6P 十年前の事件
「幽霊は科学的に証明された存在だよ」
電話口での発言を正すつもりか、始は開口一番そう言った。そんなことを聞きたいんじゃないと結以は思ったが、あえて口にはしなかった。
非科学的な存在じゃないか、空飛んで半透明で死んでいるのに生きているようにふるまって。
「死ぬ前に強い思念を飛ばしたりすると、人の魂は幽霊になるんだってさ。空気中の電磁場に魂が固定化されるというかなんというか。巫女神とか怪獣が確認されるようになってから判明したらしいよ」
生物が死亡時に強い思念を発し、その思念を空気中に固定化させる。すると、その生き物は思念だけで動く精神体、幽霊になるという。彼ら幽霊は通常、人間には視認できない。どうやら人間の目の認識能力では、単なるゆらぎにしか見えないらしい。
唯一、怪獣や巫女神の持つ神核から放たれる磁場によって、人の目にも映るようになる。
「目に見えるようになったから、存在が確定したと?」
「そ。今じゃ幽霊について調べてる研究者も多いんだってさ。ちなみに、なったからと言って何かあるわけでもないよ。むしろ体がないから飲食もダメ発声もダメ。だいぶできることが減るみたいだね」
『おまけに姿が見えないからねぇ』
やれやれと肩をすくめる少女。
結以はその様子を見て、疑問に思った。声を出せないと言っていたが、彼女はしゃべっている。声に対して口の動きがずれているから、何か別のものを使ってしゃべっているだろうというのはわかるが……
それ以外にも、こちらを見て認識してもいる。体がないなら目もないわけで、見ることなんてできないはずだが。
「どうやって、彼女は私たちを認識できているんですか? 体がないから声を出せないなら、物を見ることも、何かを聞くこともできないのでは?」
「精神体になったことで、体全体を通して何がどこにあるかを判別できるようになってるんだって。そうして感じたものを、生前の感覚に変換してる……って考えられてる」
「考えられてる?」
「実際のところはわかんない。幽霊に認識能力があるのは確かなんだ。でも、何かを発する能力はない。実験ではそうなってるみたい」
『死人に口なしは事実だったのだ! って、やつだね』
「貴女にはあるみたいですけどね」
閑話休題。
「で、その幽霊さん、依頼人なわけね」
『幽霊さんじゃなくて、四宮小春ね。小春日和の小春だよ~』
「はぁ。最近の気温も小春日和くらいになればいいんですけどね。自分は始です、言葉始。こっちは結以」
『ほうほう、始くんに結以ちゃん……ね! 覚えました!』
軍人さんのような、手を頭に当てるジェスチャーをしてそう言う幽霊少女、改め小春。ついていくのが面倒くさいタイプのキャラだなと、始はこっそり思うのだった。「ではでは」と、彼女は始めようとする。
『私の依頼、聞いてもらえるかな~?』
「いいですよ。ご飯食べながらでいいなら」
始はなぜだか、そっけない様子で小春の対応をとっていた。それを小春は特に気にする様子も見せない。不思議に思いつつも、結以は目の前の親子丼を口にした。
ゆっくり食べている間、二人は小春の話を聞いた。
その話を簡潔にまとめると、以下のようになる。
まず、小春は死んだとき、あの山の上の神社で滅多刺しにされて死んでいた。幽霊として目覚めたときは、記憶の一部が飛んでいたので、なぜ死んだのか、なぜ自分がこんな目にあっているのかわからず混乱したらしい。また、自分の死体の近くには神主さん、父親の死体もあったのだとか。二人とも刺し傷と血にまみれて死んでいて、明らかに人に殺されたとわかる惨状だったそうだ。
あまり想像したくない光景だと、結以も始も思った。
その死の真相を知りたい、というのが依頼。小春の数え間違えがなければ、その事件はきっかり十年前に起きたという。
十年間の間、小春も事件について調べたそうだが、情報が少なすぎて何もわからなかったらしい。声だけ発して人に頼るということも考えたそうだが、何度も不気味に思われたらしく断念。そうしているうちに十年が過ぎ、今ようやく結以を発見して、真相に近づけそうだ、と思ったのだとか。
……十年前。だいぶ時間は経っている。だが列島州の法律なら、殺人事件が時効になることは絶対にないはずだ。聞きながら始はそんなことを思っていた。
