5P 幽霊少女の依頼

 走らず歩いて、たどり着いた森の中。カナカナカナと、カナブンの鳴く声が聞こえる。

 ひとまず参道の先の神社に目星をつけ、結以は歩いていた。

 周囲の雰囲気はそこはかとなくおどろおどろしく、確かに幽霊のひとつやふたつ、出てきそうな気配がある。端に生える木々の隙間から、ぬるりと妖怪の手足も現れそうだ。

 もちろんそんなことはないのであるが。妖怪や幽霊というのは至極非科学的な存在だ。と、結以は思っている。


「いるわけないのですよ、幽霊なんて」


 そうわざわざ言ってみる。その頬に少しだけ汗が伝っているのに、本人は気づいていない。

 幽霊なんてものはいない。わざわざそう口に出して言うくらいには、言葉結以は幽霊が苦手であった。あと妖怪変化とその他諸々。テレビでその手の特集があると、好奇心見てその夜ずっと眠れなくなるくらいには苦手なのだ。わざわざ見るのも、その番組の中の幽霊やらを作りものだと確認するためなどというのだが、始からは「そんなことしないほうがいいでしょ……」とあきれられている。

 それに反論はしないのだが、聞いてもいない結以であった。


「始は幽霊は実在するなんて言っていましたが、そんなわけないですし。古今東西お化けっていうのは全部作りものなんですよ」


 というのが言葉家の蔵書の本に書いてあった文言である。その本のタイトルには「2000年」という表記が踊っていたのは覚えている。過去の偉人が記した素晴らしい本のようだ、と結以は思った。

 実際にはそれは、今から何十年も前に執筆された児童書なのだが、これに関しては始は何も言っていない。

 こういう時だけ何も言わない、薄情な兄貴であった。


 そんなことをしているうちに神社にたどり着いた。人のいない小さな神社は、草のつるに囲まれて荒廃しているように見えた。おどろおどろしい雰囲気だが、月明かりが差し込むと、神秘的な雰囲気に変わる。

 神様でもいそうな雰囲気だ。自分こそがその神様のような存在なので、既にいるようなものか。そんなに考えに苦笑しつつ、境内に入り、賽銭箱の前に座る。

 ここはたまに来る場所で、幼いころ、家族と訪れた時には、始を伴ってこっそり訪れていた。その時はまだきれいな神社だったか。今はもうすっかりさびれてしまった。

 もう十年も前の話なのだから、それも仕方ないかもしれない。


「あの時の神主さんたちも、もういないようですしね」


 この町に帰ってきたとき、一人でここを訪れたのだが、今と同じように誰もいなかった。きれいな頃はまだ人がいた。十年の間に、廃神社に変わってしまったらしい。

 十年前にいた神主さんや巫女さん(神主さんとは親子だったか)は、今何をしているんだろうか。それを想像してみると、なんだかノスタルジックな気分になる。月明かりが隠れて、暗闇に閉ざされると、その気分がより一層刺激された。

 とはいえこうしていると、暗闇に対する恐怖も高まってくる。そろそろ戻ろうかと、結以は腰を上げた。


『あのー』


 何か聞こえた気がする。空耳だろう。最近多いな。


『聞こえてる?』

「空耳じゃなくて耳鳴りでしょうか……」

『聞こえてるよね?』


 聞こえてるけど無視してるんですよ。


『あのう、もしもし』

「あーもう、はいはいなんですか⁉」


 何度も話しかけなくても聞こえている! とばかりに結以は少し語気を強めて後ろを振り向いた。

 

 ぺたり、と頬に冷たい何かが「ひゃあああああ⁉」


『そ、そんなに驚かないでよ!』


 慌てたように言う彼女は、正しく幽霊だった。足がなくて半透明で冷たくて、あと着物を着ていて(ちゃんと左前にしている。妙に律儀だ)、黒い髪に端正な顔立ち。結以と同い年くらいに見える。

 そのお化け少女は、少し耳障りな、奇怪でしかし透き通るような声を発している。声帯以外のもの、例えば機械とかで自分の声を再現しようとするとこうなるのだろうか、という感じの声だった。よく聞いてみると口の動きと音が少しずれているようにも見える。

 

「お。おば、おばけ……⁉」


 ろれつの回らない口で、かろうじてそんな言葉を発する。

 少女はその言葉に、首を横に振って答えた。


『いや、幽霊だけど』

「ゆ、ゆう……れい……?」

『はい、幽霊だよ』


 ゆうれい。おばけじゃなくて、ゆうれい。

 ゆうれい? それおなじじゃない?


「え、それ同じじゃないですか」

『……? 学術的には異なるって聞いたんだけど』


 なんだか、俗っぽいんだかよくわかんないことを言っている。目を細め、半ばあきれるように目の前の幽霊少女を見る。すると彼女はきょとんとして、結以を見つめ返した。

 誰に聞いたんだそれ、私は聞いたこともないぞと結以が目で訴える。そこまでの情報量を目線に込めることはできないのであるが。


「よ、よくわかんないお化け、や、幽霊さんですね……」

『そうなのかしらね。私はこれでも普通にしてるつもりなんだけど』


 言いつつ、幽霊少女は結以をじろじろと見ながら「ふむふむ」だの「ほうほう」だの、何か分析するようなセリフを漏らす。


「何してるんですか」

『いやぁ。私が見えてるってことはそういうことだなぁって思って。君、巫女神でしょ』

「へ?」


 何故わかったんだ? 何かおかしなことをしただろうか。そんなことはないはずだ、普段は能力を封印しているのだし……


「な、なんで」

『なんでって、君が私をみえてるからで……巫女神は幽霊を可視化できるんだよ』


 まるで実体験かのように言われたが、そんなことは聞いたためしがない。……始に聞けば真実を聞けるだろうか。


『あ、信じてないって顔してる』

「……それは、信じられないでしょう? だって、私は今まで幽霊を見たことなんてないんですよ?」

『じゃあ、私がもともと巫女神だった、って言ったら信じる? 喋れてるのもそのおかげだって』


 同じ、巫女神? それが本当なら、彼女が確信をもって先ほどのように言っていたのは、自分自身にその体験があったからだったのか。

 

「仲間、ですか……」

『そだよ、どーるい。元だけどね、もうだいぶ前に死んじゃったし』


 笑って言うことか。

 というかこの人はなぜ自分に話しかけてきたのだろうか。幽霊が見える、同じ巫女神だから、なのか? 話し相手が欲しかったとか、たくさん話してくれたから、これから成仏するまで憑りつくね、とか。いや、それは嫌だな、最悪だ。今すぐ逃げたほうがいいかもしれない。

 その疑問と忌避が顔に出ていたらしい、幽霊少女はくすくすと笑いながら言った。


『憑りついたりしないよぉ。ただちょっと、お手伝いしてほしいことがあって、さ』

「手伝いって、な、何を?」


 そう問うと、少しもったいぶるようにしてから、彼女は答えた。


『私のことを殺した人、探してもらえないかなって』


 そう、少女は朗らかに言うのだった。

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