だ。これで「必要なら命令も聞く所存ですよ」とのたまっているのだからたちが悪い。つい先日にも似たようなことを言って勝手な行動をとっていた。
いや、勝手な行動とは言うが、実際に彼は警察組織に所属しているわけではない(あくまで協力関係だ)ので、勝手も何もあったものではないのだが。しかし警察組織の人間の多くは、そうした自由に行動する探偵のことを疎ましく思っているものも多くいるわけで。
別に智樹は、それはいいと思っている。時に事件の解決に一役買ってくれることだってあるのだ、好きにさせておくのもいいじゃないかと。巻き込まれるのだけは御免であった。
……とか言って、普通に協力するのであるが。というより、協力しないと後が怖いのだ。
「……んじゃ、このリストの人らが今住んでる場所調べておくな」
「流石。それじゃあ僕も、いろいろ当たってみようかと思います」
お願いしますねと言いつつ、始は部屋を出る。それを追って智樹も慌てて部屋を出た。
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