その十年前の事件というのにも、ひとつ心当たりがある。この町の人間なら、だれもが知っているあの事件。
「殺人鬼……通称、”現代の切り裂きジャック”による連続殺人事件。僕らが子供のころにあった事件……らしいね」
「たまに耳にしますね。駅でご遺族の方が、いまだにチラシ配りをやっていますし」
「結構被害も大きかったみたいだからね。それなのに犯人は足がつかず、煙のように消えてしまった。警察も調査を打ち切ってる。実質的な時効状態……」
狙われたのはすべて女性、十代から二十代の若者ばかり。犯行は人目につかない路地裏や、森の中で行われた。死体は常に、胸の中央がくりぬかれ心臓が抜き去られていたという。
このおぞましく、しかし鮮やかな手際を見せた殺人鬼は、その功績(と言っていいかはわからないが)によって、現代の切り裂きジャックなどと呼ばれているわけだ。
「小春さんが殺されたのがこの事件と同時期。ってことはまぁ」
始が小春を見る。小春はうなずき、彼の言葉をつづけた。
『多分それ関連なのかなぁって、私も思っててね。でもその犯人、結局見つかってないじゃない。さっき君が言った通り』
「音沙汰もないですね」
『そうなんだよね。一人で見つけるってなると大変だし……だから誰かに手伝ってほしかったんだけど誰にもうまく伝えられなくてねぇ。私に気付く人が全然いないのよ。せっかくの”音”の神核も姿が見えないと意味ないみたいで』
「そっか、そういえば巫女神なんでしたっけ」
『そうそう。私、音の巫女神なんだよ。だからこうして喋れてるんだよねぇ」
「……なるほど、音の巫女神だから、ですか」
結以の言葉に「そうなんだよ~」と、彼女は相槌を打つ。音の属性を身に宿しているから、その力でしゃべれる……しかし、幽霊になっても神核の力が使えるのだろうか。その疑問を口にしようとしたが、それとちょうど被る形で、小春が口を開いた。
『ま、それで私が見える人、つまり巫女神を探してたんだよ。巫女神とか怪獣の神核の磁場で私たちは可視化できるみたいだからね』
「それで私が来たから、声をかけたと……」
『そう! やー、驚かせちゃってごめんねぇ』
「ほんとですよ、びっくりしたんですから」
「まともかく、結以を見つけたから僕らに話を、ってことなんですね」
『うんうん、理解が早くて助かるなぁ』
殺人犯を追え。珍しく探偵っぽい業務だ。そういう職業柄喜ばしいことを除けば、こういう殺人犯探しは警察の仕事な気もするが……
「警察なんて信用なりませんよ」
「独白を読まないの。てかなんてこと言うんだ……ちゃんと仕事するでしょあの人たち」
「声に出てましたよ。それはあの刑事さんだけですよ」
「ほかの人もまじめに働いてると思うけどなぁ」
結以の警察嫌いは理由含めて知っているが、さすがに言いすぎだよと、始はたしなめる。結以は聞く耳を持たない。
『ま、そもそもこの町の警察さんに巫女神がいないから、声しか聴いてもらえないしね。結以ちゃんがいるなら別だけど』
「むう、行きたくないです……」
「一応資料提供だけ、してもらいに行くけどね」
「じゃあその時は家で待ってますね」
「うん、了解」
それともうひとつ。出来れば確認したいことがある。始は「小春さん」と名前を呼び、幽霊少女に向き直った。
『なになに?』
「小春さんの死体、どこにあったのかわかりませんか?」
『どこって……う~ん。山のお堂の中にあったかな~。だいぶ前に持ってかれたけどね』
「山のお堂……うん、それなら身元確認とかもできそうです」
そこまで情報さえあれば、だれに殺されたか。という問いに近づけるはずだ。ひとまず明日、警察署で知り合いに聞くことをメモにまとめる。その様子を見ながら、感心するように小春はつぶやいた。
『へぇ。ほんとに探偵みたいだね』
「みたいじゃなくて探偵ですからね、ほんとに」
『私くらいなのにしっかりしてるし』
……同い年か。亡くなった時は自分たちと同じ年齢。そう考えると、少しだけ、彼女に同情する。そんな気持ちを浮かべながら、始はどんぶりの残りを口に入れるのだった。
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